【分解する物語(11)】終わりに

この『分解する物語』では可換な単位的半群という抽象的なモデルの中で、自然数の素因数分解を手本にできるところまで条件を追求した。そしてその条件を使って自然数の素因数分解のからくりを探っていくという構成であった。

1.振り返り

ここまでの道のりを大まかに振り返ってみよう。

まずは、本来は自然数の乗法に関する世界であるが、それを可換な単位的半群の世界に一般化して、その乗法構造の考察を進めることにした。
(分解する物語(1))

そして自然数での約数や倍数の概念を一般化し、整除関係を導入した。
(【分解する物語(2)】整除関係)

さらに分解を統制するのに必要な条件として簡約条件を付帯させた。
(【分解する物語(3)】簡約条件)

分解の中で、空を斬るような分解は無駄であることから、単位元や可逆元は除かれる。このことは同伴という概念を引き起こした。
(【分解する物語(4)】同伴)

次に素数のように、これ以上本質的な分解のできない要素を既約元と定義し、いくつか具体的な数学的対象の中で既約元が何かを確認した。
(【分解する物語(5)】既約元)

ところで分解しても分解しても、いつまでも既約元にたどり着かないこともある。そこで分解が永久に続かないよう、強制的に停止する条件を1つ与えた。
(【分解する物語(6)】約鎖条件)

なお、その条件は既約元分解可能の十分条件ではあるが、必ずしも必要な条件ではない例が存在した。つまり、既約元分解できるにも関わらず、どこまでも分解される方法を持つような元が存在する例を見出した。
(【分解する物語(補足1)】既約元分解可能だが約鎖条件を満たさない例)

次に既約元分解でも、必ずしも分解の一意性が成り立たないような例があった。一意性を満たすためには、既約元が素元であることが必要であった。
(【分解する物語(7)】素元)

なお、一意性の成り立たない例として、ℤ[√(-5)]における2つの分解が、分解した先が本当に既約元であることをノルムを導入して検証した。
(【分解する物語(補足2)】ノルム)

この既約元が素元であるという条件が既約元分解可能と合わせて一意分解条件を導く十分条件でもあった。そして一意分解条件とは、一つの条件(素元分解条件)に言い換えることもできた。
(【分解する物語(8)】一意分解条件)

ここまでで、簡約条件を満たす可換な単位的半群における分解の一般論が得られた。

そしてこのことを実際に自然数の世界に戻って確認した。特に素数の素元性は「最大公約数の存在」が効いていた。
(【分解する物語(9)】最大公約数)

さらに最大公約数の存在はその同値な定義(大小の最大性と整除の最大性の一致)を成り立たせるための最小公倍数の性質(任意の公倍数は最小公倍数の倍数である)にあった。その最小公倍数の性質には、加法と乗法を結ぶ「剰余の原理」が根本的に機能していることをみた。
(【分解する物語(10)】最小公倍数)

こうして、自然数の加法と乗法の根本的な原理に行きつき、今に至る。

2.参考文献

・『環と加群』山崎圭次郎,岩波基礎数学選書
主に一意分解条件に関する同値な条件やその証明を参考にさせて頂いた。

3.あとがき

元の分解論は、可換環を、その中でも特に整域をベースに理論展開するのは代数学の書籍にもよく載っています。本考察では、加法構造を削り、「可換環」よりも「可換な単位的半群」、「整域」よりも「簡約条件を満たす可換な単位的半群」というモデルで考察しています。それでも今回のように一意分解の理論もある程度まで突き詰めることはできます。

ゲームのRPG風に喩えると、集合の中に、単位的半群の公理という装備が少なくても、いくつか装備を付け加えれば素元分解条件までは十分に戦えました。最後には装備したものだけではどうしようもない相手(除法の原理)に出会い、今のモデルでその相手を倒すことは少しの装備追加ではできません。そのモデルとしては限界です。精々できたとしても、「除法の原理」よりも弱い「2元の最大公約元が常に存在するという性質」を武器に追加すれば(既約元分解条件と共に)実は一意分解条件は倒せます。(このことの考察回は割愛しました。)

加法構造という装備はもはやシステム変更レベルの話になります。舞台設定に大幅なアップグレードが必要という場面が来たところで、このRPGはエンディングを迎えたという訳です。

引き続き可換環の構造で考える際は、乗法のみに制限すれば可換な単位的半群となりますから、ここまでの分解条件に関する諸結果はそのまま引き継がれます。

さて、各記事での写真はnoteの「みんなのフォトギャラリー」からお借りしました。個人的主観ではありますが、話と合いそうな、そして印象的なものを各話毎に選びました。

また、各話での誤り等があれば気づき次第訂正して参ります。

いかがでしたでしょうか。ここまで読んで頂きありがとうございました。また連載に挑戦できそうであればしてみたいと思っています。

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