【3日目】

　横浜のライブの余韻が残ったままの翌朝を迎えた俺は、既に所沢のライブも行く気になっていた。あとは家族と相談するだけだったが、それはすんなりクリアした。息子の誕生日祝いは夕方することになったからだ。18時ぐらいに家を出れる、となると19時過ぎには所沢の本日の会場MOJOに着ける。そう、今日は前座に旧友のモアリズム中村もいる、なんなら彼とも絡みたい。ということでピアニカは必須だ。ピアニカと譜面だけを抱えて所沢に向かった。

　駅からは少し迷ったものの、MOJOにはなんとかたどり着いた。余談だけど、俺みたいなデカくてそこそこ目立つ(だろう)輩が、暗くなった街を行ったり来たりしていると、何人かに不審者のような目で見られた。

「あの、本当に悪いことをしようとする人は、目立つ格好はしないもんですよ。未だにワイドショーや映画のフィルターを通して街を見てるんですか？」

　と言いたいのを抑えながら。

　店に着くと早速モアリズム中村がいた。彼が昼間だけやっているカレー屋にお邪魔して以来だから2年ぶりか。色々話してると予想通り言ってきた。

「せっかくだから1曲やろうか。簡単な曲あるし。”恋のかぞえうた”とかもやるけど覚えてるか？」

「覚えてるけどうろ覚えかもな。意外とあの曲ややこしいやん。俺、中村くんの”空ひとつない雲”って曲が好きでカバーとかしてるんだけど、それどう？」

「お、いいね、それ行こう。それともう一曲ブルースなやつと2曲いこう。3、4曲目ね」

　早速2曲参戦が決定。そうこうしてるうちに、近所の中華屋に行っていた房さん御一行が帰ってきた。マネジャーのつださんが挨拶がてら言ってきた。

「ちゃんとピアノもマイクもセッティングしてあるからね」

　その日は前座込みで出突っ張りな1日になることが決定した。

　モアリズム中村とは昔”カリフラワーズ”というバンドを、一時的だけど一緒にやっていた。仙台の定禅寺ジャズストリートとかも出たと記憶する。素晴らしい曲書きのセンスと歌とギター。「くん」づけで呼んじゃってるが実際は少し年上だったはず。ま、最初からお互い気にしてなかったが。メジャー配給の映画の音楽もたくさん書いて歌ってきた男だが、なにせ性格が偏屈なせいか、結果事務所やメジャーな話があってもことごとく断り、ドサ周り人生を選んで生きてきたという印象。でももう一度言うが、曲と歌は素晴らしいのだ。だから俺もソロライブをやるときによくカバーしていたりする。”君が居れば”と共に最近よくやる曲が”空ひとつない雲”。”雲ひとつない空”じゃなく、”空ひとつない雲”。タバコの煙のことをそう称している、偏屈でかつ詩的な、まさに俺が思うモアリズム中村が凝縮された曲だ。

　久々のモアリズム中村も渋くてよかった。今日はドブロみたいな音のするアコギで弾き語り。懐かしの”恋のかぞえうた”を聴きえ、俺が呼ばれる。まずは、、、俺の知らない曲。ステージ上で曲のコード進行の説明がある。そう言う曲はピアニカでどうにか乗り切ることにする。ひと回し聞けば大体分かるからね。20代からセッションで知らない曲に乗っかるハメになってもそれを乗りこなしてきた、その腕の見せ所。なんとなくじゃ乗りこなしたことにはならない。ソロも回ってくるだろうからそこでちゃんと見せ所を作ろう。俺より上手い人はいくらでもいるが、セッション技術が俺以上はなかなかいないだろう、と言うのが俺の売りだからね。

　無事、暖かい拍手をいただく仕上がりになって、いよいよ”空ひとつない雲”。これはピアノで弾く。部分部分コードの動き方が把握できてない箇所があるが、そこは弱めに弾きながら彼のアプローチをキャッチして、２番以降でまとめよう。あぁ大好きな歌い出しが始まった。

「タバコは半ダース、空ひとつない雲～～」

　この曲を一緒にやるのは20年近くぶりかもしれない。お互い50ちょいだとしても、既にこの間に共通の友人達が何人かこの世から別れを告げていった、まぁこれからもっと増えていくんだろうけどな。。。なんて思いながら好きな曲に気持ちを込めて、いや正確には手足が勝手に込もっちゃう、そんな”空ひとつない雲”になり、ありがとうございます！拍手拍手。ありがとうございます！あざっす！

　ステージから戻ってくると房さんが俺に言ってきた。

「あいついいな」

　刺激を受けたか房さんのステージも熱く渋く始まる。房さんぐらいになると「そんないちいち影響受けねえよ」と口では言いそうだが、必ず受けた刺激をキャッチしてエネルギーにする回路は持ってらっしゃる、なんなら無意識に。同じくドブロを弾く前半だったから余計にそう感じたのかもしれない。そう、今日は途中から参加と言われたんだが、始まってから気づいた。

「何曲目から参加」を言われていない。。。

、、、続く