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文章教室課題提出作品「嘘」

*長くなるので今回は添削済みのものを早速どうぞ。

 ふたつの嘘

 涼太は、なすび(もうここで猫だと示したい)の後をつけている。こっそりと、慎重に。警戒するようにときどき振り返るなすびに、気付かれないように。
「ぜったいに何かある。おかしいよ。何度あげても、もらってない、もっとちょうだいって餌をねだるんだ」
 何度も母にそう訴えたが、母、真理恵(涼太視点だから、母、だけでもよい)は取り合ってくれなかった。
「餌をあげるくらい大したことじゃないでしょう? 面倒くさがらずにあげなさい」
 小学三年生の涼太にとって、猫に餌をあげることくらい、確かにどうってことのない作業だ。けれどもそれが、一日に五回、六回となると、かなり面倒くさい。
「なすび、太っちゃうよ。太りすぎって身体に悪いんでしょ? お母さん、いつもお父さんに言ってるじゃん、もっと運動して痩せた方がいい、って」
「なすび、太ってないじゃない」
 涼太の飼い猫、なすびはスマートで美しい雄猫だ。ただ、尻尾はいわゆるかぎ型だった。曲がった先がやけに太く、茄子のような形をしている。
(冒頭に移動させたい)

一年前のまだ肌寒い四月の朝だった。母猫が物置きで出産したのを、涼太の父がたまたま発見し、仔猫たちを保護した。三匹のうち二匹はほどなく引き取り手が見つかったが、一匹だけはとうとうもらい手がつかなかった。尻尾が不格好な上に、不吉といわれる黒猫だったためだ。
「尻尾がお茄子のようで可愛いわね」
 真理恵がそう言って微笑んだ。
「ほんとうだ、なすびみたい」
「あ、それいいわね。黒猫なすび」
 こうして涼太が名付け親となり、黒猫は家族の一員になった。
 黒猫なすびはすくすくと育ち、散歩のテリトリーを少しずつ広げていく。
 春がふたたび巡りきて、なすびは立派なおとなの猫になった。そして誕生日が過ぎたこの頃から、やけに餌をねだるようになったと涼太は感じている。(トル)
 餌をねだるとき、なすびは涼太の足元で鳴く。
「にゃあ!」
 もらえないと、涼太の足の間を器用にすり抜けながら、全身でアピールをする。それでももらえないと、大音量で連呼する。
「にゃあ、にゃあ、にゃあああああああ!」
「わかった、わかったから!」
 ――まったくもう、さっきあげたばかりだろう、いったいどんだけ食べるんだよ。
 そんな言葉をぶつくさと呟きながら、家にいると涼太は何度も、餌皿にフードをよそう羽目になる。真理恵に文句を言っても一向に取り合ってもらえない。
「餌係をやるって、涼太が言ったんじゃない。トイレ係は嫌だからって」
 トイレ係は絶対に嫌だ。うんちを処理するのはどうしても無理。猫の食事は一日二食、朝と夜だけあげればいいと言われ、それで餌係を引き受けた。二食のはずなのに何度も餌をねだるのは、やっぱりおかしい。いったいどうしたら母にわかってもらえるだろう? 涼太はほとほと困り、とりあえずなすびを観察する。それである日ふと気が付いた。餌を食べ終わったあと、なすびは必ず出かけることに。
「そこに理由があるに違いない!」
 こっそりと後をつけていく。なすびは丸い尾を軽く振りながら、すたすたと先を行く。やがて慣れた様子で、交通量も人通りも少ない細い道に入った。少しして右に折れた道はさらに細く、周囲の雑草の背は高く伸びている。なすびは雑草の草むらの中へと進み、姿を隠した。慌ててやや離れたところから、涼太も同じように草むらに分け入った。できるだけ足音を立てないように、静かに。身をかがめ、自分の姿が見えないようにと気を遣った。背のある草が風に揺らされさわさわと鳴る音に紛れ、上手に隠れることができた。
風に乗り、猫の吐き戻す音が聞こえてきた。
 ――ゲッ、ゲッ、ゲッ、ジャー……
 そのすぐあとに、ぴちゃぴちゃと舐めるような音も耳に届く。涼太は草の陰から音の先を、覗くようにして見た。草を倒して作ったらしい小さな空間に、なすびともう一匹の小柄な猫がいた。なすびが吐いたと思われる餌を、その猫が食べている。猫は餌を咀嚼しないので、吐いた餌も形が残ったままだ。
「あの猫、怪我をしているんだ……」
 白地の体毛に、黒と薄い黄土色がかかった三毛猫。後ろ右足には黒く固まった血が付いていて、おかしな曲がり方をしている。交通事故にでも遭い、ここまでなんとか逃げ込んだところで動けなくなったのか。そんな三毛猫を優しく見守るなすびを、涼太は草むらの陰からじっと見た。食事を終えた三毛猫の顔を、なすびは愛おしそうに舐めている。そこまで見届けてから、涼太は来たときと同じように静かにそこから出た。そして自宅へと走る。家に着き台所に飛び込むと、食事の支度に取り掛かろうとしていた真理恵に、大声で話しかけた。
「お母さん、お願いがあるんだ」
 真理恵に話しながら、心の中では夢中でなすびに謝った。
 ――なすび、ごめん。お前は嘘つきなんかじゃなかった。繰り返しねだった餌は、友達のぶんだったんだね。
「なすびの友達を、助けてあげたいんだ」
 真理恵は涼太に向き合うと、こくんとひとつ頷いた。
 それからが大変だった。あいては手負いだ。気が立っていていちだんと警戒心も強い。掛かり付けの獣医に相談し、罠を仕掛けることにした。餌で釣り檻に入れる。そのためには三毛猫を空腹にしなくてはならず、餌を運ぶ役目のなすびはしばらく外に出さないようにした。かわいそうだったが作戦は成功し約十日後、病院へ入院させることができた。
 入院中の三毛猫を見舞った帰り道、涼太は真理恵に訊いた。
「ひょっとしてお母さんは、なすびが餌をねだる理由を知っていたの?」
「どうしてそう思うの?」
「なすびの友達猫を助けて、って言ったときに、あんまり驚かなかったから」
 少し不貞腐れて見せる涼太を見て、真理恵はふふふと笑う。
「餌の減り方が早いから、たくさんあげているんだろうって思っていた。けれど、なすびにとって、何か必要なことなんだろうな、とも考えていたの」
 不意に真理恵は立ち止まり、目線を確認するように涼太の顔を覗き込んだ。
「なに? どうしたの?」
 驚いた涼太も歩みを止め、顎を上げて真理恵の顔を見る。
「うん、また少し大きくなった。よく食べてるもんね」
「急になんのこと? よく食べているのはぼくじゃなくて、なすびだよ」
 答えず、真理恵は続けた。
「涼太だってよく食べているでしょう? おばあちゃんのところで食べて、うちでも食べて。無理しているの、知っていたよ」
 涼太は、ぎょっとして目を見開いた。
――気付かれていた!
「このあいだ、おばあちゃんから電話があったの。『家でも夕食用意しているだろうに、ついご飯を食べさせちゃっているの。ごめんね』って。どうりでうちで食事するときに、ちょっと苦しそうにしていたわけだ」
 涼太の頭を、真理恵は何度も何度も、優しく撫でる。
「おばあちゃん一人暮らしだから、涼太、一緒に食べてあげたんでしょう?」(後出しにせず、早めに書いておく)
 うなだれた涼太。真理恵の顔を見ることができない。
「涼太が頑張って二食も食べていたって知ったから、なすびにもきっと事情があるのだろう、って、そう思ったの」
「……黙っていてごめんなさい」
 真理恵は「なんで謝るの?」と、涼太をぎゅっと抱き締めた。
「おばあちゃんの家にたまに寄ってあげて、って言ったのはわたしよ。確かにおやつを食べ過ぎないでね、ご飯食べられなくなるから、とも言ったけれど」
 そう言うと、苦笑いの表情を浮かべた。
「おやつが食事になるとは思わなかったからなあ。これからは食べたら教えてね」
 真理恵は続けて、
「余った夕飯は、お父さんのお弁当にするから大丈夫!」
 と言ってから、今度はいたずらっぽく笑った。涼太もつられて笑顔になる。それから、手をぎゅっとつなぎあった。再び歩き出す。
「なすびも、もう無理して食べなくていいね。これからは二匹並んで食事ができるね」
 嬉しそうに話す涼太に、真理恵は言った。
「そうだ、お友達猫のお皿を買って帰ろうか」
「……うん!」
 涼太の肩を、真理恵がくっと引き寄せる。夕陽を浴びた二人の、長い影が重なり合った。
                                了

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以下は講評です。
「とても美しい話ですね。これ以上ないというくらいきれいにまとまっています。(因みに褒められているのではなく、小さくまとまり過ぎているということだそうです。)
 この物語の主人公は涼太ですね。主人公の心が変化していく過程を書きたいですね。それを書くのが小説です。
 おばあちゃんの家に寄っていたことは最後のほうに明かされますが
後出しになってしまうので伏線として事前に書いておきましょう。」
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エピソードを後出しにしがちだったので、気を付けようと思いました。

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