「残光」(東直己著、ハルキ文庫刊)

 人目を避けて山奥でひっそりと暮らす元始末屋が、かつての恋人の息子を救うべく再び行動を開始する、というお話。日本推理作家協会賞受賞の傑作長編ハードボイルドである。著者は「探偵はバーにいる」で知られる東直己。

 冒頭、主人公は時間が無いので手っ取り早くアシを確保するため、チンピラが乗る車にイチャモンを付けて下りてきたところを殴る蹴るの暴行、そしてクルマを強奪。そのクルマの見た目がチャラくてみっともないので、行きがかりに見かけた普通のクルマを盗む、という行為を続けざまに2回。盗難車両のハシゴで足取りをごまかし、とにかく大急ぎで元恋人の息子の救出に向かう。

 と、このあたりは、娘を誘拐した犯人一味に驚異的な迅速さで迫る元工作員の父親を描いた映画「9〇時間」のようなスピード感だが、本書の主人公はワルです。「罪のない善良な市民」に暴力をふるったり金品を強奪したり、容赦が無い。

 さて、本書には警察官僚が登場する。自分たちの派閥の勢力を拡大することと、対立する派閥を抑えることのみが関心のすべてという人々に囲まれ、誰それと誰それが会っていた、誰それがこれこれのことを話していた、などといった話題に徹頭徹尾終始する「オヤジ」たちにうんざりしている。そして、権力の中枢に位置していながら独りでは何もできないことに気付き、絶望している。彼いわく、「ひとりでは、なにもできない。徒党を組まなければ、なにもできない」

 確かに読みごたえがあって面白いと思うが、汚職警官たちの行動が突拍子も無いというか、荒唐無稽というか、あまりに現実離れしている印象を受ける。汚職警官たちの悪行の数々を描くにしても、もう少し現実にありそうな描き方があるのではないか、と思う。後半は自暴自棄になって暴走している様子が顕著であり、犯罪者の描き方としては低レベルと言え、非常に残念。理知的な犯罪者を期待してしまうという私の個人的な好みの問題なのかもしれないが。

 ちなみに、東直己の他作品は読んでいないので、本書で描かれていないエピソードや登場人物の絡みなどについては触れないが、本書の印象からすると他作品も読んでみようという気になるかというと…、という読後感。結局はやはり好みの問題かなぁ。

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