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アジアンヘイトとニューヨーク

(この記事あまりにも辛かったので、書いたけど暫く投稿出来ずにいました。最近は少しだけ安定してきて、以前ほど電車も怖くなくなりました。今振り返ると当時とても不安定な精神状態だったので、カウンセラーと話しにいくべきだったと思っています。)

最初からニューヨークが大好きでニューヨークにきた訳じゃないし(どんな経緯で来たかいつか書きます)、今も100%ニューヨークに夢中なわけじゃ無いけど、色んな短所を差し引いても、ニューヨークのダイバーシティさとリベラルさは大好きだった。


トランプが当選した時に街中が怒り、落ち込んでいた事や、BLMの時にみんなプロテストに積極的に賛同していたこと。これだけをとっても、日本に帰らずにニューヨークに残る理由には十分に思えた。


だから、ここ最近のアジア人へのヘイトクライムは、本当に、本当に心が打ちひしがれてる。

見るに耐えない残酷な暴力の動機が無差別な憎しみであることと、周囲の無関心さ、そしてその矛先がアジア人である自分に向いていること。

治安の良い地域に住んでいるのに、最寄り駅の隣の駅で犯行があった。見たくないし、聞きたくないけど、アジア人が集まればその話題はやはり避けられない。極力用事がある時はタクシーを使って、電車はなるべく旦那と一緒に乗る。街歩きや電車の時イヤフォンはせず、出来る時はサングラスとマスクで顔を隠す。(要はひと目でアジア人と分からなければよい。) 

今までのアジア人ヘイトクライムの犯人たちも、皮肉なことに多様性にとんでいて、白人黒人ラテン系男女、中には妻子連れもいたから、アジア人以外の全人種が通り過ぎる時、いちいち襲われるシュミレーションをして、体が緊張する。だからってアジア人が沢山いれば安心するかと言われればそうでもなくて、逆に固まればターゲットにされる気がする。要するに、どうしようと(友人の白人の群れにでも囲まれ/守られでもしない限り)、あまり外で心は休まらない。

せっかくワクチン打ったのに、これから旅行が解禁になっても、アジア人は、旅行先のヘイトクライムを調べないといけない等、なんだかひとえに喜べないところがあると思う。

電車で、目的なく奇声をあげるキチガイは、ニューヨークでは珍しくない。(冷静に考えたらウケるけど、そんなものよね。) 今まではただの風景/BGMだったのに、最近は近づいてくれば心臓が高鳴り、軽いパニックになる。

すぐ車両を変えるけど、この間は着いてきて(、または彼の異動方向にたまたま私も移動していて)、はじに座っていた私の方向に近寄って来た。何かされる前に(彼が具体的に何かする気があったのかは分からないけど)、たまたま車掌が出てきて注意して彼を降ろしてくれたけど、降りた途端、こんなことでこんなに追い込まれてる自分にショックで涙が止まらなかった。

何も考えずに自由に今まで外を歩けてたのに。

なんで私達アジア人だけが、こんな思いしなきゃいけないんだろう。

電車に乗って周りを見渡すたびに、アジア人以外の全員に、あなた達にはわからないでしょうね、私達はこんなに苦しんでるのに。って思いがふつふつ湧いてやるせなくなる。

このモヤモヤは、暴行する人がいるということよりも、誰も他に守ってくれる人がいない事に起因していると思う。以前、通勤中倒れた人に対して、周囲の人が団結して、即座にスペースを作って、水やバナナを差し出したり、処置を手早く始める連携プレーをするのを見たことがある。あぁニューヨーカーのこういう所いいなぁと思った。

でも、ヘイトクライムのビデオでは、暴行シーンに飛び込んでいく馬鹿はいないにしたって、おい辞めろよと叫ぶ声とか、助けを呼ぶ人たちとか、それが動画では圧倒的に欠けている気がする。

私はニューヨークに来る前は、自覚のない、かなりのレイシストだった。ほぼアジア人で構成されている日本にいたから、と言えば簡単だけど、マジョリティの中であぐらをかいていたというのが正しいと思う。友人が難民支援をしていても、日本で外国人が差別されているニュースを見ても、3秒後には忘れてた。仮に当時それを誰かに指摘されても、日本人だし(何の言い訳にもならないが)と開き直っていたんじゃないかとすら思う。

ニューヨークに来て色んな人種と文化に出会ったし(例えば初めて厳格なユダヤ教徒を見た時は、ストリートパフォーマーの衣装だと思ってた)、絶対に言ってはいけない黒人への侮辱の単語(いわゆるNワード)があること、その言葉を仮に私が公の場で口にしたら人生が一瞬で崩壊しうることを肌で学んだし、この国では人種、ジェンダー等での差別やハラスメントは小さな頃から学校で会社で、絶対悪と叩き込まれる。そして、BLMで頻用されていた、<黙っているのは加担しているのと同じ(silence is complicity) >、のスピリットや法律も。
セクハラパワハラはどこにでもあるし黙って耐えるのが普通よね、という日本の現状の異常さにも、外に出て本当に初めて目から鱗が落ちた。日本は弱者だけが意図的に組織的に迫害される。
だから、日本に居た時私は被害者だったし、加害者だった。

移住して5年以上経ち、広告やドラマで人種の分布を無意識にチェックするようになったし、BLMのニュースを調べて、私なりに被害者のサポートや人権支援に賛同した。

なのに、というのはお門違いなのかもしれないけど、私が動画で見る容赦のないアジア人への攻撃は私が知ってるニューヨークとは全然違う。信じてたのに。悲しいし、悔しい。

逆に、5年前の私ならこんなに傷つかなかったかもしれない。そんなものだよね。私アジア人だもんね、そりゃ差別するよね、私ならするもん、と。そんな当時のセルフエスティームを思うだけでも、また少し涙が出る。

でも最近気がついた。この国はずっとこうやってやってきたんだ。

ネイティブアメリカンを迫害し、黒人奴隷制度を導入して。

その度に、マイノリティは怒り震え怯え、命懸けで抵抗して。

時間が経って、マジョリティの白人達は少しだけ反省して、撤廃したり法律を変えて。そうやって、間違いと反省を繰り返して、今がある。(その今だって完璧とは思ってないけど。)

だからこのアジアンヘイトも、今、私たちがここ多人種多文化のニューヨークで、理不尽な思いをしながらも、頑張って訴えて、声をあげて、将来の為に、もっと暮らしやすくしていかなきゃいけない。

20年後とかに、あの頃はヘイトクライムが酷くてね、て子供とかに話せる様に。でも私達がんばったんだよ、って。

声を上げていこう。



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