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猫時計

どこの家の猫も早起きだろうか。
愛猫Joeはといえば、つい最近まではいつ起きているのか、餌を求めて泣き続けるなどという事もなく、私の気を留めることもなく、いつとはなしに起きていると思っていた。
そのことと、私の気の置き所が、おおよそ、多くの人と違うところにあることとが、大いに関係のある話になるとは、今になってみるまで気がつきもしないでいた。

朝方は横向き寝になっていることが多い私の、決して狭くはない私の側面に、Joeは決まって香箱座りをする。
グルグルと喉を鳴らしながら。
それを邪魔だと感じる事がない私は、乗られたままでも熟睡できてしまう。
乗られた瞬間は「ああ、来たな」と意識するけれど、すっとまた夢の中へ旅立っていく。
そんな毎日に、すっかり馴染んでいた。

時々は、布団からはみ出した脚に噛みつく。
しまったことで、すっかり噛み癖がついてしまったのは、痛恨の極み。
そんな、なんでもないただの、愛猫家のひとときを過ごしている、と思っていた。

目覚ましをかける平日は、そんなやりとりの後時計が鳴り、一分一秒を争うような朝が始まる。
目覚ましをかけない休日には、いつのまにか降りて私の側で丸まっているJoeと二度寝、三度寝を楽しむ。
Joeが私の側面に座るようになってから、どれくらいになるかはっきり覚えていないけれど、それがもう当たり前になるくらいの月日は過ぎたと言える。

つい2、3日前のこと。
Joeは私を起こしているんじゃないか?
休日の朝、なんとなくそんな気がした。
目覚ましが鳴る前のことだから、仕事の日か休日かは、その時点ではJoeには区別がつかないだろう。
そう思ってよくよく観察してみたら、やっぱりいつもの起床時間より30分程度前からJoeは私の上に乗るようだ。
そして、それで私が起きなくても、「今日は休みかい?」てな感じでぺたりと寄り添ってウトウト始める。
ああ、全く気がつかなかった。

今朝、香箱座りのJoeの背を横向きのまま撫でてみた。
グルグルと大きく鳴った。
「Joe、もしかして起こしてくれてたん?」
ベッドの隅に移動したJoeに話しかけると、珍しく朝から膝の上にもたれるようにくっついてきた。
やっぱり、まさか、本当なのか?
あやふやな推測のまま、朝の支度を進める私に、最近は求めて来なくなっていた抱っこをせがんできた。
やっぱりそうなのか?やっと気がついたから今日は機嫌がいいの?

猫っていうのは、こちらが思う以上に、こちらの暮らしを理解しているのかもしれない。
最近めっきり、お見送りをしなくなったなと淋しく思っていたけど、その健気さに気が付かなかった自分の鈍感さを気まずく思った。

2024年の春分の朝。
今日は目覚ましをかけていない。
昨夜は9時過ぎに強烈に眠くなり、適当にベッドに潜り込んで眠ってしまった。
目が覚めたのは深夜2時過ぎ。
それから寝支度をして、再び寝ようとしたが、目が冴えてしまった。
しばらく気になる事を検索したりして眠気を誘ってみたが、一向に眠くならない。
諦めてただ横になっていることにする。
どれくらいたった頃か、寝返りを打ちたくなって動いた拍子に、Joeが起きてしまったらしくベッドから降りる音がした。
傍にあった爪研ぎをバリバリして、ミシッと音をたてた。
私を見下ろせるお気に入りの場所へ登ったらしい。
案の定パシパシと、部屋の電灯から垂れている紐をチョイチョイし始めた。
最近はそれが激しくて、音が大きいだけでなく、電灯を点けたり消したりしてしまうようになっていた。

先日、Joeが私を起こしているのではないかと思った訳はそこにあった。
朝起きようとすると電灯がついていた。
最初は寝る時に消し忘れたせいかと思った。
次の時にはJoeが遊んでつけてしまったのだと思った。
それからついに、もしかして、故意につけている?と思うに至った。

春分の朝、Joeは電灯の紐をチョイチョイしていた。
紐はそのうち、ちぎれてしまうだろうと思う。
そして点いた。
Joeはチョイチョイをやめて、音を立てて床へ降りた。
そしてベッドへ登ると、私の足先辺りでフミフミし始めた。
グルグルは振動になって伝わってきた。
今朝は私の側面に乗らなかった。
足元に丸まる気配を感じた。

そっと目覚ましを手に取り時間を見てみる。
6時少し前。
もうすぐいつもの時間。

ああ、なんて事だ。
Joeはやっぱり私を起こしていた。
電灯まで点けて。
寝る前に消し、起きて点ける。
猫の目を通して見た私の暮らしを、再現する。
時計も見ず、猫時間で。

そして今朝、Joeは起きなかった。
何と言ってもやっぱり猫なんだ。 
気まぐれな猫なんだ。
そう自分を慰めた。

そして夜。
Joeはチョイチョイをはじめた。
電灯が消えると床へ降りた。
そして何故かいつもは行かない部屋の隅で佇んでいた。
寝たいの?
試しにベッドへ移ってみる。
ヒョイとやってきて、フミフミが始まった。
もう止めろと言わんばかりにiPadに乗ってくる。
手も噛み出した。
もう寝よう。
そうしよう。
おやすみ。Joe。

そして朝。
チョイチョイ点灯式が始まり、電灯を点けて部屋を出ていった。
5時30分。
戻って来たところで目があうと、グルグル言いながら駆け込んできた。
おはよう。Joe。

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