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オリンピックの記憶 なでしことテラッコと冷奴

2021年7月23日、東京オリンピックが開幕しました。

ふとしたとき、記憶の奥に保存されていた動画の再生ボタンが押されたように、なんでもない日のどうでもいいことを鮮明に思い出す……ということ、ありませんか。


テラッコどうしているかな。なでしこジャパン観ているかな。

2010年から2012年に同じ部署で席を並べて仕事をしていたテラッコのことを思い出しました。

金髪に近い明るい茶色の髪で、やや大げさなマツエクに、派手な色合いのカラーコンタクトを付けていて、短すぎかもよというショートパンツとかミニスカートを履いていて、ぶっきらぼうで、見た目はちょっとだけ会社で浮いていたけれど、可愛くて、仕事が早くて正確で頼りになる相棒でした。

ある時、上司に「若い子のあいだで流行っている言葉教えてよ」と言われ、「おしゃれなことを『おしゃんてぃ』と言いますね」と教えるテラッコ。

「おしゃんてぃ!」
「おしゃんてぃだね!」

その日以来、上司は頻繁に使っていました。

1ヶ月過ぎた頃、「ごめんなさい。よく考えたらあんまり使わないです」と無表情で伝えるテラッコ。

「ダイエットしているんです」と、お昼はよく豆腐を食べていたっけ。スーパーで売っているパックのまま醤油をかけて、会社で豆腐を食べる人は、テラッコ以外に見たことがないよ……。

ハワイと美容とスノーボードが好きで、サッカーにまるで興味がなかったはずなのに、

「今日は『なでしこ』があるんで早く帰ります!」

「えっ? テラッコ、サッカー観るの?」

「わたし、今、『なでしこ』に夢中なんですよ!」


2011年女子ワールドカップをテレビで観たテラッコは、なでしこジャパンに心を奪われたらしく、選手の名前や経歴、ちょっとしたエピソードも知っていて、すっかりファンになっていました。日本戦があった翌日は、「昨日なでしこ観た?」が朝の挨拶でした。

2012年夏のロンドンオリンピック。私たちは大いに盛り上がりました。再び、朝の挨拶は「おはよう」ではなく「昨日なでしこ観た?」になりました。サッカーに興味がなかった同じ部署の女の子たちも加わり、朝も昼もワイワイ盛り上がりました。

みんな戦術とか詳しいことは分からなかったけれど、
「澤さんカッコいい!」
「川澄ちゃん可愛い!」
「ノリオいいよね!」
「あのプレーがかっこよかった!」
「あの場面すごかったね!」
「チームの雰囲気が好き!」
と、各々が思ったことを自由に話し、共感しあっていました。連続ドラマを観るように試合を追いかけていたような気がします。出社したら昨夜観たサッカーの話ができる、それだけで楽しかったんだろうな。

思い返せば、あの頃、女子サッカーの話を一番したかもしれないし、一番盛り上がっていたかもしれません。

しかし、会社で語り合ったことは鮮明に覚えているのに、どんな試合だったのか、誰が得点したのかまるで覚えていません。あの盛り上がりは幻だったのか……。もしかしたら、わたしは試合を観ていなかったんじゃないか……。

気になって2012年ロンドンオリンピック銀メダルまでの道のりを辿ってみました。

■グループリーグ 1試合目
2012年7月25日 日本 2-1 カナダ @コヴェントリー
33分 川澄奈穂美
44分 宮間あや
55分 タンクレディ
■グループリーグ 2試合目
2012年7月28日 日本 0-0 スウェーデン @コヴェントリー
■グループリーグ 3試合目
2012年7月31日 日本 0-0 南アフリカ共和国 @カーディフ

2012年もカナダと同じ組だったこと、そしてロンドンオリンピックの得点王は、6得点したカナダのクリスティン・シンクレア選手だったことを知りました。全然覚えていません。やはり観ていなかったのか……。

日本はグループリーグを2位で通過し、決勝トーナメントに進みます。スウェーデンは1位、カナダは3位でトーナメントに進みました。

■決勝トーナメント 準々決勝
2012年8月3日 日本 2-0 ブラジル @カーディフ
26分 大儀見優季
72分 大野忍
■決勝トーナメント 準決勝
2012年8月6日 日本 2-1 フランス @ウェンブリー
32分 大儀見優季
49分 阪口夢穂
76分 ル・ソンメ
■決勝トーナメント 決勝
2012年8月9日 日本 1-2 アメリカ @ウェンブリー
7分 ロイド
53分 ロイド
62分 大儀見優季

決勝トーナメントの組み合わせ、開催地を見て記憶がよみがえってきました。

グループリーグを1位で通過すると会場はグラスゴーでした。移動時間が長く、しかも対戦相手は強敵のアメリカかフランス。一方、2位で通過すれば、移動せずに次戦を迎えることができる。グループリーグ3試合目の南アフリカ戦は2位通過を目指しメンバーも大幅に変えて戦いました。メダルを獲るためには2位通過で正解だったのですが、全力で勝負しないのかという批判もあったと記憶しています。

決勝トーナメントに入ってからの「なでしこ」は勝ち進むのみ。全力で戦い、駒を進めるたびに日本中が熱狂していきました。わたしたちも熱をこめて語り合いました。ウェンブリーで戦った「なでしこジャパン」の雄姿は今もはっきりと覚えています。


ロンドンオリンピックが閉幕し、私たちの「なでしこブーム」はなんとなく終わって、テラッコは家業を継ぐため退職しました。あれから一度も会っていないし、連絡もしていないし、今後も会うことはないだろうけれど、この先もオリンピックが開幕すると「昨日なでしこ観た?」と盛り上がった日々や会社で豆腐を食べていたテラッコのことを思い出すんだろうな。

テラッコ、昨日のなでしこ観たかな。

2012年の私たちのように、詳しいことは分からないけれど、試合を観てワーキャー盛り上がる人たちがいるといいな。



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