追憶_016_逸らすものか
あの春からもうすぐ一年。再び彼女の音楽を聴く運びとなった。
約束したのは交際前。君に興味があるのだよと、遠回しに伝えることが精一杯だった。こうして堂々と観に行けるのはお互いの努力と勇気の結果にほかならない。
ありがとう、あの日の私達。偉いぞ。
開演間際、上手の最上段から二段目に座る。彼女は下手側はずなので、おそらくここがベストポジションだ。
客席はとてもアンフェアな場所だと思う。見ようと思えば袖幕の裏側まではっきりと見えるのに、舞台上からはあんなにも見づらい。普段からこの状況で演奏するのはどんな心境なのだろう。
彼女は確かにそこにいた。いつも通り、世界一素敵な姿で。
私は音楽に関しては門外漢だが、少なくとも彼女が誰よりもかっこいいことはわかる。改めて見ると、あの頃よりもとても凛々しくなったんだね。
微笑みも、目配せも、小刻みな揺れも、震えている声も、そのどれもが愛おしい。ただうっとりと、心地良い時間が流れていく。
この人を好きになったのは偶然じゃなかった、彼女の演奏には説得力があった。
ただの一度も、彼女から目を逸らすことは出来なかった。
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