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29年ぶりの試み。スキー場でアイスを食べたくなる人の気持ちが理解できた日のこと。


「私、埼玉出身だから、スキーできないんですよー」


このセリフを言うのが、毎回面倒だった。

雪国北陸に住み着いて17年。海なし山なし関東平野育ちの私は、毎年やってくる冬が憂鬱でならなかった。

鰤起こしと言われる、冬に鳴り響く雷。
朝になっても薄暗く、灰色の雲で覆われる空。
じめじめとした曇天のため、いつも室内干しの洗濯物。


住み出した当初は、心の中で毎日この環境に悪態をついていた気がする。そのせいか、ウィンタースポーツを楽しもうという気も起こらなかった。

だけど住めば都というもので、だんだんとこの場所が好きになっていった。

湿気が多いおかげで乾燥肌は改善。薪ストーブの炎のゆらめきの美しさ。薪ストーブの暖かさは、体を温めてくれるだけではなく、室内干しの洗濯物も翌朝にはきちんと乾してくれるというおまけもつけてくれた。

雪を被った山々の美しさも、雪かき後の爽快感も好きになった。

そしてあんなに面倒くさいとしか思えなかったウィンタースポーツの代名詞「スキー」に、40になる歳に再挑戦できた。

アルパカが散歩しているスキー場に行きました



ただでさえ寒いのに、わざわざもっと寒いところで遊ぶなんて…と、心の中で文句を言いながら、スキー場について行ってた私からしたら、大きな変化だった。

その気持ちの変化を忘れたくなくて、記憶を記録しておこうと思う。


スネの痛みの記憶しかないスキー合宿


初めてスキーをしたのは、確か小5のスキー合宿。福島県のあだたら高原に行った。

あまりの寒さに嫌気がさした。そして、ロボットのようにしか動けないカチカチのスキーブーツにも。

雪の上を歩くたびにスネにスキーブーツが当たる。前に行きたいだけなのに、なんでこんな痛い思いをしないといけないのか謎だった。

かといって、スキー板をつけても上手く扱えず、斜面に対して横になり、カニのように一歩一歩進むのも一苦労で、ちっとも楽しくなかった。

いざ滑り出しても、ハの字滑りのボーゲンすらできない。滑ってるうちにどんどん前板が開いてしまい、逆ハの字になってバランスを崩して転んだ。

目の前に真っ直ぐ広がる白い斜面が恐ろしかった。

あーもう、こりゃ無理だ。


コツを掴んで滑り出す同級生や、経験者の子がスイスイ滑っていくのを尻目に、私はひたすら惨めだった。

勉強も運動もそれなりにできた方だったので、余計なプライドが邪魔をしたのもあるだろう。もうそれ以上、スキーはやらず、確かソリで遊んだ記憶がある。

ボーゲンすらできず、スネに当たるスキーブーツの痛みと重さに耐えて、こんな寒い中で一日中過ごすなんてまっぴらごめんだった。

私のスキー体験は最悪な記憶として刻まれて、その後更新されることはなかった。

長野出身の夫と結婚したけど


26歳の時、雪山の国長野県出身の夫と結婚した。スキーのインストラクターの資格を持ち、学生時代は仲間たちとスノボの技を披露し合っていたらしい夫は、ウィンタースポーツはお手のものだった。

そんな夫に私のスキー体験を話すと、面倒見の良い夫はこんなアドバイスをくれた。

レンタルブーツは痛くなりやすいかもね、自分の足に合ってるわけではないし。スノボならブーツは柔らかいし、足は痛くなりにくいよ。斜面に対して横向きになるから、怖さも軽減されるかも。


そうか、それならできるかもしれない。せっかく上手い人がいるのだ、教えてもらおう。というわけで、2回ほどスキー場に行き、スノボを教えてもらった。

着慣れない新品のスキーウェアに身を包み、新婚ほやほやの仲睦まじい雰囲気で夫は丁寧にスノボを教えてくれた。

褒め上手な夫のおかげで、少しでも滑れると楽しい!と思ったけれど、一本の板に両足を固定してバランスをとるスノボもやはり難しかった。まぁでも、スキーよりは若干マシだな…という感想だった。

当たり前のことだが、スキーもスノボも冬にしかできない。冬が終わり、ロードバイクにハマり出した私たちは、晴れれば外へと飛び出した。ローラー台を購入したので、雨や冬の日は室内でせっせと自転車にまたがるようになった。

そして数年後に、息子が生まれ、しばらくして娘が生まれ、私は家の中で隙間時間でできるストレッチやヨガ、ピラティスなどに精を出すようになった。

散歩もするように



毎年冬が来て、雪が降る。大雪の後には、子どもらが遊べるようにと、即席滑り台を作ったり、かまくらを作ったりした。これで十分な気がする。もうスキーもスノボも、この先私はやることはないんだろうなと、ぼんやり頭の片隅で思っていた。

スキーをやりたいという息子


子どもの存在は、いろいろな物事においての起爆剤になるのだなぁと思う。

上の息子が年長のとき、せっかくならスキー場にあるキッズパークに遊びに行こうかという話になった。

2歳の娘も連れて、家族でスキー場へ行く。スキー場に設けられた広大な斜面を、スノーチューブや、ソリ、ストライダーを改造したスノーバイクで滑り降りる。

娘は怖がって雪玉を作ったり、ブランコに乗るくらいしかできなかったけど、活発で怖いもの知らずの息子はかなり楽しんでいた。

そして自分たちがいるエリアとは別の場所で、颯爽と滑り降りる人たちを見て息子は夫に質問をしていた。

「あれはなに?」
「あれはスキーだよ。パパも昔やってたよ。やってみる?」
「うん、オレやりたい」


息子と一緒に再びスキーができるのならと、夫は張り切り、翌年には息子用のスキー用具を買い揃えていた。

正直なところ私は、「え、いきなりそんな買っちゃうの。やっぱりやりたくないって言ったらどうするの…」と思っていたが、レンタルスキーブーツの痛みは私自身が経験済み。わざわざ息子に痛い思いをさせたくはなかった。

そして体を動かすことが大好きで、負けず嫌いの息子はきっとスキーも好きになるだろうという予想もあった。

アイスを食べる人への視線


予想通り、息子はスキーが好きになった。1番好きな授業は体育だし、テレビゲーム中もコントローラーと共に体を動かしているような子なので、スポーツならなんでも楽しめるのだろう。

斜面の下で娘をあやしながら、嬉々として滑る息子を見ていると、羨ましくなってきた。

いいなぁ、私もあんな風に滑ってみたいなぁ。


兄がやっているとなると、当然妹もやりたくなる。4歳になった娘も長靴スキーをやりだした。

私は娘の手を引いたり、夫と息子が滑る様子を見ながらスキー場の休憩所や、斜面の裾野で過ごしていたけれど、彼らのように体を動かしているわけではないから寒いし、だんだんとつまらなくなってきた。

娘と休憩所で休んでいると、笑顔でアイスクリームを食べている人たちを見かけた。

こんな寒い中でアイスを食べるなんて…お腹壊すよ…


と、若干冷めた目で見ていたら、満足げな表情の夫とほっぺたを赤くした息子が戻ってきて言った。

「あー、あっつい。アイス食べたい。ねぇ、ママもスキーやったらいいのに」

「え…私はいいよ」


反射的に言うものの、確かに暇だしなぁ…と思った。

家族みんなでスキーができたら楽しいよねぇ、と思うように。

そうだね、ママもやってみようかな…


と言うと、子どもたちはまだやってもいないのに、やったー!と喜んでくれた。

その様子を見ながら、もしかしたら、スキー場で汗をかいて、アイスを食べたいと思えるのかもしれないと、私は心の中でひとり思った。

あー、アイス食べたい


29年ぶりのスキーは想像以上に楽しかった。スキーブーツも昔より改良されているのか、あまり痛みはなかった。

ヨガやピラティスの効果も多少あるのか、かなりぎこちないけれど、夫が教えてくれた通りに脚に力を入れたり、体を動かすこともできた。

息子一緒にリフトにも乗れたし、タイミングを教えてもらいながらも降りることができた。

気持ちよさそうに滑る息子を背中を追いかけていると

「肩の力をもっと抜いた方がいいよ〜」と、脚の間に娘を抱えながら後ろを滑る夫の声が飛んでくる。

あぁ、みんなで滑れてる!

体に力は入りっぱなしだったけど、心はウキウキ飛び上がりそうだった。


なんとか初心者コースを滑り降りたときには、日差しのせいか、力み過ぎたのか、暑くて喉が渇いていた。

あー、アイス食べたい。


そう思えた自分がなんだか誇らしかった。

リフトで登る



過去の自分ができなかったからといって、今の私ができないわけじゃない。だから最初から決めつけずに、少しずつでいいからやってみる。

そんな当たり前のことに気づけた、私の大事なスキー体験。今季、もう一回くらい滑りに行けたらなぁ。










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