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【小説】#27.5 怪奇探偵 白澤探偵事務所|夕焼けに消える何かを見届けた話

 風に磯の匂いが混じっている。
 海が近いからか、風が強い。体の芯まで冷えるような木枯らしに身を縮こまらせていると、廃ホテルの中から白澤さんが戻ってきた。日が沈みかかっていて、すでにあたりは薄暗いから表情まではよく見えない。
「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」
「うん。肝試しで交霊実験をやったグループがいたみたいで、半端によくないものが集まっていたみたい」
 ホテルを背に歩き出す。もうそこに用事はないという足取りなあたり、原因を白澤さんがすっかり取り去ってくれたのだろう。
 怪奇探偵という存在のことを少し考える。白澤さんは、怪奇現象を専門にした探偵だ。幻永界――ここと異なる道理を持つ世界に由来する物事でも、いわゆる霊的現象でも、おおよその対処はしてしまえる。白澤さん自身も、人の形はしているけれど人間ではない。本当は小高い山くらいの大きさの山羊のような、氈鹿のような姿を持っている。
 冷たくなった風に吹かれながら歩く。近くに車を停めてあるのだ。
「あんなに居るの、久しぶりに見ました」
 俺は目を瞑るとその場にある異質なものを視ることができる。先ほどの廃ホテルを思い出すと、まだ瞼の裏がちかちかする気がした。様々な現場の光を見てきたが、あれは異常な量だった。
「冬になると小さなものたちが集まる性質がある。集団で寒さを越えるみたいなものだよ」
 所謂、越冬というものだろうか。一部の虫や動物が冬を越すために集団で過ごすことがあるらしいが、よくないものもそういうことをするのかと思うと不思議だ。
 海沿いの道路に止めた車の側まで戻ると、ふと白澤さんが足を止めた。何かと思って俺も足を止め、白澤さんの視線の先を追う。そこには何もなく、ただ夕焼け空があるだけだ。
「野田くん、空を見てごらん」
 日が落ち、空は橙から紺に変わる寸前の淡い色でいっぱいになっている。空に何があるのかと疑問に思っていると、白澤さんから目を瞑ってと付け加えられた。どうやら、肉眼では見えないものらしい。
 目を瞑る。瞼の裏で視界が切り替わる感覚があって、すぐに目が眩んだ。空に、大きく光の帯が伸びている。
「夕日を伝って幻永界に帰る群れだよ。この時期に多いものなんだけど、最近では珍 しいものになった」
 白澤さんの声音は、どこか過去を懐かしんでいるように感じられた。光の帯はどこまでも伸びていくように視えたが、突然掻き消えてしまった。
「最近では珍しいんですか?」
「色々、変わっていくものだからね」
 色々というのは一体何だろう。俺には想像できなかった。ただ、白澤さんがそれを懐かしく感じていることだけはわかった。
 白澤さんの言う通り、色々なものが変わっている。この世のものならざるものも、日々変化していく。それは良いことなのか悪いことなのかわからないけれど、そうやって変わっていった結果が今なのだとしたら、これはこれで良かったと言えるのかもしれない。
 今はもう何も視えなくなった空を見上げている。空の低いところで、金星が眩く光る。夜空に見えるのは星ばかりだ。
 そのまま、白澤さんが戻ろうと声をかけてくれるまでぼんやりと空を見上げていた。


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お手元でお楽しみいただければ幸いです。
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