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「ミニマルな音楽」とはどういうものか

ミニマルな音楽が好きです。ミニマルというのは「最小限の」くらいの意味で、そのままミニマル・ミュージックと呼ばれるジャンルもあります。しかし、それ以外の文脈でも、音楽についての文章で「ミニマル」という言葉を目にすることがあります。コードやメロディ、リズムの展開に乏しかったり、極端に切り詰めた楽曲の形式をしていたり、音の数が少なかったり、そういった音楽に対して、わたしたちはしばしば「ミニマルな」という形容を使います。この文章では「ミニマルな音楽」とはどういうものか、どんな特徴があるのか、具体例を引きつつ、ざっくりと整理していきます。これを読むことで、音楽についての文章で「ミニマルな」とか出てきてもあまり身構えずに済むようになる、といいな。

「ミニマルな音楽」はどのへんがミニマルか?

ミニマル・ミュージックの代表的な作曲家、スティーブ・ライヒの『Music For 18 Musicians』は、考え方によってはまったく「ミニマル」ではありません。まず18人という大編成がミニマルから程遠いし、13のパートからなる楽曲の形式も一時間という長大な演奏時間も全然ミニマルではない。同じフレーズを何回も繰り返すのもいかがなものか。本当にミニマルなら一回だけで終わらせるべきなのではないか。

こうして考えてみるとわかる通り、ミニマル・ミュージックはあらゆる点でミニマルな音楽というわけではありません。ミニマル・ミュージックによく見られる特徴は「短いメロディが執拗に反復する」ことです。この特徴によって、メロディと楽曲の展開はミニマルになりますが、楽曲の他の部分については必ずしもミニマルになりません。(もちろん、他の部分もミニマルということもあります。ライヒの『It's Gonna Rain』は同じ内容を記録した2本のテープをループさせることで成立していて、編成においてもミニマルです)

なにが言いたいかというと、一口に「ミニマルな音楽」といっても「ミニマル」というコンセプトを楽曲のどの部分に適用するかによって、いろいろな表現が可能だということです。ミニマル・ミュージックでは「メロディの長さと展開」にミニマルという制約をかけていることが多いですが、「ミニマルな音楽」すべてが同じアプローチを志向するわけではありません。ならば、他にどんなアプローチが考えられるか? 「ミニマルな音楽」というアイデアを実現するのにどんな方法があるか? 順番に考えていくと、いろいろわかってよさそうですね。よさそうということにしましょう。

1. メロディがミニマルな音楽

一般的にミニマル・ミュージックといえばこれです。わたしたちが普段耳にするポップスはだいたい4小節や8小節を一かたまりとしたメロディが組み合わさってできています。一度登場したメロディはしばしば繰り返され、繰り返しの回数は曲やパートごとにまちまちです。ヴァースの8小節のメロディをそのまま2回繰り返したり、コーラスの4小節のメロディを4回繰り返すけど、最後の1回だけメロディにアレンジを加えたりと、いろいろなパターンが考えられます。ここでもし、メロディを短く切り詰めて1小節にして、繰り返しを128回にしたらどうなるでしょう。執拗に同じメロディが繰り返される曲になるだろうと想像できます。わたしたちがミニマル・ミュージックと聞いたときにイメージするものです。

強弱をつけながら繰り返される短いメロディが作るさざ波のようなリズム。ずっと聞いていたいですね。こうした「短いメロディをひたすら繰り返す」式のメロディに関するミニマルなアプローチは映画やアニメの劇伴でもしばしば耳にするので、いまとなってはなじみ深いものなんじゃないかと思います。ところで、『Six Marimbas』は同じメロディを何回も繰り返しますが、最初から最後まで同じというわけではありません。6分くらいからフェードイン/アウトするように異なるパートが接続されているのがわかります。しかし、その変化はわかりにくい。どうしてか?それを考えるのが次のアプローチです。

2. アレンジがミニマルな音楽

『Six Marimbas』は3つのパートにわかれていて、パートごとにメロディとテンポが変わっていきます。しかし、その展開に劇的さはありません。パート間のメロディの変化も、ぼんやり聞いていたら聞き逃してしまいそうです。

『Six Marimbas』はわたしたちが普段耳にする音楽の多くと同じく、聞いたときの印象の異なる複数のパートが組み合わさってできています。イントロとかAメロとかサビとか、そういうやつです(この話は後でもう一度します)。作曲者や演奏者の重要な仕事の一つが、そうしたパート間の印象の違いを適切にコントロールすることです。いわゆる「アレンジ」に属する仕事ですね。難しい話ではありません。「Aメロの終わりにドラムでフィルインいれて盛り上げよう」「サビは使う音色の種類を増やして音を厚くしよう」「2回目のサビではボーカルにフェイク入れよう」こうしたアレンジの工夫は、いずれもパート間の印象の違いをコントロールするために行われます。もっと突っ込んでいえば、アレンジの工夫はしばしばパート間の印象の違いを「強調する」ために行われます。ここでアレンジにミニマルなアプローチを適用した場合どうなるか考えてみましょう。「フィルインはないほうがいい」「サビだからといって音色の種類をむやみに増やさない」「ボーカルのフェイクいらない」ミニマルなアレンジの工夫はパート間の印象の違いを「抑制する」方向で働きます。『Six Marimbas』にもミニマルなアレンジの工夫が施されていると見ていいんじゃないかと思います。パート間の違いはことさらに強調されない。メロディは厳密に繰り返され、余計な音色が紛れ込むことはない。「一つの音色だけを使う」というありふれた制約ですら、アレンジにミニマルな要素を持ち込みます。

他にもアレンジにミニマルなアプローチを取り入れている曲を挙げておきます。これは正直、いくらでも思いついます。というのも、楽曲のアレンジの範疇に入ることがらって思ったよりかなり多い(使用する音色の選択、個々の楽器の奏法、装飾的なフレーズの活用、など)ので、いろんな曲でどっかはミニマルなアプローチにヒットする気がするんですね。例えばオールドスクールヒップホップとか初期テクノやハウスは、だいたいみんな機材特性から来る制約によってミニマルなアレンジやってたと解釈できるし……。でもアレンジにおけるミニマルなアプローチが極端で耳を惹くとなると、結構絞られてくるので、そういうのを紹介しておきます。

メインボーカルとの掛け合いでタイトルをリフレインするコーラスがやる気なさ過ぎて面白い。ファンクから突き抜けるホーンとか軽快なギターのカッティングとか歌唱力とかのを余分なものを取り払っていくと、こうなるんだと思います。それらが本当に余分なものだったのかは人によって意見のわかれるところです。

3. コード進行がミニマルな音楽

異なる音名(ドレミファソラシのこと)の音を同時に3つとか4つ鳴らすと、なんか独特な雰囲気の音がします。この独特な雰囲気の音のかたまりをコードと呼びます。コードはそこに含まれる音によって、いくつかの種類があります。種類の異なるコードを続けて弾いてみると、あるコードから別のコードに移るときの響きがやけにスムーズだったり、逆にすっとんきょうだったりします。そういう「種類の違うコードの並べ方」を指して「コード進行」といいます。

コード進行のミニマルな音楽とはどういうものか。わたしたちが普段耳にする音楽の多くは、聞いたときの印象の異なる複数のパートからできています。この印象の異なる複数のパートを実現するための手段の一つが、パートごとにコード進行を変えてしまうことです。コード進行が違うと、聞いたときの印象が変わる。変わった。うれしい。ではコード進行がミニマルな音楽とはどういうものかというと、例えばそれは、一つのコード進行だけでイントロもヴァースもコーラスも間に合わせちゃう曲です。そういう曲はR&Bでたくさんありますね。いまのポップスはR&Bっぽいのが多いので、みなさん特に意識することなくコードにおけるミニマルなアプローチを受け入れているわけです。よかった。まだピンとこない人もいるかもしれないので、コード進行がミニマルな曲の具体例も挙げておきます。

パンクが好きなのでこういう選曲しかできませんでした。2コードの循環は終わりがなく、どこにも向かっていかない。Joy Divisionの実質的な最後の曲と言ってもいいんですが。パンク~ポストパンクの時代はRamones、Suicide、Young Marble Giants、Wire、Minutemenなどミニマルな音楽を追求するバンドが結構あるので、興味がわいた人はその辺を聞いてみるのもいいかもしれません。

コード進行においてもう少し極端にミニマルに走ると、そもそもコードが進行しない、つまり1種類のコードだけで全部すませちゃう音楽が考えられます。これもファンクでたくさんあるし、テクノ、ハウス、ブルース、ヒップホップでもある。一曲紹介しておきましょう。

サイケが好きだからこういう選曲しか……。よく指摘されることですが、ワンコードとひたすらループするドラムで、今聞くとちょっとヒップホップっぽいですね。お経っぽいボーカルもひとつのメロディだけを繰り返す。ミニマルで偉い。ついでなので、Jad FairとDaniel Johnstonによるカバーも貼っておきます。ミニマルという一点では原曲より上を行っている気がするし。

4. 楽曲の形式がミニマルな音楽

「楽曲の形式」って言葉は難しそうに見えますが、意味するところは簡単です。

30秒くらい聞けば、歌のメロディの塊が2パターンあることがわかります。Aメロとサビと呼ぶ人もいれば、ヴァース(verse)とコーラス(chorus)と呼ぶ人もいます。単にAパートとBパートと呼んでもいいです。わかればなんでもいいです。わたしたちが普段よく耳にする音楽は、聞いたときの印象の異なる複数のパートから成り立っています。そういった「異なるパートが一つの楽曲のなかでどう組み合わさっているか」を指して「楽曲の形式」と呼びます。ポップスでは「楽曲の構成」と呼ぶこともありますね。例として挙げた『I Saw Her Standing There』の楽曲の形式がどうなっているかというと、

【Verse - Chorus - Verse - Chorus - Bridge - Verse - Chorus - Bridge - Verse - Chorus】

ブリッジからの展開が1周多いものの、ポップスの基本的な形式の一つと言っていいでしょう。ヴァースとコーラスを2周してからブリッジを経てヴァースに着地。2回目のブリッジではジョージのギターソロをフィーチャー。最後にもう1回ヴァースとコーラスを繰り返して終わり。

さて、ここで楽曲の形式を「ミニマル」にしてみましょう。なにが起こるでしょうか。『I Saw Her Standing There』は三分間でヴァースとコーラスを計4回繰り返しています。これではミニマルからは程遠いですね。まず半分にしてみましょう。2回で十分。ブリッジもいりません。ギターソロは当然なしです。

【Verse - Chorus - Verse - Chorus】

すっきりしました。ヴァースとコーラスを2周して終わる潔さ。ポップスの形式としてはかなりミニマルな部類ですね。あるいはこんなのでもいい。

【Verse - Bridge - Chorus】

形式から見てもアレンジから見てもミニマル。タイトルも「無」でいいですね。とにかくさびしいギターポップです。楽曲の形式はAABA'形式と見た方が自然な気もしますが、この曲は最後のパートを目立たせるようできていると思ったので、そこがコーラスということで。現状、かなりミニマルだと思うんですが、もっと削ったらどうなるでしょう。

【Verse - Chorus ?

最初に2周するヴァース以外、ほとんど繰り返しがありません。ここまでいくと、もう減らせるものはなさそうです。この曲はミニマリズムを突き進めた結果、明確なパターンの見えない、形式で把握するのが困難な楽曲になっています。初期のRed Krayolaは楽曲の形式についての実験を追求したバンドだったので、この曲以外でもミニマルな形式を意識したアプローチをしています。1967年の未発表アルバム『Coconut Hotel』では1から5つ程度の音からなる10秒以下の楽曲を30曲以上収録。「それは曲なのか?」「そんなアルバム、許されるのか?」といった素朴な疑問を感じます。許してくれなかったから未発表なんでしょうね。極端にミニマルで形式の壊れた楽曲が大量に詰め込まれた『Coconut Hotel』は、ポップミュージックにおける「アルバムの形式」(異なる複数の楽曲のアルバムの中での組み合わさり方)についての実験です。それを面白いと感じるかどうかは人によりますが、変な音楽が聴きたい人は一回くらい聞いておいて損はないと思います。

5. 音数がミニマルな音楽

これは今までで一番わかりやすいと思います。音数という言葉は「音色の種類の数」と「音がどれくらいの頻度で鳴るか」の両方の意味で使われる気がしますが、今回は後者です。前者は「アレンジがミニマルな音楽」で軽く触れたので。

音楽をミニマルにするにはどうすればいいか?時間あたりに鳴らす音の数を減らせばいい。単純明快です。時間芸術という言葉があるように、音楽は時間に沿って音を並べたものです。時間当たりに音の鳴る頻度を極端に下げれば、ミニマルになります。音楽は音からできている。音が少なければミニマル。これ以上、説明することはないですね。具体例を挙げていくことにしましょう。この手口で一番有名なのは、まあ……ジョン・ケージでしょうね。

休符だけで構成された音楽。もっともミニマルな音数はゼロ。これ以下はありません。形式的にも編成的にも完璧にミニマルなので文句のつけようがないですね。いや、だからなんだという話ですが……。

「音数が少ないが、ゼロではない」というラインに限定すると、どういう音楽が考えられるでしょうか。先ほど紹介した『Coconut Hotel』はここに含まれます。他にはヴァンデルヴァイザー楽派があてはまりそうです。

とくに現代音楽をフォローしているわけではないので、わたしもこういう音楽があるということしか知りません。この辺の流れフォローしている人がいたら、オススメのアルバムとか教えてください。

ポップミュージックの話もしましょう。音数の少ないミニマルな音楽といえば、近年なにかと引き合いにだされるのを耳にするTalk Talkですね。

ポストロックが好きだからこういう選曲しかできない。Talk Talkのフロントマンのマーク・ホリスは「ひとつ目の音符をどのように鳴らすか理解するまで、ふたつ目の音符を鳴らしてはいけない」と語っていましたが、まさにそんな感じの音楽です。とにかく遅い。音と音の間隔が長い。メロディやリズムよりも音響的な質感に重点があるように感じます。

6. 音量がミニマルな音楽

書きながら思いついて追加しました。音量がめちゃくちゃ小さい!バカみたいですが、これもミニマルな音楽の表現だと思います。難しいのは、わたしたちは音が小さいと感じたとき、スピーカーの音量を上げることができるということです。録音物よりはライブ向きのアプローチなのかもしれません。このアプローチで一番有名なのは、やはりジョン・ケージですね。なにも弾かなければ大きい音は出ないので。それからヴァンデルヴァイザー楽派。他にはちょっと思いつかない。なにかあったら教えてください。

こんなところでしょうか。あまり整理せずに思いつくまま箇条書きにしてしまったので、まとまりはなかったかもしれませんが、これをきっかけにみんながミニマルな音楽を好きになってくれるといいな。とくにRed Krayolaをよろしく。フロントマンのMayo Thompsonを追いかけていくと、テキサスサイケからポストパンク、ポストロックまで自然とたどり着きます。まずはGod Bless Red Krayola And All Who Sail With Itから聞こうね。終わり。


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