『空中都市アルカディア』13

第三章 リュケイオン大学


一、事件

 九月、シロンはリュケイオン大学に進学した。アカデメイアの受験に失敗し、無力感にさいなまれていた。

 シロンは授業にも出ず独り、ホバーボードで街をぶらぶらしていた。

 夜のオモニア地区の繁華街、白いティシャツを着、スニーカーを履いてジーパンのポケットに手を突っ込んだままホバーボードをゆっくり滑らせているシロンの横をホバーボードで追い越していく三人の十代と思われる若者たちがいた。シロンはホバーボードを滑らせながら、

「あいつら、スピード違反だろ」
と思った。

と、そのとき、その若者のグループが女性のハンドバッグをひったくった。

「あ」

シロンは速度を上げた。声を上げる女性の横を通り越し、犯人たちを追った。犯人たちはシロンを見て逃げた。

「やべえ、速いぞ、あいつ」

三人のうちハンドバッグを持った男が逃げ、残りのふたりはシロンを迎え撃った。クラッシュしてきた。が、シロンは細かい動きで攻撃を躱した。ハンドバッグを持った男が遠くの路地に入るのを見た。

 シロンもその路地に入った。路地には大勢の十代の若者たちがたむろしていた。シロンはサイドスリップブレーキで止まった。彼らはシロンを見た。大柄で髪を緑色に染めたリーダー格の男が言った。

「なんだ、おめえは」

シロンは言った。
「ハンドバッグを返せ」

リーダー格の男は言った。

「おまえ、男だろ?ハンドバッグなんか持ってんのか?」

若者たちはゲラゲラと笑った。全員男だ。

シロンは言った。
「俺のじゃない。いま、かっぱらったろ?」

髪を緑色に染めた大柄のリーダー格の男は言った。
「知らねえな。おい、おめえら、ちょっと痛めつけてやれ」

十人以上いる十代の若い男たちがホバーボードに乗った。

シロンは不敵に笑った。
「やるのか?」

男たちはシロンに襲い掛かって来た。シロンはホバーボードに乗って巧みに躱した。そして、大柄なリーダー格の男に向かって行った。

リーダー格の男は、
「お?俺とやるのか?」
と言ってナイフを取り出し、ボードに乗った。

すれ違いざまにシロンに斬りつけた。シロンのティシャツの裾が破れた。ケガはなかった。シロンはチックタックフライで空中高く上がった。そして、逆さまになり、反転してリーダー格の男の上に降りて来た。リーダー格の男はナイフを振り回したが、シロンのボードの裏が男の顔にクラッシュした。男はナイフを落とし倒れた。リーダー格の男は気絶した。

シロンは倒れている髪を緑色に染めたリーダー格の男の近くに止まって周囲の若者たちに言った。

「おまえら、まだやる気か?俺は強いぞ。全員気絶するぞ!」

若者たちはおくして動けなかった。

シロンは言った。
「さあ、さっき女性から奪ったハンドバッグを返せ」

先程の犯人がハンドバッグを持って出てきてシロンの前にそれを投げた。

シロンは言った。
「おまえら、他にも悪さをしてないだろうな」

若者たちは黙った。

シロンは言った。
「してるな?」

「カネが欲しいんだ」
意識を取り戻したリーダー格の男が地面に倒れたまま言った。

「カネと交換に煙草とポルノ写真が手に入る。そしてそれを転売するんだ」

シロンは男を見下ろした。
「なに?煙草?ポルノ写真?」

両方ともアルカディア世界政府が禁じている物だ。

「おまえら、犯罪組織と繋がりがあるのか?」

シロンがそう言うと、サングラスをかけたスキンヘッドの大人の男が三人、ホバーボードを持って路地裏にやって来た。そのうちのひとりがシロンに言った。

「きみ、わたしたちの仕事を邪魔してくれちゃ、困るなぁ」

それは犯罪組織の男たちだった。

三人のうちのひとりが言った。
「おい、おまえら、こんな小僧ひとりにビビってんじゃねえ。数が多いんだからやっちまえ」

路地裏の若者たちはホバーボードに乗って、シロンに襲い掛かった。シロンは攻撃を躱した。しかし、路地裏は狭く、敵の数が多すぎた。もう、リーダーを倒して集団を黙らせることはできそうもなかった。若者たちは犯罪組織を怖れていたから必死でシロンに襲い掛かって来た。シロンはあまりの敵の多さについにホバーボードから落とされた。

「しまった」

シロンは次はナイフで刺されるのではと思った。

 が、何者かが、高速でシロンの前を横切り、サングラスの男たちに向かって行った。赤い髪をした若者だ。

「カルスか?」

シロンは赤い髪の若者の後ろ姿を見た。

赤髪のカルスは言った。
「シロン、立て!俺と一緒にこいつらをみんなやっつけるぞ」

シロンは、「おう」と言い、立ち上がってホバーボードに再び乗った。三人のサングラスの男たちはナイフを抜き、ホバーボードに乗った。この世界には拳銃はない。ホバーボードは最強の武器だった。三人のホバーボードは違法改造してあり刃物がついていた。

 カルスは笑った。
「ふん、刃物つけたって、ホバーボード自体が下手くそなら意味ねえよ。俺を誰だと思ってる?ホバークラッシュの銀メダリストだぞ」

サングラスの男は言った。
「ふん、あんなスポーツが実戦で役に立つと思うのかね?」

 しかし、ホバースピードジュニアの部の世界一であるシロンと、ホバークラッシュ銀メダリストのカルスのふたりが揃えば鬼に金棒だった。サングラスの男たちはふたりに刃物のついたホバーボードでクラッシュしてきたが、カルスとシロンの返り討ちに会い、三人は倒れた。そうなると他の若者たちは再び臆した。

「逃げろ!」
誰かが言った。

 若者たちは路地から出ようとしたが、ちょうどそこに誰が呼んだのか警官たちが現れ逃げようとする若者たちの進路を阻んだ。

 犯罪者たちは全員逮捕された。

 警官はシロンとカルスに言った。
「君たち、ありがとう、こいつらは裏組織の連中だ。君たちの功績は高く評価されるよ」

 

 

 三日後、警察署に呼ばれたシロンとカルスは署長から感謝状を贈られた。

 そのとき、カルスは言った。
「署長さん。俺のこの善行は四年後のオリンピアで入賞した場合、アルカディア行きの協議で考慮されますか?」

署長は言った。
「わたしにはわからないが、この功績はオリンピア省に報告しておくよ」

カルスはニヤリと笑った。

 

 

 警察署を出るとき、シロンはカルスに言った。
「倫理の島、アルカディアには、おまえもこれで行けるようになるかもな」

カルスは鼻で笑った。
「倫理の島?バカか?」

「なぜ、バカなんだ。アルカディアが倫理を重視する理想郷であることは当たり前じゃないか」

「そうじゃないんだな、じつは」

「え?」

「アルカディアは理想郷じゃないぞ」

「なんでそんなことが言えるんだ?」

「明日、十時にネオ・アテネの郊外にある、精神科病院ヒポクラテスのそのに来い。おまえに見せたいものがある」

「精神科病院?」

 

 

 シロンはその夜、ベッドの中でカルスの言葉を反芻した。

「アルカディアは理想郷ではない?精神科病院、ヒポクラテスの園・・・?」




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