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標高4,000mの国で、カメラを盗まれる。そして、カメラマンになる。

初めまして、株式会社フォトモの須沢と申します。このnoteには、今まで学生時代からフリーランスのカメラマンとして、どう行動してきたのかを書いていこうと思います。

まだまだ未熟者ではありますが、これから複業や副業を考えている方、フリーランスの方に向けて、何か役に立てればと思い。そして、過去を忘れぬためにも、今思っていることを書き記そうと思います。

拙い文章ではありますが、お読みいただけると嬉しいです。

1)カメラを始めたきっかけ

学生のときは、海外旅行に行くのが好きで、世界の絶景を見るために、カンボジアのアンコール・ワットアメリカのグランドキャニオンなどに行っていました。そのときは、絶景を記録するために、ミラーレスのカメラを持って旅行に行っていました。

鏡張りの世界、ウユニ塩湖を見に行くために、日本からボリビアへ飛行機で約24時間かけて行きました。空港の標高は4,000mほどあります。

■ ウユニ塩湖の絶景に言葉を失う

ウユニ塩湖の景色は想像を絶するほどの絶景でした。本当に、ただただ、「すげー」と、口からぼそっと言葉が出るだけでした。

1-1)ボリビアでカメラもパスポートを盗まれる

バスの予約をするために、バス会社で予約をしていたときです。ふと、目を離した瞬間に、リュックごと誰かに盗まれました。中には、カメラパスポート、iPodなどが入っていました。パスポートの再発行をボリビアで行ったため、発行官庁がボリビアです。笑
(パスポートを盗まれると、再発行が本当に大変なので、盗まれないように気をつけてください)

日本では、なかなか起きないことに、不謹慎ながらも『これから自分はどうなってしまうのか』と、少しワクワクしたことを覚えています。
(多くの方に助けられ、なんとかなりました)

1-2)日本に帰国後、一眼レフを買う。

海外に行く前に海外保険に入っていたため、盗まれたモノの総額の70〜80%ぐらいの金額が返ってきました。

カメラを失ったので、せっかくならミラーレスカメラではなく、一眼レフを買おうと、学生のときにCanon kiss X5を購入しました。これが、カメラマンを始めるきっかけになります。

2)自分のスキルでお金をもらうことの重み

技術もなく、価格の付け方がわからず、はじめの頃は、ワンコイン(500円)でプロフィール写真の撮影をしました。

たった500円と思うかもしれませんが、初めて自分の行ったことに対して、お金(対価)をもらったとき、500円以上の重みを感じたの覚えています。

価格も500円と比較的安いため、いろんな学生から撮影のご依頼をいただくようになりました。ただ、500円だと何回撮っても交通費で消えてしまい、他の方法はないかと考え始めます。

おそらく、フリーランスの方なら、どう価格を設定していいのか。というのは誰しも一度は悩むかと思います。

2-1)500円から3,000円へ

あるとき、社会人の方に、

まずは自分が欲しい金額を設定し、
そこに付加価値をどう付けるのかを考えなさい。

と、アドバイスをいただきました。

どうすれば 価格(価値)を上げられるのか…。
そのときに、実施したことは、
・編集技術を高めること
・SNSでの発信の強化
でした。

■ 編集技術を高める
500円のときは編集をせずに、そのまま撮って出し(未編集)をお渡ししていましたが、3,000円いただく場合は、写真加工も含め、納品するようにしました。

■ SNSの運用を始める
Facebookページを設け、小まめに投稿し、どうすればいいね!が増えるか考えました。試行錯誤しながら、10ヶ月ほど運用し、Facebookページに1,000 いいね!が付くようになりました。

その頃から、Facebook ページで、まったく知らない人からも撮影依頼がくるようになりました。

■ 価格が変わると、被写体も変わる
今まで学生からのお問い合わせがほとんどでしたが、社会人からの依頼も増えていきます。今度は金銭的に余裕のある社会人からのお問い合わせを、どうすれば増やせるのか、考え始めます。

2-2)3,000円から6,000円へ

Facebookページのいいね数も順調に増え、口コミも増えてきたため、思い切って価格を6,000円に引き上げました。不安はありましたが、実際のお問い合わせ数はそこまで変わらず、一人一人に対して、集中して撮影できるようになりました。

■ 自分のサイトを作る
無料でサイトが作成できる、Wixを始めます。
撮影した方々には、アンケートを必ず取るようにし、お客様の声としてサイトに載せるようにしていきました。

■ カメラマンのアルバイトを始める

今まではすべて独学で撮影をしてきましたが、新しいスキルの取得と撮影技術アップ、撮影の幅を広げたいと思い、カメラマンのアルバイトはじめます。このアルバイト経験が、今後の人生に大きく影響してきます。

2-3)【大学4年の11月】 焦り始める

インターネットの広告代理店に内定をいただいていましたが、ふと、何も能力・スキルがない状態で就職していいものか。と、焦燥感を感じるようになります。

■ 大学で勉強したことが役に立たない

4年間の大学で学んだことは、電子回路の計算方法だったり、オシロスコープの使い方など。今後働く上で、役に立つのか…。いや、役に立ちそうにない。

3)とにかく行動してみる

3-1)サイト制作を勉強し始める
とりあえず何か始めようと、最初に手をつけたのが、サイト制作の勉強です。インターネットの広告代理店に務めるなら、サイトぐらいは作れたほうがいいだろう。という、安直な考えでスタート。

もともと、Wixでサイトを作っていましたが、独自ドメインやサーバーを契約し、WordPressに移行することにしました。

3-2)HTML/CSSの勉強
サイトを作るために、HTMLとCSSの勉強をドットインストールなどの学習サイトを使い、独学で始めます。大学4年生は、ゲストハウスに住み込みで働いており、周りのスタッフの方からサイト制作でわからないことが聞けたのは大きかったです。2週間ぐらいで、WordPressをある程度カスタマイズできるようになりました。

3−3)SEOの勉強
ただなんとなく、サイトを作るのも、やる気が出ないので、自分のカメラ用のサイトを作り込むことにしました。

サイト制作について、ググっては実践、ググっては実践を繰り返すうちに、SEO (Google検索で順位をどう上げていくか)という方法を知り、並行して一緒に勉強していくようになります。

4)カメラマンの仕事が軌道に乗る

4-1)【大学4年の12月】サイトからのお問い合わせ
サイト制作をはじめて、1ヶ月が経った頃、ポンっと、メールが1通届きました。メールの内容が、写真撮影のお問い合わせでした。しかも金額は3万円。そのときの感情は今でも忘れられず、喜びでテンションが上がりすぎ、朝4時頃まで寝れなかったの覚えています。

4-2)サイト制作が楽しくなり LP を作るようになる
お問い合わせが来たことを機に、サイト制作が楽しくなり、無我夢中で、一から LP( 商品を売るためのページ) を作り始めます。

4-3)あるキーワードで検索順位1位に。

作ったサイトがGoogleから評価され、トントン拍子であるキーワードで、検索順位が1位になりました。検索順位が上がるのに比例して、お問い合わせ数が増えました。

これを機に、新しいカメラCanon 6Dを購入します。

4-4)誰にでもできることを。

あるとき、カメラマンのアルバイト先で、経営者の方に言われた言葉です。

自分にしかできない仕事をするんじゃなくて、
誰にでもできる仕組みにしなくては、事業は大きくならない。

この言葉が、自分の中でかなり刺さりました。今までは自分自身の技術を高めて、 どれだけ付加価値を付けられるかというのを考えていましたが、いくら頑張っても身は一つ。いつかは頭打ちし、それ以上、事業は大きくならないというの学びました。

4−5)まずは真似る

初心者の自分でも研修をしっかりすれば、カメラマンのアルバイトができたということは、逆に、教える術さえ知ることができれば、誰にでもできるのではないかということに気づきました。

例えば、コンビニの業務内容は多岐にわたり複雑にも関わらず、外国人でも業務をできるようになっているのは、マニュアルがしっかりしていているから。アルバイト先のやっていることを、まずは真似ることから始めます。

■ アルバイト募集サイトから学ぶ
誰でもできる仕事ってなんだろう。と、考えたときに、アルバイトの募集サイトは情報の倉庫だと思いました。どんな撮影に需要があるのか、金額はどれくらいが相場なのか、勉強になりました。

4−5)1名体制から、複数名体制に。

どうすれば、よりサイトからのお問い合わせが増えるのか、知り合いからアドバイスをもらいに大阪などにも足を運びました。サイトの更新や改善をどんどん進めていくと、お問い合わせも増えるようになりました。

自分だけではもう手が回らなくなり、カメラマンのスタッフを一から育てて、1名体制から複数名体制で行えるようにしていきました。今まで自分一人分しか撮影できませんでしたが、より多くの撮影を受けられるようになります。

4-6)【大学4年の3月】 委託

がむしゃらに突き進んだ結果、新卒の給料と同じぐらい稼げるようになりました。そして、事業を他の人に委託し、4月から新卒として、インターネットの広告代理店で働くことになります。

ピンチはチャンスに変わる

あのとき、ボリビアで荷物を盗まれなければ、おそらくカメラマンにはなっていなかったと思います。そう考えると、何が自分の人生を変えるのか、わからないものです。結果論ですが、あのときカメラを盗んでくれてありがとうございます。

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