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紅茶日記:2021/9/12

出先でお昼に中華を食べていると盛大に舌を噛んでしまった。自分で確認するのが怖くて、ティッシュで血をあらかた止めたあと夫に見せる。「ああ、常識の範囲だよ。大丈夫。」と言われる。私の舌は常識の範囲内の大丈夫な噛み具合だったようだ。それにしては痛むが、家に戻るわけにもいかないので、そのまま食べ進める。

用事が終わって帰宅し、うがいついでに舌を見ると、結構グロい。私の常識の範囲のグロさではない。夫に、結構グロかったよ、と報告すると、やっぱりグロかったか、と返ってくる。夫からしても常識の範囲以上の酷さだったようで、つまり夫はあの時とっさに嘘をついていたことになる。こいつ、良いやつだな、と思う。

なんというか、私にとっては嘘をつかない人間より、嘘をつくべきときにちゃんと嘘をつける人間のほうが信用度が高い。あの時、結構ひどいよ、グロいよと言われていてもどうしようもなかっただろうし、気休めでも大丈夫と言ってくれたおかげでその後も楽しく過ごせた。嘘をつける人のほうが、優しいこともある。

ヤドンのことを愛しすぎて調べていると、全く同じヤドンのぬいぐるみと過ごしているご夫婦のブログが出てきた。ヤドンの可愛がり方もわたしたちとよく似ている。同じぬいぐるみを同じようにかわいがっているはずなのに、何故かそのお宅にいるヤドンちゃんと、うちのヤドンちゃんではお顔が違うように見える。

ぬいぐるみ好き夫婦を調べる過程で、我々のような夫婦がぬいぐるみをかわいがっていることを、「子供替わりにぬいぐるみをかわいがっている」とか、「気の毒な夫婦なのだから見守ってあげて」みたいな回答をしているヤフー知恵袋が出てきてクサクサしてしまう。分かりやすい物語に押し込めやがって。ヤドン、はかいこうせんだ。

昼間の用事は映画で、ドライブマイカーを観に行った。分かりやすい物語にされない、複雑さをそのまま丁寧に複雑に描く作品にホッとする。事前情報は一切見ていなかったから、不意に地元が出てきてびっくりした。高速道路のトンネルを抜けるとフジがあって、ああ、広島だ、と分かる。ロケ地の選定は諸事情あって変更されたとのことで、意図されたものではないのかもしれないが、広島のあの土地のど真ん中で、失意と回復の過程が描かれていたことに説得力を感じる。舞台の広島国際会議場(フェニックスホール)は平和記念公園の敷地内にあって、平和記念資料館のすぐ隣りにある。100メートル道路も、公園も、あの辺り一帯に映るその殆どが戦後復興の過程で築かれたものだ。だからといって全てが回復することなんてなくて、死ぬまで戦中のことを語りたがらなかった祖母のことを思い出す。ワーニャ伯父さん、傷を抱えたまま、それでも生きるのだな、と思う。



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