見出し画像

1980年代後半、ソヴィエト崩壊寸前の人民の心境をヴァイオリンで表現すると・・・

はじまりの曲は、ゆったりのんびりしたドローンと弦楽の響きのミニマルふうな反復の上でサキソフォンがエレジーを歌い、いつ果てるともしれない響きが続く。次の曲は、アボリジニの天然空洞木ふうな響きを混ぜつつバリトンサックスが内向的なつぶやきをくりかえし、他方、神経質で狂気じみたヴァイオリンが奇妙な応答をする。さらにその次の曲は、ヴァイオリンがピチカートでとらわれたネズミのように焦燥したフレーズを奏でる上、アルトサキソフォンが発狂を演じる。・・・


ヴァイオリニストであり実験音楽の実践者、Valentina Goncharovaさんの作品です。彼女はソヴィエト連邦時代のウクライナのキエフ出身、16歳からレニングラード(現サンクト・ペテルブルグ)で、ヴァイオリンを学び、さらには1950年代由来の西ヨーロッパそのほかの現代音楽、たとえばKrzysztof Penderecki、Pierre Boulez、Karlheinz Stockhausen、 Iannis Xenakis、はたまた John Cage、前衛ロックのTangerine Dream、CAN、Klaus Schulzeなどの影響を受けて音楽活動をはじめた人です。いま彼女はエストニアのタリン在住。


いまにしておもえば1985年からはじまったペレストロイカは、ソヴィエト連邦崩壊のプロローグであり、同時にロシアの二十世紀末におけるしっちゃかめっちゃかなどんちゃん騒ぎのはじまりでもあった。かれらにとってペレストロイカは、言論の自由が許され収容所に送られる恐怖はなくなったものの、しかし他方で経済効果ははかばかしく上がらず、未来への希望を感じられない沈鬱をもたらした。そんな気が滅入るモスクワの街に、ロックンロールが、パンクが、ヒップホップが流れはじめ、若者たちはスケボーに熱中し、人民はマクドナルド一号店に行列をつくった(行列には慣れっこだった)。すでに1980年代後半ロシアは経済的にも文化的にもきわめて混乱していた。しかし、まさか国家が消滅するとまでは誰もおもわなかった。


おそらくいまのロシア人たちの心境もまた、こんなふうではないかしらん。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?