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「VOCALOIDよれよれ曲リンク」から辿る「VOCALOID以外のよれよれ曲」

辿りましょう。


1. ニコニコ動画の動画タグについて

 ニコニコ動画を中心としたボカロ音楽シーンにはニコニコ動画の機能である「動画タグ」を活用した文化があります。ニコニコ動画におけるタグ機能の特徴は、動画タグを動画投稿者だけでなく視聴者も編集できる点にあります。

ニコニコ動画の動画タグ

 上記の動画では「VOCALOID」「UTAUオリジナル曲」「ORIGAMI-I」などのタグが動画投稿者のぼくが設定したもので、「ボカイノセンス」「音響系」「UTAUビエント」などのタグは動画の視聴者がつけたものです。つけられたタグには、ぱっと見で意味の分かるものもあれば、わかりにくいものもあります。例えば「UTAUビエント」はUTAU(フリーウェアのボーカルシンセ)を使ったアンビエント系の楽曲に対して使われているタグです。これはソフト名と既存の音楽ジャンルを合わせただけの言葉なので比較的わかりやすいのですが、「ボカイノセンス」になってくるとかなり謎です。「ボカ」はボーカロイドでしょう。じゃあイノセンスとは? 個々のタグについて深入りするのはやめますが、ここでぼくが言いたいのは視聴者が自発的にタグをつけて異なる動画同士を結びつけることが、検索を便利にして、動画を面白くするのに貢献しているということです。そう、タグをつけてグループ分けするという行為には利便性以上のものがあります。これはレコードショップの棚に「60年代ロック」とだけ書かれているよりも「フリークビート」「アシッドフォーク」「テキサスサイケ」と書いてあった方が面白そうだというのと同じです。ニコニコ動画で生まれたタグの中には有用であるという以上に面白さをそなえた秀逸なタグが存在します。ボカロ関係の楽曲におけるそうしたタグの一つが今回紹介する「VOCALOIDよれよれ曲リンク」です。

2. 「VOCALOIDよれよれ曲リンク」とは

VOCALOIDよれよれ曲リンクとは、よれよれしたボカロ曲である。

ニコニコ大百科「VOCALOIDよれよれ曲リンク」より

 文字通りです。「VOCALOIDよれよれ曲リンク」はよれよれしたボカロ曲に付けるタグです。「よれよれ」つまり「よれている」という共通点のもとにボカロ曲を集める試みです。音楽で「よれた」という形容がつきそうなのはピッチ、リズム、テンポですが、これらの「よれ」はポップミュージックではあまり歓迎されません。ピッチのよれた歌をピッチ補正ソフトで修正するのはいまや当然のことですし、音の鳴るタイミングが早い遅いなどのリズムのよれもDAW上で修正するのが普通です。楽器奏者がメトロノームを使って練習するのはテンポがよれることを嫌うからです。

 しかし一方で、ミュージシャンがしばしば「よれ」を音楽的表現として利用することも事実です。正確なピッチを得たいだけならエレキギターにアームなんてものは必要ないのです。ピアノの内部に釘やら紙やらを置かなくてもいいのです。さらにいえば、音楽的な表現としてではなく、単に技術や根気の欠如の結果、音がよれてしまうこともあり得ます。正しいピッチで歌うのは多くの人間にとって難しすぎます。メロトロンやテープエコーのピッチのよれは当時の技術的な制約から来ているのであって、意図して実装したものではありません。原因はなんでもいいのです。とにかく結果として「よれ」を見出したとき、そこに「よれよれ曲」が成立します。「VOCALOIDよれよれ曲リンク」というタグはニコニコ動画で生まれたものですが、この視点はそのままニコニコ動画の外にも向けられます。そこにはたくさんの「VOCALOID以外のよれよれ曲」があります。「VOCALOIDよれよれ曲リンク」に関連するボカロPのなかには「VOCALOID以外のよれよれ曲」に影響を受けていそうな人もいます。そういったよれよれリスペクトなボカロPを通じてボカロの外のよれよれ曲に親しんでもらおう、あるいは逆にメイヨ・トンプソンのファンにボカロを聞いてもらおう、もしくはどちらにも興味のない人の耳にとにかくよれよれ曲を流し込もう。そうした狙いのもとにこの文章は書かれています。

3. よれよれ曲たち

ごはんP / bigmuff

 メイヨ・トンプソンが好きなボカロPを四人知っていますが、好きじゃないと言っているボカロPは見たことがありません。おそらくボカロPは全員メイヨ・トンプソンが好きなんだと思います。ごはんPはメイヨ・トンプソンが好きなボカロPの一人です。なぜわかるか? そう書いてあるからです。

bigmuffのマイリストコメント

 メイヨ・トンプソン(Mayo Thompson)といえば1960年代テキサス・サイケの重要バンドThe Red Krayolaの中心人物。詳細は省きますが、ポストパンク期はプロデューサーとしても活躍、90年代はマッケンタイアとかグラブスとポストロックやってたりします。なにをやっても「よれよれ」という言葉がこの上なく似合うミュージシャンです。

 先にごはんPの曲を紹介しましょう。曲名の『bigmuff』はエフェクター(ギターやベースの音を変化させる小箱。効果によっていろんな種類がある)の製品名です。ジミ・ヘンドリクスも使っていました。BIG MUFFはギターの音色をざらざらに歪ませ、音を潰してサステインを伸ばします。音を歪ませるエフェクターの中でも、この種の毛羽だつようなざらついた歪みを与えるものを指して「ファズ」と呼んだりします。アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」OP『青春コンプレックス』のサビに「かき鳴らせ光のファズで」とありますね。あのファズです。(余談。青春コンプレックス聞き返したんだけど、サビでファズ使ってるかはわからず。でも1:20からの音色はたぶんファズ)
 『bigmuff』を再生してまず耳に入ってくるのはやはり動画説明文にある「よれよれギターにべろべろベース」です。歪みサウンドだけでなく、この「よれよれ」と「べろべろ」にもエフェクターが関わってきます。イントロを注意深く聞くと、ギター、ベースともに音が波打つように変化しているのがわかります。特にベースのぼわぼわとしたエフェクトは印象的です。モジュレーション系のエフェクター、おそらくどちらもフェイザー(周期的に音をしゅわしゅわと変化させる)による音です。リズムはシャッフルのはねたリズム。初音ミクのボーカルは古いスピーカーから鳴るようにくぐもっていて歪んでいます。ワンコーラス歌い終わってスネアの連打のあと登場するのがファズのかかったギター。フェイザー、ファズと来たらもうサイケしかありえません。歴史的にそういうことになっている。曲の方は2コーラス目が終わるとブレイクはさんでBメロ。ファズギターが分厚く入って、最後の仕上げギターソロに向かっていきます。この曲の面白いところはファズを効かせたサイケデリックなギターサウンドと対をなすように淡々とした初音ミクのボーカルおよびドラムマシンの音が配置されているところです。歪んでいるのにどこか冷たい。歌詞も逃避的で、落ち着いたを通り越してあきらめたようなトーンがあります。サイケデリックな音楽で多用される多幸感や恍惚といったイメージとは距離を置いた、がらんとした空虚な感じがこの曲の魅力の一つでしょう。

さて、最初に紹介したように『bigmuff』には目指せメイヨ・トンプソンの気持ちが入っているようです。ごはんPがなにを目指していたのか知りたいですね。聞いてみましょう。せっかく名指ししているのでバンドのThe Red Krayolaではなくソロ作から一曲。

Mayo Thompson / Around the Home

 メイヨ・トンプソンのソロ1st『Corky's Debt To His Father』は全体的にアコースティック色が強く、アシッドフォークに片足を突っ込んだような作品です。ファズギターが跋扈する『bigmuff』とは距離があるように思えます。そもそもメイヨ・トンプソン、そしてThe Red KrayolaとArt & Languageにファズギターが印象的な曲はあまり思い浮かびません。メイヨ・トンプソンのプレイは歪んだギターをがんがん鳴らす感じじゃないし、アコースティックギターを弾いていることも多い。ごはんPが目指したのは具体的なサウンドというよりはメイヨ・トンプソンの「よれよれ感」なんじゃないかと思います。そういう判断に基づいて紹介するのが『Around The Home』です。べろべろのベースのの上で女性コーラスがあーあー言ってますね。この時点でかなりのよれよれ度ですが、さらにメイヨ・トンプソンの歌が入ってくるのです。こたえられませんね。メイヨ・トンプソンはギターについてはかなり変でありつつも相当にうまいんですが(同アルバムの『Oyster Thins』を聞いてみよう)、ボーカルはこんなんです。あますところなくよれよれ。途中で自信なさげに入ってくるサックスもいい味を出している。

 ここまで二曲「よれよれってサイケだよね~」という大雑把さやっていきましたが、サイケ以外でもよれよれ曲はあるので次に行きます。

YARUSE NAKIO / 味のないキャンディー

 ギター、ベース、ドラムとシンプルにロックの編成です。投稿者名と裏腹にナンバーガールとはあまり関係がなさそうな音です。イントロの段階ではまだ『味のないキャンディー』の「よれよれ感」はわかりにくいのですが、左右にパンする初音ミクの声のあと、一気に景色が変わります。アーミングを使ったフレーズの登場です。28秒から入る「きゅーん」みたいな感じで目立つ音に注目してください。エレキギターのアームを使うとこんな風に連続的に音を高くしたり低くしたりすることができます。飛び道具的な使い方も可能で、ディレイやリバーブを多めにかけると「浮遊感」「宇宙」みたいな感じの音を作れたります。
 このパートで「よれ」を感じさせる要素はもう一つあり、それがトレモロを使った音です。ここでいうトレモロはギターのエフェクターのことで、音量を周期的に上下させます。元の音「あーー」がトレモロを通すと「あ~~」になる感じです。そのことを頭に入れて聞いてみると、ギターの単音フレーズにトレモロがかかっているのがわかりますね。なんか音がゆらゆらしてる。(トレモロについては以前読んだトレモロ(ギターエフェクト)について(50曲) - ブンゲイブ・ケイオンガクブが面白かったので興味のある方はぜひ)
 ここまで十分によれているのですが、『味のないキャンディー』の最大の「よれ」は間奏にあります。口ずさみやすいメロディーに乗せて、ナンセンスな歌詞が歌われた後の1:20からの展開です。動画にカラフルでサイケな変化が加わるのと同時に、コードの展開においても怪しさが増していきます。そして加わるよれよれのギター。これもやはりアーミングによるプレイです。短いながらも鮮やかに常套句から逃げていくひねくれた「外し」のギタープレイには、どこか90年代オルタナティブロック、とりわけUSローファイの血を感じます。
 その後はまた元のパートに戻って、しばらくするとエレキギターのスライド奏法を使ったフレーズが登場。スライド奏法、あるいはボトルネック奏法といったりもします。アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」最終話でぼっちちゃんがカップ酒でギターソロをやってましたよね。あれです。スライドバーを使うとなめらかに違う高さの音をつなげて演奏できます。
 そして二度目の間奏を経てコーラスに着地。すばらしいの一言につきます。こうして聞いてみると楽曲の構成的に中盤はずっとギター中心でボーカルは引っ込んでるのがわかりますね。ABサビみたいな感じではなくて、なんというか構成が洋楽っぽい。
 『味のないキャンディー』のよれよれ感に共通するところのある音楽として思い浮かぶのは、先ほども挙げたUSローファイ、ポストローファイあたりのバンドでしょうか。『味のないキャンディー』はウェットなコーラスと対比するようにヴァースの音はドライに抑えられているのですが、そのドライなヴァースにおいてUSローファイっぽさが強く出ているような気がします。Pavementの特に後期が近いかもしれません。

Pavement / Stereo

 Pavementについて簡単に説明しておきましょう。難しい。90年代USオルタナティブロックのサブジャンル「ローファイ」の代表バンド。他にはGuided By Voices、Sebadoh、初期のFlaming Lipsも含めていいいかも。音が悪くて歌が下手な割に曲はポップだったりするのが特徴です。Pavementも1st、2ndあたりはギリギリその説明でいいんですが、今回紹介したい後期のPavementはもうあまりローファイではない。あえて言えばポストローファイとでも呼べる音楽をやっています。Built To SpillとかModest Mouseと並べていい感じの音です。フロントマンで主に曲を作っているのはギターボーカルのスティーブン・マルクマス。beabadoobeeが『I Wish I Was Stephen Malkmus』って曲出してましたね。そのマルクマスです。Silver Jewsへの参加でも知られています。Pavementの曲はどこかひねくれている、一筋縄ではいかないといのが一つの特徴で、ポップな曲であってもその感じは通底してます。今回紹介する『Stereo』もそんなポップでひねくれた曲のひとつです。
 のっけからよれています。ドラムと一緒に入ってくるディストーションのギターの音がぐわんぐわんしてますね。これもアームでゆらしてるやつです。全部好きな曲なんですが、今回特に注目したいのは間奏です。やけくその勢いがあるノイズポップなコーラスパートからの戻り。1:20からのごく短いパートながら、普通に「ギターの間奏」で思い浮かぶようなプレイとは距離があるのがわかると思います。メロディアスでもパーカッシブでもなく、なんかノイズがぐねぐねとのたうってる感じ。でも左右で掛け合いが成立している気もする不思議間奏。『味のないキャンディー』の間奏にもこういう味があると言いきれなくはない。言いきれなくはないんですよ。

午後の恐竜 / さかな

 午後の恐竜さんを紹介しないとこの記事が嘘になってしまうので紹介します。特に説明することもないと思うんですが、シンプルなシンセのコードの刻み、たぶん弾いてるんでしょうね。なんかよれてます。途中のメタリックなパーカッションにほんのりインダストリアルを感じますね。中盤から左に聞こえるリコーダー、ピッチの不安定な感じがしていい。初音ミクとボカロP歌唱の曲ということで「VOCALOIDと歌ってみた」タグを追っている方にもおすすめです。歌詞もすばらしい。最後に優しく終わるところも含めて。
 こういう曲を聞いたときにぼくの頭に去来するのは「パンクだなあ」なので、関係ありそうであまり関係のないパンクのよれよれ曲を紹介します。

The Door And The Window / Part-Time Punks

 これを紹介しないと終われない。カバー曲。原曲はTelevision Personalitiesです。The Door And The Windowはそう有名なバンドではないと思いますが、一言でいえばロンドン・ミュージシャン・コレクティブ(LMC)周辺の実験音楽集団です。オルタナティブTVのマーク・ペリーも参加していました。この説明でわかる人はわかると思うんですが、限りなく「低い」音楽です。LMCシーンはとにかく「子どものように純粋に音楽を作ろう」みたいな気持ちにあふれているので、しばしば音楽的な成熟や訓練を拒否して音楽の下限みたいな音を作り出してしまいます。正確なピッチ、テンポ、リズム。これらは訓練の結果得られるものなので、訓練を拒否した音楽は必然的によれよれになります。こういうのをたまに聞くとなごみますね。

ManHoleMan / manhole

 これを紹介しないと終われない2。『VOCALOIDよれよれ曲リンク』を語るうえではずせない一曲。しかし『manhole』の紹介は前に書いたので記事を貼って代わりにします。

 ボカロでもボカロ以外でも紹介したい曲はたくさんあるんですが、文章書くのに疲れてきたので終わります。よれよれはいろいろなところに潜んでいるので、みなさんも音楽によれよれを発見して楽しんでみてください。最後に好きなよれよれ曲のプレイリストを置いておきます。終わり。


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