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スキンヘッドの善い男。姓は大坂、名は寿一。その天職は鮨職人。

いやぁ、たいした、たまげだ! 日本橋・浜町にこんなにも隠れ切った鮨名店が存在していたなんて! 寿司処 海さんのことですよ。これだけもてなし良くセンス良く洗練された鮨コースが1人一万一千円ッ!!! あまりにおいしいのでつい追加で何品も頼んじゃうのだけれど、それだって額は知れたもの。


鮨職人の大坂さんは食いしん坊で気が軽く、たとえばぼくの贔屓の西葛西のインド料理屋 Taaj Palaceの土曜ランチブッフェへYAMAHAのスクーターに乗って現れる。ぼくらはかぐわしい料理を食べながら、おたがいの好きな店、飲食業界の話題などの話で盛り上がる。食事が終われば、大坂さんはスクーターに乗って風のように去ってゆく。いったい大坂さんはどんな鮨を握っておられるかしらん。


日本橋浜町の古びた小さなビル。一階はイタリアンバルのアレグリア。その脇の段差の大きい急勾配の階段を昇ると、入口の脇には自転車が置かれている。カウンター6席に、2人用2卓×2席。大将の大坂寿一さん(52歳)がおひとりでまわしておられます。しかも夜営業のみ。内装におしゃれっぽさもなければ、ドラマティックなライティングの演出もなし。ミシュラン攻略の意志もまるでなし。メディアに出たがる気配もさらさらない。ただひたすら味で勝負の心意気。おまかせコース1万1千円。店を支える常連さんたちが分厚くついていることが察せられます。まさにインディペンデントな鮨屋です。


この日ぼくはいつもの女友達とふたりでこの店へやって来た。ぼくらは軽く雑談を交わし、白ワインで乾杯などして。


まず、小皿で提供されたのがホタルイカの酢味噌和え、上品な酢味噌が風雅を感じさせてくれます。


続いて小皿で長芋のワサビ漬け。歯ざわりとワサビ醤油の味わいがいい感じ。



さて、これが凄い。美しいガラス皿に色とりどりの刺身が飾られています。とろけるような本マグロ、上品な味わいの本マス、ほのかな甘みあるホウボウ、歯ざわりも軽快なフレッシュなトリ貝、絶品の〆サバ、食べてコリコリ楽しいカズノコ、彩りとしてのワカメ。新鮮な刺身は色とりどり美しく、味と食感の振り分けも楽しい。さまざまにおいしいんだ。いやぁ、うまい! 生きてて良かった! 


ポーション小さめのマグロの頬肉のロースト。ローストといっても、上から火を当てるグラデーション的な火入れです。火を入れるとマグロってほとんど肉ですね。鉄分たっぷり、ジューシーでおいしい。こういう一品を挟んでくるところが、大坂さんの芸達者。ときにサラマンダー(上からのみ火を当て魚などを熱する加熱器具)をも使ってみせる鮨職人!くゥーーーー、なんておれ好みなの!?? 


え? 売れ残ったネタ? 
家へ持って帰って、
クラムチャウダースープ作って、
奥さんと一緒に食べてます。


さて、握りへと進んでゆきましょう! 握りのサイズは小さいけれど、しかし、それはさまざまなネタの違った味を楽しんでくださいなという大坂さんのもてなしの心意気。うれしいじゃありませんか、このスキンヘッドの海坊主、コノコノッ♡


ぼくらは大坂さんに導かれながら、次つぎと食べてゆく。ホウボウの握り、ヒラメの握り、アジの握り。たのしいなぁ、おだやかで清楚な味わいでありながら、魚ごとの味の個性がたのしい。


サバの細巻き(シソとゴマの風味! ガリがいいアクセントになっています)、コリコリした赤貝、むっちりしたクルマエビ(赤いその身は煮切り醤油でてらてら輝いています)。ここであったかい茶わん蒸しが登場!(幸福感を漂わせるうまみたっぷり卵色のフランのなかに、シイタケ片、トリとコンブのうまみが染みわたり、ユズの清楚な香りが心地よい。)続く中トロは昏く赤いその身を煮切り醤油でてらてらてら輝かせ、まったりおいしい。北方領土の、とっろとろの雲丹の軍艦巻き。うまいんだ、これがまた。ホタテも頼んじゃお、でかいんだこれがまた。


貝殻からでっかい貝柱を削いで刺身にします。


ホタテは肉厚で、ホタテのほのかな甘みが上品で。


その後キモとヒモは酒と醤油を加え、
軽く炙って小品に。



続いてアナゴの握りがまた酒飲みの舌を甘やかす。澄み渡って気品あるホウボウの粗汁(お澄まし)堂々たる一流割烹の味わいです、おれの好きなヤマゴボウ巻きも頼んじゃお。梅シソ巻きも♡


大坂さんの明るくたのしいトークを楽しみながら、結局ぼくらは白ワイン2本も開けちゃって、一流の鮨のよろこびにひたりまくった。なるほどね、日本橋浜町・寿司処 海さんは、ビルの2階、家賃も低め、大将ひとりのオペレーション。出費は徹底して抑える。そのかわり営業日は毎朝スクーターで、豊洲へ仕入れに行く。スキンヘッドの大坂さんはいつもにこにこ楽しそうだけれど、しかし、長年培った魚介を選ぶ目は鋭い。ほんとうに凄い人は、実は見た目はちっとも凄そうに見えない。むしろ心が軽く、まるで人生がハイキングのようにいつも楽しそうだ。おのずとそんなかれに人は引き寄せられる。



そんな大坂さんは昼間はパチンコやったり演芸場へ足を運んで笑い、土日はインド料理そのほかの食べ歩き。そして大好きな三宅裕司さんのラジオ放送を聴いて、いたって気ままに暮らしてらっしゃる。


なお、この日ぼくの女友達は体調がやや弱っていたものの、ところが大坂さんのお鮨を食べ始めるにしたがって満面の笑顔になって、次から次へ鮨を口にして、宴もたけなわになる頃にはすっかり元気になっていたのだった。会計を済ませお店を出ると、墨田川沿いの夜桜のはなびらが川風に吹かれていた。




以下余談。ぼくを愉快にさせるエピソードは、google のこちらのお店のレヴューがまず3人の外国人の感動の声からはじまることだ。(なお以下原文はすべて英語でぼくが翻訳した。)Paul Allenさんは感謝の言葉を述べる、「シェフはぼくを温かく迎えてくれた、ぼく自身はざわついた夕食になるだろうな、とあきらめていたにもかかわらず。陽気な雰囲気のなかで、常連客たちは気さくに会話を交わしながら、ぼくにお気に入りのメニューを惜しげもなく披露してくれる。そのおかげでぼくはさまざまな料理を堪能することができた。寿司の質は格別だ、ウニが個人的なハイライトだ。」


続くDaniel Vasquezさんは歓喜の気持ちを隠さない。「この店はゼッタイ楽しい。開店してすぐに現れたわたしを出迎えてくれたのは、最高に親切な人だった。予約はしていなかったのだが、シェフに"どうぞ、座ってください"と言われ、シェフはわたしの好みを訊きはじめた。言語の壁はあったけれど、シェフが通訳を使うおかげで、われわれは言語の壁を乗り越えることができた。(訳註:通訳とはポケトークのこと。自分と相手が話す言語を70言語に翻訳し、音声と字幕でリアルタイムに伝えてくれる名刺大のソフト)しばらくして、一団が部屋を埋めはじめた。そのうちの何人かは英語を知っていて、コミュニケーションを助けてくれた。」大坂さんはまったく英語ができないのに、その愛嬌とポケトークと、そしてすばらしい鮨職人のウデで、外国人客をも魅了してしまう。結局ね、いちばん大事なものは言語能力なんかじゃないのよ、むしろ愛と愛嬌、そしてたとえばサイコーの鮨が放つ魅惑の力なのよ。大坂寿一さん、サイコーっしょ?


おれ、あわててポケトーク、
買っちゃいましたよ。




寿司処 海

070-6982-4815

17:00 - 22:00
東京都中央区日本橋浜町2-36-3 2F
(一階はイタリアンバルのアレグリア。
脇の階段で2階へ上ります。)


カウンター6席に、2人用2卓×2席。定休日:土曜日と日曜日、祝日


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