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実践!統合失調症からの心のリハビリ。周囲を騙せばいつのまにか自分も自分に騙されている(いい意味で)

*これは実話に基づいた小説です。心のリハビリのコミュニケーションの例です。
  

 〇

統合失調症を患っていた俺は大学を出た後、しばらくは無職で精神科デイケアに通っていた。そして、知人の紹介で農業の手伝いに行った。そのときの話。
 
農家の主人は軽トラで移動中、俺に訊いた。
「大学出てるんだって?」
「はい」
「で、今何歳?」
「二十八です」
「大学出てから何してたの?」
ここで真実を語れば、俺は無職で統合失調症を患った精神障害者で、大学卒業後は精神科デイケアに通っていました、というところだが、どうかわす?
「まあ、フリーターというか」
「フリーター?なんでまた?」
俺は困った。なんでフリーターかって?どうする?なにか、一般受けしそうな躱し方はないか?そうだ、あれだ。
「自分探しというか・・・」
これは嘘だ。いや本当か?デイケアに通っていたのは自分探しだ。
「自分探しか。いいねえ、若いってのは。で、なんのバイトをしてたの?」
と農家の主人は訊いて来た。うわー、どうしよう。バイトなんてしてなかったよ。あ、そうだ、大学生の頃、二回、日雇いで展示場の片付けというのをやったことがあったな。あ、それから、デイケアに通っていたとき、無謀にもマクドナルドでバイトして一週間持たなかったよな、よし。
「肉体労働とか、飲食店の店員とかいろいろですね」
「ほー、なんか将来の夢とかあるの?」
こう来たら、もう答えることは決まっていた。
「小説家を目指しています」
「ほう、いいね。でも、もう二十八か、そろそろ、きちんと就職しないといけないとか思わない?」
「三十になったら考えようと思っています」
「そうだな、焦ることはないよな。小説家か、俺も応援するよ」
「ありがとうございます」
小説家は、なれたらいいなー、くらいに思っていて、実際に書いていたから嘘ではない。
こんなふうにして俺は農家のおっさんを騙した。統合失調症であり、精神障害者であることは隠した。いや、騙したのか?俺は嘘は言ってないぞ。
 
こんなふうに二十八から俺はちょいちょいパートの職を転々とした。その中で一度公務員をやったことがある。二か月の臨時職員だ。そのときの面接。
 
「僕の親族は、父は教師で、伯父は市役所、祖父も警察官の公務員一家で、昔から公務員に憧れていました」
これは真っ赤な嘘だ。俺は父たちの生き方を見て公務員だけにはならないぞ、と決めていた。公務員は公務員同士価値観が似ているので、公務員と言えばみんな同じタイプの人間であると思うものだと俺は知っていて、俺が公務員の息子だと言えば心象はいいぞと思ったから、こんな嘘をついた。実際心象は良かったようだ。即採用だった。俺は二か月間、デスクワークに励んだ。
しかし、この面接での嘘は辛かった。本当に嘘だからだ。公務員一家であることは間違いないのだが、公務員に憧れたことはなかった。いや、本当か?安定した職業の公務員に憧れたことはなかったか?
あった。
俺は過去に国家公務員試験の過去問を買って、やったことがある。二十五歳くらいのことだ。そうだ、あのときは本当に目指していたわけじゃなかったが、俺は公務員に少し憧れていたのは事実だ。嘘じゃなかった。
 
俺は嘘つきは嫌いだ。
公務員のあとは、造園会社に三か月間の若年者トライアル雇用で就職した。いや、正確には一か月だ。なぜなら、面接のときにこんな会話をしたからだ。
「僕は以前、造園の仕事を手伝っていました」
これは事実だ。造園会社の社長は言う。
「造園が好きなんですか」
「はい」
これも本当だ。
「じゃあ、採用だ。あれ?でも、なんでパートの仕事をこんなに変えて来たのかな?なんか夢でも追いかけていたのかな?」
俺は嘘をつけない。
「はい」
「それは何?」
「小説家です」
「じゃあ、もし、小説家になれたら造園をやめるのか」
「はい」
「じゃあダメだ。もう採用と言ってしまったから、三か月じゃなくて一か月にしてもらおう」
俺は一か月間、造園会社で働いた。
 
そのあと、三十三になった俺は、本当に定職に就かないとまずいと思うようになり、小説家を目指しつつも、出来る仕事を探した。もう、背に腹は代えられず、障害者雇用で働こうと決意した。長続きしそうな職種を選んだ。介護職だ。介護職員の求人はハローワークでは常にあったし、これまで俺が働いて来た肉体労働よりは体への負担が軽いだろうし、頭もそんなに使わないだろうと想像して、老人ホームの面接をいくつか受けた。三つの事業所から採用の通知が来た。俺は最初に通知が来た老人ホームに即決めたので、後から来たふたつはお断りした。
その老人ホームで俺の病気のことを知っているのは、上の人だけで、介護職員は知らない。俺は夜勤はできないと言っておいたので、日勤だけのパート職員になった。
 
それから九年経った。まだ、その老人ホームで働いている。ときどき、事情を知らない介護職員から訊かれる。
「どうして、夜勤をやらないんですか?」
「やりたくないから」
嘘ではない。実際は、統合失調症のために毎晩薬を飲んで眠っているのでそのリズムを壊すわけにはいかないというものだったが、俺はただ、「夜勤は嫌だから」とだけ言っていた。嘘ではない。
そして、ここ何年かはこうも言っている。
「小説家を目指している。デビュー出来たら、この仕事は辞める」
それが九年続いているわけだから、職場の仲間は俺を信頼してくれている。だが、彼らは俺に騙されている。
俺は統合失調症を患っている。介護の仕事をしながら小説家を目指している。
ん?
事実じゃないか。
俺は自分を騙しているのか?
 
 
 
 
*以上が、実際、私が経験してきた心のリハビリの一端を小説化したものです。周囲を騙すことが、自分を騙すことであり、自分を騙すことが心のリハビリになる、つまり強くなるということだと、おわかりいただけたでしょうか?コツは病気のことは隠しつつ、嘘は言わないことです。嘘でないならば本当のことですから自分でも納得してしまいます。そのためにも自分を騙すためには事実を作っておくことが大切だと思います。例えば、「働いたことはあるか?」という質問に、「ある」と答えるか「ない」と答えるかは、二極対立、一かゼロかです。しかし、一日あるいは数時間でも働いたことが過去にあれば、「ある」と答えることができます。これは嘘ではありません。自分は働いたことがあると信じることができます。就労支援施設で働いている方も、「私は働いています」と言えます。そこで、「就労支援施設で」と付け足さなくてもいいと思います。「私はパートで働いている」と言えばいいのです。嘘ではないですから。そうやって、自己認識をいわゆる健常者と同じ目線に変えていくことが大切だと思います。自信を持つことが何より大切だと思います。それから、将来の夢も都合のいい武器だと思います。夢など自分の内部にあるものでいくらでも変更可能だからです。夢を持って生きているというストーリーは一般に納得できるものとして通用します。それを病気を隠すことにおおいに利用すべきです。
なぜ、病気を隠すべきかと言うと、その方が話しかけてくる相手と普通のコミュニケーションが取れるからです。統合失調症が隠せる病気であることはチャンスです。病気を隠して嘘(わずかでも事実があればよい)をつくことは統合失調症においてはとても重要な心のリハビリの手段だと思います。自分を騙し騙されるのです。「ふつうの人」を演じるのです。「ふつうの人」になれたら(あるいは「ふつうの人」を飛び越えて)、さらに上を目指してもいいと思います。

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