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家族の話⑥【経験の機会を奪わない】

2021年度が始まり、親としての私は、さまざまな葛藤をしつつも
少し新しい価値観をまた得ることが出来ています。

基本は
「子どもの人生は子どものもの、親の道具ではない」
という考え方は変わっていません。

なので大切なのは自主性だと思う気持ちは変わらないのですが。
数年前から、疑問に感じ、実験的に変化させたところがあります。

<子どもから経験の機会を奪わない>

という価値観です。

これは説明しないと分かりづらいことかもしれませんが
「本人に意思確認をすることが自主性の尊重ではない」
という気づきに基づいています。

子どものパターンとしてざっと分けると
3つのパターンに分かれます。

①きちんと本当に自分の意思のある自身で選択できる子
②なんでも手当たり次第「やりたい」という意欲が強い子
③あまり何に対しても「やめておく」と気乗りがしない子

①の子は本当に希ですが
多くは②・③に分かれていると思います。

②は本当にわかりやすく「嫌だ」ということはほとんどないので
ある意味親のサジ加減で経験をコントロールできます。

我が子は③のタイプで、実はこれが一番見極めが難しいと思っています。

なぜなら本当に注意深く感じ取らなければ
①の自分の意思があり選択できる子に見えることもあるからです。

途中までは「本人の自主性が大切」と思い
毎回何かあるたびに「どうしたいか」を聞き
いらないというものに対しては無理強いしないようにしてきました。

でも10歳も目前になった時にふと気づくわけです。

「この子は何も自分からやりたいと言わない」
「この子は提案しても何一つ興味を持つ気配がない」

そして、それに気づいた時に、なるべくちゃんと
提案を受け入れない、興味を持てない理由を深く掘り下げていくようになると
「わからん」「なんとなく」と考えをぼやかすようになりました。
時には知恵が回るため「ん?」と思うような屁理屈を並べるときもありました。

そして、一つの可能性に気づくわけです。

「もしかすると「初体験」に対する恐れ(うまくできないのが嫌)」
の気持ちが気後れをさせているのでは?と。

そしてその結果
息子のいうことをそのまま飲み込んでいることで
<結果的に経験の機会を奪うことになっている>
という事実にハッとしました。

そこに当たりをつけて本人ともう一歩踏み込んで
話をしたところ、我が子に関しては正解だったようで。

そこから「経験の大切さ」を話し合うことを増やしました。

とにかくこれまで息子が
失敗することを想像して後ろを向いて避けてきた経験を
ここからは私主導でいろんな経験の機会を提案して
一緒に逃げずに向き合って取り組むことにしました。

その時に息子とはなしあった内容は
<親が経験を用意できるのは基本小学生(ジャンルによっては中学生)まで>
<親の願望ではなく本人の才能や経験に必要と思うことだけを提案>
<やりたいかやりたくないかは「やってみてから」決める>
ということです。

これを実行する難点が一つあります。

若干、他人から見ると
「本人の意思を無視して、親が必死でさせている」
と見えるのです。

なので、当然、そう思われることも覚悟しました。

厄介なのは、私自身は、自分の生徒や保護者に
「本人の意思を尊重して」とずっと指導してきたということ。

でも、このタイプの子を持ってしまった親の私は
行動的には私の指導方針とは全く「反する」ことをやらねばならない。

めちゃくちゃ悩みましたが、でも我が子の成長には変えられません。
理解されなければそれはそれで良いと割り切りました。

もちろんそれと同時に
「そういう子もいるんだ」という新しい価値観を得ることもでき
親子の問題への理解も深まったメリットもありました。

基本は「臆病」で「怖がり」で「心配性」な息子なので
初めての時はどこに行っても「嫌なのかな?」と思われるような態度をとります。
(親の私はその態度や振る舞いにヒヤヒヤするのですがそこもぐっと我慢!笑)

ですが、私自身はそれでもこの選択をして良かったと
このスタイルに切り替えて2年経った今、心底そう思っています。

ということで、久しぶりのNoteブログは
ここ数年で色々体験させていった息子とのいろんな経験について
記していきたいと思います♪

鈴木あゆこは大阪・東京で音楽を通しての子ども・青少年・表現者の育成を行なっています。詳しくはSTUDIO SELDISまで♪

人生という舞台で輝ける人を育てる 自分の幸せは自分で生み出す こどもたちにその大切さを伝えるため また 未来を作る若者たちのための サードプレイスを作ります。 そのサードプレイス作りに必要な形で 有効活用させていただきます。