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とある教員が日々感じてることとか1

■ ADEの活動報告を忘れていた。(1月末)

ADEの活動報告を完全に忘れていて、創作意欲を湧かせるためにスタバに来たのだけど、休日のスタバはあまりにも混みすぎていて近くのドトールへ来た。ここも混んでいるが、入り口近くの換気の良いところに座って、ちょっと寒さに震えながら記事を書いている。

あえてちょっと遠い場所を選んで車で1時間ほどかけてきたのは、最近頭の中身が忙しくて、創作的な何かに時間を費やしていなかったからだ。言い換えれば、7つの習慣でいう第二領域「重要だけど緊急でないこと」に時間を割いていなかった(というか割けるだけの気力が足りなかった)ということ。

頭が忙しいという表現は好きでよく使うのだけど、アイデアやすべきこと、やりたいことが色々浮かんでは消える状態として使い易い。ただ忙しくなると、時間や体力の制約と相談して何もできずに終わり、自己嫌悪に陥ることがしばしばある。

だって、周りの先生に優秀な人が多すぎるもの!

■ 教員が成長するところって、どうやって見せるのだろう

こう考えていくと、教員だって悩んで成長していく1人の人間で。

その姿を見せ続けるのは「的確だけど、ただただ偉そうに指導をしていく」先生よりはよっぽどいい「先生」なのかなと感じている。というよりも、自分はそういうスタイルしか出来ないからなのかも知れない。

教員から見て1年2年と生徒を持ち上がりで見ると、中学生なんて特に成長が見てとれて楽しいし、それがやりがいになっているんだよね。本当に羨ましく感じる。課題のある子、本当に悩んで苦しんでいる子は多いのだけど、なんとか乗り越えられると信じて毎日取り組んでいる。

では、自分は生徒にどう映っているんだろうなんて、考えたり。

■ 自分のポジションのために、変化に対応しよう

ここに来るまでにYoutubeのサブスクで、色々な音楽を聴きながら来た。

子どもの頃、大人が新しい曲・トレンドを知らない人が多くて疑問に思ってた。もう少しで35歳になるおっさんには、その理由がなんとなくわかってきた。だから聴き放題のサブスクに登録した。音楽配信のサブスクは優秀で、今のトレンドだって流しておけばわかるし、心地のいい曲だって検索すればすぐに出てくる。

ただただ流していて気づいたのは、YUIとか、ミスチルが流れた瞬間に、やっぱり心地のいい曲で、ずっと聴いてしまう。自分から曲を変えていかないと、トレンドには追いつけない。

35歳になる社会人は、一つ自分が他に負けないことを持っていことが理想と考えてる。私学の教員採用は大体35歳までだったりするし、ビジネス系のインフルエンサーも、28,35歳が節目で、35歳では一つ、自分が何をしたくて何をやってきて、その成果が語れることが大事だと言っている。だから、一つ大きな筋を見つけて、自分のポジションを今年は作らないと。今まで色々なことやってたし、これからも本当はやりたいけど、目標のためには変化を受け入れないといけないんだなぁと思いながらこの記事を書いている。他の先生たちは、自分の成長と生徒への影響についてどう考えているんだろう。

■ そんな中、JavaScriptに手出してみた

必要が出てきたのでJavaScriptの勉強をしている。学生時代にゲームのブログを書いていて、HTMLを沢山弄っていて良かった。でも、こっちはletが変数で、早速言語の違いを味わっている。本当は3日くらい山籠もり的な何かで基礎を一気に終わらせたいのだけど、そうもいかない。ああ、また新しいことに手を出してしまったのよ。面白いよJavaScript。GサイトにScript埋め込んでいじれるくらいにはなってやる。

こう考えると、自分のポジションが更にわからなくなっていくぞ…?またやりたいことが増えたぞ…?おいおい…

■ 迷って選択して、また迷っては、つけさせたい力

何もせず、ただ生きて消費の一途を辿るよりも、迷って生産する側にまわろうともがく方がよっぽどいいよね。それって、実は生徒に持って欲しい力そのものなんじゃないかな。最初の話に戻るのだけど。

学校でiPadを配っても、ただyoutubeを見るだけ、隠れてゲームをするだけ…そんなふうに端末を消費のツールとして使ってしまう人が多い。そして、その見方は大人も同じだったりする。だから、利用を制限してしまう管理者が多い。

本当は、iPadのような端末は生産のツールとして認識させることが必要なのに。

iMovieで動画を作ったとか、ibisでお絵かきしたとか、keynoteで資料作ったとか他色々…何でもいいからちょっとでも生産のツールとして気付かせたい。色んな経験を通して自分の可能性に気付いて、自己実現へつなげていければなぁ。でも、お互いに消費の態度では促せないから、先生はやっぱり成長する一つの姿としてあり続けるのが良いんだろうと感じた。

■ 結局何が言いたかったかというと

中身が煩雑になり過ぎたのでまとめると

色々なことを少しずつ、本気で

というポジションについて。あっていいのかもしれないな、と思ったのです。

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