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異種格闘技:ベルリン銀熊女優vs女形『文七元結物語』

 錦秋十月大歌舞伎昼の部『文七元結物語』。
 映画監督の山田洋次が演出。脚本は山田洋次と松岡亮。
タイトルに”物語”とわざわざつけて歌舞伎の人気演目と差別化した内容です。なんといっても違いはベルリン映画祭で銀熊賞(女優賞)の寺島しのぶの登場。そのため女優対女形の異種格闘技が成立するように、脚本にも工夫がありました。

 博打と酒で借金まみれの左官屋長兵衛。妻のお兼にも娘のお久にも暴力をふるうDV野郎。継母だが優しく育ててくれたお兼のためを思い、お久は吉原の角海老に自分を売りにいきそのお金で長兵衛の借金を返そうとする。親思いのお久に感心した角海老の女将お駒は長兵衛を店に呼んで話をするが… てなお話。

 長兵衛が中村獅童(超歌舞伎)お兼が寺島しのぶ、娘お久が中村玉太郎、女将お駒が片岡孝太郎(人間国宝仁左衛門息子/人間国宝・故秀太郎甥)という配役。異種格闘技の相手は孝太郎です。父仁左衛門の相手役他の女形として確固とした実績を積み上げ続けていると同時に、若い頃スピルバーグ監督の『太陽の帝国』(1987)に出演した経験もあり、片岡孝太郎は国際的な実績のある俳優という点でも寺島しのぶの相手として不足はありません。

 この異種格闘技のために脚本にも工夫がしてありました。原作となった圓朝の落語では、娘お久がお駒のところへ押しかけていく場面は描かれません。今回はその場面を足して女将お駒の出番を増やしています。また、この場面を追加することで映画の脚本の教科書にあるような三幕構成(Three-act structure)となりました。ざっと紹介すると、主人公の目的を紹介する第一幕はお久の角海老訪問とお久の行方を心配する長兵衛の家の場。長兵衛の借金問題の解消が目的として紹介されます。目的を達成するための困難が描かれる第二幕は長兵衛角海老訪問と角海老から借りた50両を窮地に陥っていた文七のために放棄するところまで。目的を達成できるかにみえて、最悪の事態が起こります。この最悪の事態をプロットポイントと呼び、このお話では長兵衛が50両を放棄する事件です。そして目的が達成されるかどうかを描く第三幕が長兵衛宅での大詰め、となっていました。
 ストーリーが三幕構成となることで、より観客の感情を揺さぶるような流れのお話になりました。また寺島しのぶと孝太郎、それぞれの登場シーンの長さのバランスがとれて女優対女形の異種格闘技としても適切な構成となっていました。
 舞台美術も斬新で、記号的に柵状に角材を組み合わせたスタイリッシュな感じ。角海老が朱色で貧乏長屋が灰色です。ナショナルシアターライブのイギリスの演劇に時々あるような大道具というよりは舞台装置のようです。その舞台上で、メリハリをつけたライティングが効果的。脚本とともに舞台美術をアップデートされていました。

 とはいえ、寺島しのぶにとって歌舞伎は完全アウェイです。演技対決するにしても母親お兼が女将お駒と直接顔を合わせる場面はなし。直接のやりとりがあると、女優一名対歌舞伎になって、バランスが悪かったと思います。
 別々の登場としたことでそれぞれの場ごとに、苦界を知り尽くし剛胆さと思いやりが同居している孝太郎の女将の凄みとカッコよさ、お久がかわいく不憫なばっかりに義理の母となったお兼の純度の高い優しさ愛情深さ、それぞれをじっくり味わうことができました。女優を登場させたことで、一層二人のキャラのコントラストを鮮明に描くことに成功していました。
 なので、私自身は上手に用意された女優対女形対決を楽しんで、寺島しのぶの演技自体にはそこまで違和感はありませんでした。ひとつには、脇役の女形が姿をより女性的に調整して、寺島しのぶが浮かないようにしてたかもしれません。

 ただ歌舞伎評論家渡辺保先生の劇評では、彼女の声が高すぎたとのご意見。それで思い出したんですが、『新作歌舞伎ファイナルファンタジーX』の時は主役ユウナ中村米吉や、特にユウナレスカ役中村志のぶ らの女形の声が本当に女性の声にしか聞こえなくて、何故いつもの劇場での声と違うんだろう?と思ったんです。要はFFX歌舞伎の時はマイクとPAを使ってたので、より繊細な演技が可能になっていたのでした。
 逆に、この演目含め普段の歌舞伎で女形が肉声で劇場全体に届くように発声するといつもの女形の声になる。一方、寺島しのぶは女性の声をつくるという技術不要。単に地声で客席に届くように発声したので、違いが際立ってしまったということだと思われます。
 あと、大詰あたりで同じ内容の台詞の繰り返しが多かった。人情噺なので感動をダメ押ししようという意図はわかるし、実際に隣の席にいらしたおばあさんも涙ぐんでたんですが、そこまで複雑な話ではない。なので、すっきりさせたほうが江戸っ子のお話としては良かったのではないかと思われます。

 いずれにせよ、またロビーで寺島しのぶのお母様藤純子のご尊顔を拝見できました。前の週に国立劇場で『妹背山女庭訓』をみたときから引き続きです。そこは大変お得感アップでしたけれども。