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敬意を払われたければ敬意を払うこと


「この部分のデザインなんですけど、"オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー"のディスプレイみたいな雰囲気にしたくて」と後輩がわからない説明を始めたので「ごめんそれ知らないや、オフィ….なに?」と訊いたら
「名前長いのでビュリーで調べれば出ると思いますよ」と言う。
「ビリー?」
「ビュリーです」
「ベリー?」
「ビュリー」
「デリー?」
「ビュリー…何回聞くんですか」
と怒られてしまった。

フレグランス専門店で、すっごくおしゃれなんですよ。高いですけど。
私の使ってるハンドクリームもビュリーのやつです。と言って絵の具のようなパッケージのハンドクリームを見せてくれる。絵柄がクラシックな感じでかなりオシャレだ。「すごいデザインが可愛くてお気に入りなんです。くそベタベタするんですけどね」と後輩が言った。

調べると店舗が丸の内にあるという。ちょうど今日は昼に東京駅で打ち合わせの予定だったので、その前にチラと寄ることにした。


小雨のなか店舗を訪れる。茶色い焼き菓子のようなタイル、高い天井、部屋中に溢れる香水の匂い、所狭しと並べられた香水と石鹸。まるで王宮の図書館のような出立ちであった。そして王女の給仕のような店員さんが品のある親しみのこもった声で「本日は何かお探しですか」と言ったので、「ネットで調べてきて、初めてきたのでちょっと見させてください」と返した。実際にはディスプレイのデザインを確認しにきたのだけれど、元々新しいもの好きなので個人的にこう言う勝手のわからない空間に放り込まれるのは大好きだ。好奇心を抑えきれずに商品を一つ一つ眺めて回る。

店員さんはそれに付き纏っていちいち説明するのではなくて2、3回に一度くらいやってきて「これはこう言う効能でございます」みたいな説明をしてくれた。誰がどう見ても僕なんかはお上りさんでやってきた素人オブ素人みたいな感じで、何にも分かってないんだから一から説明してあげた方がいい雰囲気なのだけれど、店員さんは僕に対してそう言う態度を取ることなく、「(ご存知かも知れないけれど)これはこうやって楽しむんですよ。成分はこうなんです」と説明してくれた。配慮がすごく行き届いていて、これは王宮だわ、と思った。石鹸が5,000円。香水は25,000円だ。価格もしっかり王宮だった。

それから結局僕は何も買わず(買えず)店を後にした。今思えば買い物しにきたわけではないので。しかし、すごく丁重におもてなしを受けたことで、高い買い物をしても良いかなと言う気持ちになっていたのも事実だ。これだけ丁寧で上品な接客なのだから商品も一級品なのだろうし、この商品には丁寧な接客代金も含まれているのだろう。そう考えると不思議と高くないような気もしてくるから不思議だ。

変な言い方だけれど、僕はあまりここまで丁重に扱われたことがなかったのでいささか面食らってしまったのだ。敬意を受けるとはこう言うことなのかと思った。そして、その接客があまりにも丁寧だったために、翻って自分の接客ってどうなんだろうと思わず振り返ってしまった。「いやぁ村上さんそれはないっすよ。無理っすよ。だって昨日言ったじゃないすか。勘弁してください。無理だからそれ。つっかえしますよこれ。」と畳み掛ける自分の声がリフレインで聞こえてくる。丁寧な接客をした記憶がどこにもない。頭が痛くなった。どう考えても僕の接客は丁寧には程遠いものだった。

別に僕は王宮の人間ではないし、高い香水を丸の内のど真ん中で売る人でもないため、無理することはないのだけれど、しかし一方で思い知らされたのは、敬意を持って接客されると、少なくとも僕は相手に敬意を払いたくなると言うことだ。それどころか、しばらくは他のひとも含めて敬意を払いたい気持ちなっている。自分が大切に扱われたことで、その時の気持ちを他の人に分け与えたくなったのかも知れない。

雨のなか傘をさして会社に戻った。
「すごかったよ。お前のハンドクリームさ、5,600円もしたぜ」と言ったら「これ友達にもらったんですよ」と言って後輩はニッと笑った。



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