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Philosykos / DIPTYQUE

 これは「Orpheon / DIPTYQUE」の続きだから香水そのものの話より私の暗い話だよ。
 "3"まですっ飛ばしてOKよ。
 ちなみに今は元気だよ。



 前回ディプティックでオルフェオンを購入した際、フィロシコスの香りのボディ&ハンドローションサンプルをもらっていた。これがとてもうっとり落ち着く香りで、しばらくはベッドに入る前に手に塗り、心を安らげて眠っていた。感情が爆発した後のからっぽな状態でも、せめてもの自分への癒やしとして…。藁にもすがる思いだった。暗く深く冷たい落とし穴に落下して、どんなに声を上げて叫んでも誰も気づかない、穴にも気づかない、私がいなくなった事にも気づかない、誰も私を助けてくれないという気持ちだった。せめて穴の中で自分を自分で抱きしめるしかなかった。

 オルフェオンを買った後もうつ状態は続いていた。少しの不安は和らげる事ができたが、「感情のツマミがゆるゆるに壊れ、ちょっとの刺激でツマミが弾き飛ばされるとMAXのところでピタッと止まって落ちてこなくなる」ため自分でコントロールできなくなるため何も届かなくなってしまう。それほど極端なところに来てしまっていたので、「もう何もかもどうでもいいや」と思っていた。こだわりも苦しみも主張もお金も物も生も。捨てていい。

 ただここでジレンマが発生する。生への執着がなくなって死を目指すと、それがとてもエネルギーのいる行為だと気付くのである。まず死を選択するのはすんなり行く。しかしそれを実行するには、まず方法を選び、計画を立て、日時を決め、そして決行しないといけない。「何もかもどうでもいいや」の状態とはエネルギー切れの事なので、これがとてつもなく難しいのだ。衝動的にふっと、なんてうまくいく確率はとても低い。
 夜、ベランダにビン・缶をまとめておこうと出ると、そのまま同じ流れで「じゃ飛び降りるか」という気になったりするのだが、いやこんな低層から落ちても骨折するだけで死にゃしないのだ。分かっているからぼーっと佇んで気が済んだら部屋に戻る。サスペンスドラマみたいに打ち所が悪かったなんてラッキーはそうそうない。それどころか障害が残るとか、見苦しさを近所中に知らしめてしまう可能性のほうが高い。そうなるとより生きづらくなるし再挑戦も厳しくなる。確実に成功するにはいろいろ調べて準備しないといけないのだ。
 必然的に時間がかかるので、だんだんエネルギーが回復してきて「どうでもいいや」状態から抜けてしまう。外から見ればこれは「治ってよかったね」と言えるだろうが本人にとっては「また地獄の苦しみがいつ来るか震えないといけなくなった」とがっかりする事なのである。


 結局うつ状態から抜け出せず悪化していったので、また爆発があった翌日逃げるために出かけていった。今度こそヤケクソで開き直って散財しに行った。空虚な心の隙間を、目に見える物質で埋めようとしているのだ。吐き気と胃痛で内臓めちゃくちゃなのに、あれを食べようこれを買っていこうと食欲も無茶をしていた。やはり感情のツマミと欲望のツマミは連動しているらしかった。

 フィロシコスにもソリッドタイプがあったことを知ったので、早速買いに来たのである。また横浜ニュウマンだ。
 ついでにすべてのソリッドを並べてもらい、順に香りを試す。やはりソリッドタイプだとあまりわからないな、まあローションと同じ香りだから問題はないだろうと肌に乗せることもせずさっさと会計した。欲望のツマミが「早く感情の変動と同じぐらいの動きをしないとバランスがとれないだろ!」と急かしている。

 あまりに心が荒んでいるので店員が笑顔で丁寧に接してくれるだけで涙が出てきそうになるのだが、財布からクレジットカードを取り出そうとした瞬間、「この間も買ったのにまたこんな…」とカードがすごい目つきでチクチク言ってきたので冷静になる。

 このように両極端な意見が対立するのが、私の子供の頃からの脳内である。天使と悪魔が肩に乗ってるとかいう可愛らしいものとは程遠く、片方は小さな子供のように泣きじゃくってねだり、片方は厳しく冷たい否定的な意見をズバッと言ってくる。その板挟みになった私はどちらを尊重すべきかわからずただ居づらくなる。
 インナーチャイルドと母の影なのはとうに分かっているが、インナーチャイルドを尊重しようにも母の影が言う現実的な意見ももっともなので簡単にはいかない。現実を優先しインナーチャイルドにまた我慢を強いると、この子はまた無言で歯を食いしばり、震えながら向こうで膝を抱えて泣いている。どうすればいいのかまったくわからない。


 話を戻すと、一瞬迷いが生じたが「何もかもどうでもいいや」状態を引きずっていたため、店員に笑顔で見送られニュウマンを出た。
 このときばかりは感情の暴走に引きずられた欲望がはっちゃけていた。この後ルミネもうろつき、甘い香りに誘われてレイヤードフレグランスでノンアルコールフレグランスも1本買ってしまった。これはさすがに何やってるんだと自分でも思った。しかしどうにも現実味がなかった…。

 そんな成り行きだったので、オルフェオンと比べてフィロシコスに運命的な出会いやエピソードはなくただ見苦しいだけなのである。申し訳ない。
 が、この香りが素晴らしいことは真実なのでそこはきちんと紹介させていただく(これ最初に書くべきだったね)。


 香り初心者の私はこれをパウダリーな香りだと思ったのだが、おそらくウッディな香りとコクのある甘さが混ざってそう感じたんだと思われる。たぶんココナッツじゃないか。
 いちじくの生っぽい青々しさ、ミルキーな甘み、フレッシュさを際立たせるピンと弦を弾くような感覚がすこし。植物の苦味もちょっとあってよりリアルに感じる。

 フィグの香りは、以前ローラ・メルシエのハンドクリームを頂いたことがあり、その時以来になる。
 メルシエもよかったがいかんせん私には香りが強すぎた…。ハンドクリームとしての効用を求めるなら他にいいものがあるし、香りを楽しむならとてもじゃないが両手に塗るなんてできないし…となかなか使えないでいたら酸化させてダメにしてしまったというオチ。
 メルシエのフィグの香りは甘さより酸味がキリッとしていた。そのイメージがあったから、ミルキーさの強いディプティックのフィグにパウダリーなどと思ったのかもしれない。

 いちじくの果実というよりも樹木っぽさを感じる。水分をたっぷり含んで、陽にもたっぷり当たって、暖かい気候の中キラキラと葉が揺れ動く。しっとりとした香りは秋冬に向いているが不思議とヴィジョンが浮かぶのはそれよりも前のポカポカした陽気である。
 植物の強い主張、青い葉や茎の匂い、誘われて近づくと大きな実が並んでいて、芳醇かつ爽やかに香りを放っている。思わずもぎ取ると、茎からあふれた白い汁が手に付きベタベタする。ツンと少し苦味のある青臭さ…。
 だんだんと青臭さと苦味が残っていくため、香りから得るヴィジョンはいつも肝心の果実にかぶりつく前で終わる。ミルキーさはあるので手がずっと汁でベタベタしていて、なんというか、そういう夢みたいだ。夢の中で、美味しいものを手に入れると「後で食べよう」とウキウキしまい込んで、そのまま次の展開に進みすっかり忘れ去られ、目が覚めた時に「まだ食べてなかったのに!」とがっかりする。

 
 フィグの香りは他のフルーティな香りと違って甘すぎず、ミルキーさで安心感を与えてくれ、落ち着いた大人の女性のイメージに合う。清純さを併せ持ち優雅さを出したいならこれだ。

 ソリッドは香りの強さも拡散性も強くなく、それほど長持ちもしない。その儚さが「夢」っぽい。
 ただ香り立ちが平面というかそっけない印象だと思う。ソリッドの見た目通りの石鹸のような香りが強い。もっとフィグの香り、フレッシュな雰囲気を楽しみたいならEDPを勧める。

 購入時に同じフィロシコスのEDPサンプルをいただいているので少し比較すると、立体感がまったく違う。圧倒的にこちらの方が香りを楽しめる。当然か。
 EDPでも香りはやさしく繊細で、沸き立つヴィジョンの世界はそよそよと風が通っていくので「隙間」が心地よい。香りの主張が強くないのだ。

 ボディ&ハンドローションはこれらの中間ぐらいだろうか。粉っぽいミルキーな上品さがしっくりきて良い。寝る前のケアに使うととても心安らぐ。プレゼントにも向く。


 どのタイプでも寝香水にぴったり。最初にも書いたが、このうっとりする香りを寝る前につけると、とっても心が安らぎ良い気持ちで眠ることができる。まさに夢の中に誘ってくれる香りである。きっとそこでも私はいちじくを食べ損ねる…。





香りのノート

(公式サイトによる)
原材料

イチジクの葉、 イチジクの樹液、 イチジクの樹木
香りのアクシデント
ブラックペッパー


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