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日常にバグを。玄関出たら即ゴミブルー。

暑い暑い夏の間に「夕暮れゴミブルー」というアイデアを思いついたのですが、これは暑い日中を避けた夕暮れどき、薄闇に紛れてゴミブルーするという不審者感がマックスに高まる試みであったため、ついつい実行を保留にしていました。
けれど、まるであの夏が幻だったかのように、瞬く間に秋も深まり日中もすっかり涼しくなりました。

今ならもう昼日中に堂々とできるで。言うてる間に寒くなるから今やで自分。

そんなふうに内なるゴミブルーが言うものだから、じゃあ明日決行と心に決め、スウィングから「ゴミブルー一式」を自宅へと持ち帰ったのが昨晩のことです。

迎えた今日。10月11日日曜日。朝目覚めると家の外から子どもたちの「魔女~!! 魔女~!!」という元気な声が聞こえます。仔猫のルルはまだ一緒に寝ていたので、あるいは小さな魔女たちのざわめきが目覚ましになったのかもしれません。

今すぐDOしろ。

また内なるゴミブルーが不敵に言います。なんか知らんけど魔女っ子ごっこで盛り上がってるところに、突然近所の家からゴミブルーが現れるという魔法をDOしようぜ、と。

たしかにそれは面白いし、願ってもないタイミングです。普段なら間違いなく二度寝をかますところですが、無理やりまだ眠い体を起動し、すぐに着替えをはじめます。

43歳。コロナ禍の秋の日曜日。
パジャマから直でゴミブルー。

ふと、「人生こんなはずじゃなかった……」という悲しい思いが頭をよぎります。そりゃそうです。いちばん最初、まだサラサラピンの幼稚園の頃に持った夢は「警察官」でした。ぜんぜん違います。むしろ間違いなく、捕まる側に近い。

物心がついてからは何事も成績で評価される学校に行くのがとてもしんどくなったので、未来の子どもたちがそんな思いをしなくてすむよう「小学校の先生」になりたいと思うようになりました。これもぜんぜん違うけど、きっと先生は日曜日の朝にこんなことをしないけど、あれ? 「子どもたちがそんな思いをしなくてすむよう」の部分はぶれてないかも! ぶれてないかも! それに毎晩ストレッチしてるから背中のファスナーも上まで自分で上げられるもん!

こうしてなんとか虚しさから立ち直り着替えを続けましたが、今度は現実的なハプニングに気づきます。名刺がないんです。あの、子どもたちを懐柔するための最重要必須アイテムをスウィングに忘れてきてしまったのです。

でもないものは仕方がありません。八割がた着終わったスーツを脱ぎ、まともな服(と言っても、たいていアディダスのジャージ)に着替え直し、スウィングへ取りに行くのもとてつもなく面倒です。これもきっとなんらかの、必然的な、修行的なアレと自分を納得させ、まずはそのまま、名刺ナシでDOすることにしました。

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これまでいろんなところでゴミブルーをしてきましたが、我が家からスタートするのははじめてのこと。けれど思惑どおり、玄関の扉を開けて出た瞬間に「あー! あれ見てー!!」と歓声が上がります。すぐにでも歓声に応えたいところでしたが、ここは冷静に、まずは鍵を閉めてきちんと戸締まり、戸締まり。

「あそこの木ノ戸さんはどうやら、どうかしているらしい」と気づいた人が、盗みに入らないとも限りませんから。しかしながら非日常極まりないルックスと、「戸締まり」という超日常的動作のミスマッチ。子どもたちの目には一体どんなふうに映ったことでしょう。考えただけで少しワクワクします。

この家で暮らしはじめて4年。なぜかしらお向かいの向井さん(仮名)ご家族は僕がゴミブルーであることを以前から知っていたようで、なんでー?? 知ってるならそう言ってくれれば良かったのにー!! となかなかの知名度の高さに驚いたのは今年の春のことだったでしょうか。でもホンモノはやっぱり違うだろう?  グヘヘヘ、怪しい者じゃないよ~。

笑ってスマホで写真を撮る子、しっかりと距離を置いてお母さんから離れない子、近づくとキャーと逃げ惑う子。ゴミブルーにナマハゲや獅子舞的な要素があることと「コワくないよ?」をアピールする名刺の重要性をあらためて思い知りつつ、「メガネかてけるやん!」とか「靴は青じゃないの?」といったお決まりのツッコミに応じながら本来のお仕事を遂行するためゴミを求めます。
けれどまあ、綺麗なこと! 紙屑ひとつ、吸い殻ひとつ、落ちていないじゃありませんか。しょうがないので我が玄関前プランターからこぼれ落ちた日日草の花びらだけひょいひょいと拾って、子どもたちに手を振りながら町内を後にしました。

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日曜日に出会う人たちは平日とは少し感じが違います。なんちゅーか、やはり多くの人にはお休み特有のリラックス感が漂っていて、「ご苦労様!」の声をいつも以上にたくさんもらったり、行きすぎる車の中からガンガンに手を振られたりします。

また今回はいつもと違ってゴミブルーはただひとり(=自分)。この「ひとり」がかえって目立ったようで、人々からの好リアクションの数々はそのせいもあったのかもしれません。

普段のゴミコロリでは5~6人、場合によっては7~8人全員がゴミブルーです。これまでこのチーム編成(?)について「同調性の逆利用」と冗談半分に説明してきたのですが、その意味するところはゴミブルーという圧倒的異物に変身するハードルが「全員青い」という集団心理によって下がり、またその集団を目にする人たちにも「そういうもんかな……」と錯覚させてしまうという2点です。

今回の実験はこの理論の正しさを意図せず裏づけることになったのかもしれませんが、これ以上の検証をするつもりは毛頭ありませんし、真実はいつも藪の中、ゴミが捨てられがちなのは歩道上の植え込みの中です。

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今日は結局スウィングまで名刺を取りに行き、それから賀茂川沿いを歩いて自宅まで戻りました。ゴミ拾いはもちろん、カッコをつけたり、写真を撮られたり、おしゃべりをしたり、買い物をしたりでおよそ2時間。帰ったときにはお腹がペコペコになっていて、ご飯がとっても美味しかったです。

ゴミブルーをしていてたまにビックリするのが、ごくごくフツーーーに、ただただ困った様子で道を聞かれること。元よりヒーローっぽい口調なんて使わないので、こういうときにはより一層素に戻り、道案内をすることになるのですが、心の中では「だいぶ青いのに道聞いてますよ! もっと偏見持って!」といった、複雑な心情が入り乱れています。
でもこういう方ってホントに、ウソみたいに見た目で分け隔てをしない、イルカみたいに素晴らしい人なんだと思います。全人類が目指すべき姿。

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また、普段はあまり関わることがない、すげー声がデカい、服のどこかしらに金のこう、シャラシャラした文字が入ってるやんちゃな人たちが、ゴミブルーにノリノリになる場面にも遭遇しがちです。たいてい走り回って遊んでる子どもをまあまあ強い口調で呼びつけて、「イエーイ!!」と一緒に写真を撮ってくれるのですが、これがまた嫌な気持ちひとつせず、ゴミブルーだからこそ巻き起こるマジックだなと思っています。だって普段はすげー声がデカい、服のどこかしらに金のこう、シャラシャラした文字が入ってるやんちゃな人たちとは関わることは、まあないですから。

そもそも、なぜ個人的にゴミブルーをするのか? についてはここに詳しく書いています。よければご一読ください。


ともあれ、ひさーしぶりに実行できて、とても楽しかったです。

かつて警察官を夢見た幼き日の僕も、目を丸くしながら笑っているに違いありません。

バグは安心感。

日常にバグを。

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