SW大橋勇

1979年生まれ/男/ストーリーライター(小説家志望)/ソーシャルワーカー(社会福祉士…

SW大橋勇

1979年生まれ/男/ストーリーライター(小説家志望)/ソーシャルワーカー(社会福祉士)/統合失調症者にアウトドアを勧める会会長

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  • 私とアウトドア

    アウトドアを勧めるためのマガジン

  • 山の美学

    山について、文学的に語ることで美学を展開する。言葉により山の素晴らしさを表現する。それに合った写真も掲載する。

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    私の投稿した小説をまとめてみました。

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    全力で書いた小説です

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    私の書いた短い哲学論文をまとめてみました。

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【長編小説】『空中都市アルカディア』

序 はるか未来 いや はるか昔と言うべきか 科学が最高度に進化した時代 地球の地殻に大変動があり すべての大地は多くの生命と共に海に没した 生き残った僅かな人類は ひとつの都市を空に浮かべ、そこに逃れた 何千年の時が流れ洪水が治まると 現れた大地に人々は再び降り立った 陸の形は以前の面影などどこにもなかった それでも人々は以前の地名への愛着を持って土地に古名を与えた 空中都市はいつしかアルカディアと呼ばれ 世界政府のある都となった アルカディア

    • noteといじめ

      最近、私は職場でいじめられているということをnoteに書いた。 先ほど遠方に住んでいる友人から電話があって、そのいじめの記事の話になった。 そのとき、その友人が、私をいじめる人のことを、「そいつ」と呼んだ。私はそのことに違和感を覚えた。なぜなら、電話で、私をいじめた人の悪口を言ったら、私がそのいじめる人をいじめていることになるからだ。私はそのいじめる人を恨んではいない。ただ、一緒に仕事をするのが苦痛なだけだ。 私は人の悪口を言うのが嫌いである。 それに久しぶりに電話してきた友

      • 短編小説を書きたくなるとき

        私には小説を書きたくなるときがある。 いや、小説家を目指して長編小説を常に考えて暮らしているのだが、今回書きたいのは短編の話だ。 短編の構想が不意にフッと浮かぶときがある。そういうときは精神が不安定なときが多い。 それを書かないではいられなくなるのだ。 そういうわけで、そのような時に書いた短編は何かの感情を表現していることが多い。 あるいは自分でも気づかず、自分の人生の現在地などを書いていることが多い。 また、純文学ではなく、お笑いのネタが思い浮かんでカタチにしなければ収まら

        • 読むことを拒否する小説

          リアリズム。 それは創作したものを現実に近づけること。 現実のような小説、 現実のような映画、 現実のような絵画、 これらは「ような」であって現実ではない。 そっくりに作られた偽物だ。 小説に注目して、考えたい。 リアリズムとはなんだろう? 小説の中が現実で外の世界は現実ではないというものでもない。 私は読もうとするとそれを拒否するような小説こそ究極のリアリズムだと思う。 小説内に別の現実を作らず、読むな、現実を見ろ、というのが真実のリアリズム小説かもしれな

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        【長編小説】『空中都市アルカディア』

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        記事

          小説はがんばって書く物ではない

          先ほど知人に会って、その人の小説の感想を伝えたが、別れ際に「じゃあ、がんばって」と言ってしまった。 いや、言ってしまったと言うのは、私は小説はがんばって書く物ではないと思うからだ。 楽しんで書く物だ。 いや、ニコニコしながら書くというのでもない。 暗い話でさえ、それに没頭している時間はなんとも言えない良い時間なのだ。 これは私の実感で、私は去年の一月から「小説家になろう」というサイトに連載している小説があるのだが、友人がそれを読んで「がんばっているね」とラインをくれた。そのと

          小説はがんばって書く物ではない

          癒やされに山へ

          本日、近場のいつも行く山へ登った。 標高五百メートルほどの山だが、近いことと景色がいいことから年に何十回と登る山である。 この山に今日ほど癒やしを求めて登ったことはなかった。 私は現在職場の人間関係に悩まされていて、今朝も悪夢を見た。 起きたのは十時過ぎだが、この近場の山に登ろうと昨日は思っていたものの、起床するともう悩みのことで、気が重く、行く気がしなかった。 しかし、私は山に行くと、精神が癒やされることを経験的に知っているので、無理にでもこの近場の山に出かけた。 登山中

          癒やされに山へ

          SNSと新聞の投書とかラジオ投稿など~夢と現実について~

          私は四十五歳で、インターネットが世に広まり定着し出したのが大学生の頃だから、正直、ITにはついて行けてない。 いや、ついて行こうとしていない。 あの当時、パソコンは高価で大学生で持つ者は少なかった。大学にパソコンルームがあり、先進的人間と自らを思う者たちはそこへ籠もって何やらしていた。私にはただ暗い部屋に引きこもっているだけのように思えた。 当然、SNSなどというものは知らなかった。 ツイッターとか流行り始めたが、つぶやきを公開して何が楽しいのか理解できなかった。 そういえば

          SNSと新聞の投書とかラジオ投稿など~夢と現実について~

          僕が僕であるために?いじめについて

          私にとって、尾崎豊は若い頃、そして、今も結構好きなミュージシャンなのだが、その歌の歌詞というか思想に少し疑問があった。 『僕が僕であるために』という曲と、『卒業』という曲の部分を組み合わせたものが、私の疑問点なのだ。 『僕が僕であるために』の「僕が僕であるために勝ち続けなければならい」という部分と、『卒業』の「ときには誰かを傷つけても」という部分を組み合わせると、私は「僕が僕であるためには、ときには誰かを傷つけてもいいよね」と読んでしまう。 高校生のとき、ギター部の尾崎を好き

          僕が僕であるために?いじめについて

          いじめられて思うこと

          今、職場で三十歳くらいの女性職員にいじめられている四十五歳の男です。 介護士です。 その女性職員は二年くらい前に入って来たパートの子です。 私は十年以上勤めている正規職員です。 昨日は、私が流しでコップを洗っていると、彼女は無言で後ろからコップをいくつも投げ込んで来ました。プラスチック製とはいえ、投げ込む人を初めて見ました。しかも無言。普通、「お願いします」とか言ってそっと置くものです。彼女は他にも私に対して常に陰湿な態度をとります。まるで私が人間ではないかのような扱いをされ

          いじめられて思うこと

          つまらない山に登る意味

           私はそのときたった独りで、登山道を登っていた。四月のまだ肌寒さの残る富士の外輪山のひとつ、毛無山である。  この山の富士側の麓はまさに「麓」という名の土地のようで、私は駐車場に軽自動車を置き、登山靴に履き替え、ザックを背負って登山道に入った。午前八時半である。  それから、私は急登の登山道を登り始めた。ただ、体力の奪われるばかりで面白くない道である。途中、はさみ石などと名付けられた岩場があるが、名付けられているわりには面白くない岩場である。滝を見る場所もあるが、別段面白く感

          つまらない山に登る意味

          山ラーメン。毛無山より富士山を望む

          私は富士山の西側、朝霧高原を挟んで立っている外輪山のひとつ、毛無山に独りで登っていた。 単調な景色が続くその登山道はなんの面白みもなく、ただハードな急登だった。 途中で目を楽しませてくれるものと言ったら、不動の滝とか言うのが、谷を挟んで向こう側に流れ落ちているのを見るくらいで、あとは山頂近くの岩を登れば、南アルプスが見える、そして、後ろを見れば葉が落ちた木々の間に常に富士山が見えるだけだった。 富士山が常に見えるなど最高ではないか、と思われる方もいるかと思うが、木々の枝の

          山ラーメン。毛無山より富士山を望む

          哲学科大学教授と小説家

          私は國學院大學の哲学科を出ていて、小説家を目指しているが、同じ大学同じ学部学科の先輩に諏訪哲史という芥川賞作家がいる。彼は『アサッテの人』で芥川賞を受賞したが、私にはその作品の意味がわからなかった。他の芥川賞作家で円城塔という人がいるが、その人の芥川賞受賞作『道化師の蝶』も意味がまったくわからなかった。私には文学を読む力がないのだろう。 その大学の先輩である諏訪哲史は、國學院大學の哲学科を選んだ理由として、当時そこの教授であった美学者の谷川渥に学びたかったからだと言った。私は

          哲学科大学教授と小説家

          「小説家になろう」で書籍化された作品は本屋大賞か直木賞あるいは芥川賞を取ったことがあるか?

          私は「小説家になろう」というサイトに一年以上小説を連載しているのだが、あまり読まれていない。少なくともランキングで名が上がることもない。もちろん単に私の小説がつまらないというのもあるだろう。たしかにアドリブで書いていてかなり描写が雑である。それでもランキングに上がるファンタジー小説はたいがいゲームをなぞったような作品である。私の『最低な三人の異世界転生ドラゴニア冒険記』もそのような趣味に近づけたつもりだが受けが悪い。やっぱり雑だからだろうか?それにしても一日で十万アクセスがあ

          「小説家になろう」で書籍化された作品は本屋大賞か直木賞あるいは芥川賞を取ったことがあるか?

          【作詞】バージンロード(かえうた)

          バージンロード この道 ずっと ゆけば 孤立死に 続いてる 気がする バージンロード ひとりぼっち 恐れずに 生きようと 夢見てた さみしさ 押し込めて 強い自分を 守っていた バージンロード この道 ずっと ゆけば 孤立死に 続いてる 気がする バージンロード 歩き疲れ たたずむと 浮かんでくる 孤立死の不安 丘を巻く坂の道 そんなことではごまかせない バージンロード この道 ずっと ゆけば 孤立死に 続

          【作詞】バージンロード(かえうた)

          小説家を目指す私が、小説を売り込むには?

          私は小説家を目指しているのだが、ネットに投稿している小説の人気があまり芳しくない。 もちろん、面白くないから売れないというのが理由の第一番だろうが、そこにこういう小説がありますよ、と売り込むことも必要だと思うに至った。 人が言うには、ツイッターでハッシュタグをつけて投稿するのがいいらしいので、それを始めてみた。 たしかに小説の価値は売れないから価値がないというわけでもない。そのために芥川賞などもあるくらいだ。 自動車だって性能がいくらよくても、客が買うとは限らない。その客がそ

          小説家を目指す私が、小説を売り込むには?

          若者文化と小説家

          新人文学賞などを取る若い小説家で、特に二十歳前後の小説家で、年輩の小説家などから、若い世代はこんなことを考えているのか、こんなことを知っているのか、みたいな目線で評価されることがある。 随分古い例だが、綿矢りさの小説で、「あいのり」というテレビ番組を「結婚相手を求める若い男女が同じ車に乗って世界を旅する番組」みたいに一般化して表現していたことがあった。同世代の私はそれを読んだとき、「ああ、『あいのり』だな」と思ったが、年輩の人はその番組の存在を知らず、若い人はそういうものを知

          若者文化と小説家