VOCALOID音楽と引用の技法

ニコニコ動画を場として起こったボカロ音楽は、初音ミク発売直後のごくわずかな時期を除いて、一次創作を中心とした文化でした。オリジナル曲の方がカバーやリミックスよりも圧倒的に多く再生されていったのです。

しかし二次創作に属するアプローチが無視されていたわけではありません。例えば新しいVOCALOIDが発売されたときに声のサンプリング元の歌手の持ち歌(いわゆる課題曲)をカバーしてソフトの性能とボーカルプログラミングのスキルを示す文化や、多くのリミックスを生んだジャガボンゴ、わたしはミーム、般若心経ポップに端を発する空前の出家ブーム、また恋は戦争リミックス企画である恋は洗脳など、さまざまな形の二次創作がボカロ曲の中に息づいていました。

ここで注目したいのは二次創作の中でもリミックスで使われるサンプリング(引用)の技法です。ボカロ曲で見られる引用としてのサンプリングの技法は多くの場合、ボカロ曲の、特にボカロの歌唱を含む部分を元ネタとして行われ、ボカロ曲の外部からのニコニコ動画というプラットフォームを越境したサンプリング、もしくはボカロ曲のボーカルではなくバックのオケに注目したサンプリングは、少数の作家による挑戦の痕跡が点々と残るに留まっています。またボカロ曲のリミックスは豊富に投稿されていますが、サンプリングを手法として取り入れたオリジナル曲となるとその数はぐっと減ることになります。

この文章の目的はそれらの点を拾い集め、ボカロにおけるサンプリング・ミュージックの系譜を一つの視点から再編集することにあります。これもまたリミックスのようなものです。うまくいくかはわかりませんが、とにかく見ていきましょう。

はじまりは常に重要です。今回の場合、はじまりはどこでしょうか。そもそも「VOCALOIDは人間の声をサンプリングして作られた」—つまり実在する人間の声を参照・引用して作られたものですが、そのあたりはあまりにも聞き飽きた話で退屈だと思うので、もう少し先に行きましょう。2007年に初音ミクが発売され、爆発的な勢いでニコニコ動画上に初音ミクをボーカルに使ったオリジナル曲があふれはじめた。そのあたりからはじめるのが妥当でしょう。

サンプリングは90年代にはすでにポップミュージックの世界で手法として定着していました。だから遅かれ早かれそれをボカロに持ち込む人はいたはずです。しかしボカロ初期に隆盛した音楽ジャンルはバーチャルな存在である初音ミクにふさわしいシンセポップ(テクノポップ)であり、その分野において既存の曲を引用してのサンプリングというのはそれほど用いられる手法ではありません(ここでアート・オブ・ノイズを思い浮かべて反論したくなった方はなにも間違っていないのですが、2007年の日本基準で考えてください)。サンプリングは広く普及した手法ではあるものの、音楽ジャンルによって用いられる頻度はかなり異なります。中でもサンプリングがジャンルそのものの成り立ちに結びつき、その技術が多用される分野があり、ボカロにおけるサンプリングの導入にもそうした音楽が深くかかわってきます。その一つがドラムンベースです。

nak-amiPが2007/12/05にニコニコ動画に発表した曲「BOOOOST feat.初音ミク」を見ていきましょう。

BOOOOST feat.初音ミク【オリジナル曲】

イントロの終わりに流れる管弦のフレーズに注目すると、初音ミクの歌い始めとともに訪れるフレーズの終わりが自然にフェードせず、急に音が消えたように聞こえます。サンプリングした波形を途中でぶった切ってフレーズを終わらせたためです。ボーカルとともに入るドラムですが、これはドラムンベースの特徴である高速のブレイクビーツです。そしてスクラッチの前に入る男性の声ネタ。いずれもこの曲がサンプリングの技法で作られたことを示しています。元ネタについてはわたしにはわからないのですが、作者であるnak-amiPのニコニコ大百科記事によればブラジリアン・レアグルーヴとのことです。

「BOOOOST feat.初音ミク」はやや粗さを感じるところもあるものの、非常に印象的な曲に仕上がっています。というのも同時期の多くの曲が初音ミクのボーカルを聞かせることを目的としたポップスであったのに対し、この曲での初音ミクは他の楽器に対して特権的な地位を主張せずに幻想的な雰囲気をほのめかすにとどまり、あくまで曲の部分としてふるまうからです。

nak-amiPはボカロのリミックスで触れた名曲「わたしはミーム」の作者でもあり、同曲には多数のリミックスが存在します。またnak-amiP自身も多くの曲のリミックスを手掛けており、ボカロ音楽におけるサンプリング文化を考える上での重要な作家であることは明白です。nak-amiPはクラブミュージックの文脈をボカロに導入することで、同時にそこで行われるサンプリング文化を広めることにも成功しました。

nak-amiPからもう一曲紹介しましょう。今度はドラムンベースではありませんが、やはりサンプリングがジャンルの成り立ちに深くかかわっている音楽、ヒップホップです。

初音ミク VS PERCEE P (HIP HOP)

元ネタはPercee P の Throwback Rap Attackですが、なんとラップをサンプリングして、トラックを初音ミクで構成しています。ほぼThrowback Rap Attackリミックスといって差し支えないでしょう。初音ミクを楽器にするというのは初期にはよく見られた方向性なのですが、初音ミクの声をここまでアンビエンスに使い、かつ外部からボーカルを引用したうえでそれをやると、わたしたちがボーカロイド音楽と呼ぶものがなにに寄って立っているのかを考えたくなります。このように引用によってつくられた創作物はしばしばオリジナリティやジャンル性といったものに対する疑問符を加えることになります。

さて、この時期サンプリングを駆使してヒップホップを作っていた作家はnak-amiPだけではありません。tysPを紹介しましょう。

初音ミクオリジナル曲 エメラルドコースト(Ver2008) feat. 鏡音レン

サンプリングされている曲は二曲あります。まずEarth, Wind & FireのBrazilian Rhyme。大ネタと言っていいかもしれません。ボーカルをわかりやすい形で使用しています。サンプリングされているもう一曲はLast Regrets。これはKanonのオープニングテーマです。ヒップホップはかなりマッチョ志向が強い面があるので、オタク文脈に位置するエロゲ原作のアニソンのサンプリングというのは新鮮に感じられます。テンポは速くしていますが元のフレーズを素直に使いつつ、うまくフリップしてリズムに合わせています。曲としては軽快でファンキーなダンスチューン。主にミクが歌、レンがラップを担当する構成となっており、これはこのプロデューサーの特徴の一つです。

tysPはボカロにヒップホップの文脈を導入した最初期のプロデューサーです。ヒップホップの重くはねるビートをしっかりとりいれつつ、ポップで踊れる爽快な曲を多く発表しており、ヒップホップと客層があまり被らなかったであろうボカロ文化の中においても人気を集めました。ヒップホップを特徴づける引用の技法に注目するならもう一つ。鏡音レン・初音ミクオリジナル曲 Shape of My Song[VN北海道提供曲]は重要です。今回のテーマである音から音への引用にはあてはまらないので、詳しくは触れませんが、先人へのリスペクトに富んだ作品となっています。

ボカロ音楽においてサンプリングを積極的に活用するヒップホップのプロデューサーとして、もう一人忘れてはならない人物がいるのですが、時系列に沿う形で今は後に回させてもらいましょう。その前に彼の名付け親となった、ボーカロイド・アンダーグラウンドにおける最重要人物に触れる必要があります。山本ニューです。

星のうた(初音ミクのホイッスル・ソング

ハウスもまたサンプリングが多用される音楽ジャンルです。この曲はハウスミュージックにおける不朽の名作、フランキー・ナックルズのThe Whistle Songのリミックスと呼んでもいいかもしれません(山本ニュー本人は「カバーというかなんというか」と評していますが)。ダンスミュージックにおける別ジャンルからのリミックスは、最も単純な形では単にリズムトラックを差し替える、あるいは被せることで行われます。リズムこそがダンスミュージックの機能性を特徴づけるものだからです。一方「星のうた」は、The Whistle Songに初音ミクの歌唱によるメロディを付加することで、ボカロ曲としています。ボカロ曲において、ジャンルを特徴づけるのはVOCALOID初音ミクの声なので、それを加えることでハウスの名曲がボカロ曲として生まれ変わるわけです。

山本ニューは自身の創作において一貫して「フェイク」あるいは「パクリ」であることに意識的であり続けました。ボカロ以前の音楽的な背景としてDJをしていたということもあり、サンプリング(平たく言えばパクリです)を導入したのは自然な発想だったのでしょう。あるいは単に打ち込みで音楽を作る技術に欠けていたという可能性もあります。なお、この技術の欠落という要素は以後紹介する制作者にも共通する特徴です。

山本ニューの優れた点は、趣味人としての「面白いものを発見する能力」にあります。彼はオリジナルの曲を作るにとどまらず、多くの曲をリミックス、カバーし、さらに様々なコラボレーションに首を突っ込んでいます。とりあげる曲やコラボ相手の多くはボカロのメインストリームから外れた際立った個性を持つ方ばかり。今、この記事を書きながらニコニコ動画で当時のボカロ曲を聞き漁っているわたしには、彼こそボーカロイド・アンダーグラウンドにおける文化的ハブであるように感じられます。

さて、そんな面白いものを発見する才能を持つ山本ニューに勝手に名前を改名されたボカロPがいます。その人物こそMSSサウンドシステムです(改名前は単にMSSだったそうです)。ボカロにおいてヒップホップが大きく躍進した世代に名を連ねる、サンプリングを徹底的に活用したトラックメイカーです。まずは代表曲をお聞きいただきましょう。

【初音ミク】耳なりはフェンダーローズ【MSSサウンドシステム】

あまりに名曲です。元ネタはファラオ・サンダースの You've Got To Have Freedom。大ネタでかつまんま使い。曲中のいくつかの部分をサンプリングして繋ぎ合わせていますが、手の込んだ編集は行われていません。初音ミクの歌うメロディに関してもサンプリング元のフレーズをほぼそのまま使ったようなものです。これは安易さから来るものとも取れますが、それ以上に勇気のいる選択です。オリジナリティや作家性といったものへの拘泥はしばしば過剰な自己主張を生み、作品の心地よさ捻じ曲げてしまいます。大好きな曲をサンプリングして作った上出来なトラックに「個性的な」メロディを乗せようとして台無しにしてしまう……これはわたしにも経験があることです。しかしMSSサウンドシステムはそうはしませんでした。あくまで素直にメロディをのせたのです。作家が自らのエゴを適切に管理し作品へ奉仕することが、この作品のよさに貢献しています。ではこの作品にサウンド面での作家の自己主張はないのかというともちろんそんなことはなく、むしろ特大で鳴り響いています。すばらしいドラムの音が。

MSSサウンドシステムは当時ほとんどサンプラーのみを使用してトラックを制作していました。ここまで徹底してサンプリングのみに傾いた曲作りをしていたボカロPはそれまでいませんでした。そういう意味でMSSサウンドシステムの登場は画期的でした。それでは彼がサンプラーを駆使して作った曲をもう一曲お聞きいただきましょう。

【初音ミク】Yofukashi gunnai【MSS,オトナシック】

元ネタはオトナシックの【開発コードmiki】夜になると雪が降るから【オリジナル】。ボカロ曲の、それもまったくボカロに関係のないトラック部分です。ヒップホップのサンプリング元として使われることは普通ありません(初音ミクのサンプリングはビッグ・ボーイが去年やりましたが……)。フレーズをサンプラーで取り込み、パッドを叩いているのでしょう。細切れになったサンプルが踊っています。チョップと呼ばれる手法で、こういった再編集もMSSサウンドシステムの得意とするところです。この夜更かしグッナイで行われた、「ボカロ曲のトラック部分からのサンプリング」は示唆に富んでいます。ボカロ曲をボカロ曲たらしめているものはそのボーカルであったなずなのに、そこを無視してトラックだけを利用しているのです。音を文脈から切り離す、サンプリング行為の最たるものです。

「夜更かしグッナイ」は「夜になると雪が降るから」一曲から取ったサンプルから構成されていました。先進的な試みでしたが、これを聞いてここで行われた実験をさらに推し進めたらどうなるだろうかと考えた人物もいました。最後に紹介するのはボーカロイドにおける引用の技法をもっとも極端な形で体現した制作者、Jakeです。

Jakeは曲に含まれるすべての音、リズムからベース、コード、ボーカルに至るまでの要素を既存のボカロ曲からのサンプリングのみで構成しました。

【初音ミク】ボカロ曲を切り貼りして一曲作ってみた(My Song?)

荒い作りですが、構成における4+1小節を基本としたループの意外性、サンプルの逆再生を積極的に取り入れた点など、実験的な雰囲気があります。元ネタについてはすべてに触れていると冗長になるので一点だけ。ドラムにそのまま使われている凍結わーるどですが、非常に印象的なリズムトラックです。この曲以後、Jakeは同様のコンセプトで多数の作品を発表しており、ついには一枚のアルバムに含まれるすべての音を既存のボカロ曲のサンプルのみで構成するところにまで行き着きました。

さて、これまでの曲ではサンプリングにはジャンル的な背景が存在しました。しかしJakeの曲ではどうでしょうか。あえて言えばトリップホップ、エレクトロニカ。いずれもサンプリングは多用されます。しかし実際のところ、Jakeはどちらについても疎かったようです。

それでもJakeのサンプリングには明確に文化的な背景が存在します。次に紹介する曲はそれを如実に示しています。

カブト虫の光/結月ゆかり

聞けばわかる通り、ビートルズの楽曲からとったサンプルで構成したトラックに結月ゆかり歌唱による蛍の光を乗せた代物です。あまりに音楽的すぎて耳を疑いますが、実はこれと同様のコンセプトで作られた曲が40年近く前に発表されているのです。それがThe Residents の Beyond the Valley of a Day in the Lifeです。サンプラー登場以前のサンプリングミュージック。つまりテープ編集で作られたアヴァンギャルドロックこそがJakeの行ったサンプリングの文化的な背景だったのです。これはまったくの偶然なのですが、ボカロにおけるサンプリングの導入の歴史を時系列で並べると、ドラムンベース→ヒップホップ→ハウス→アヴァンギャルドと実際のサンプリング・ミュージックの歴史を遡ったように見えます。人間は得てしてこういった偶然に意味を見出したがるものなので繰り返しますが、純粋に偶然です。この流れに運命を感じ、この先にミュージック・コンクレートを付け足すべく活動を開始するのならば、それはそれで歓迎ですが。

現在、あらゆる音楽が動画サイトやストリーミングサービスで並列して聞かれる中で、ジャンルの壁は取り払われつつあり、ボカロにおいても他ジャンルとの混交は進むでしょう。その中でサンプリング・ミュージックの文脈もより深化し、複雑になっていくはずです。そんなまだ見ぬ未来に夢をはせつつ、今日のところはここで筆を置きたいと思います。散発的ながら注目すべき作品(特にスPしらんPまひろのサイドギャザー)を取りこぼした向きはあり、その点残念でならないのですが、スムーズな流れを重視した結果こうなった次第です。最後にお断りしておきますが、この文章は一人のリスナーとしての視点のもと編集して作り上げた創作物であり、妄言です。真に受けないでください。

文責 鈴木O

#vocanote

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