[感想14]正欲

買った理由

映画見る前の肩慣らし。

出た当時は「読む前の自分には戻れない」ていうフレーズが気に食わなくてわざと避けていたけれど、映画は見ようっていうのと文庫本化のタイミングは大きかったと思う。

内容の感想(ネタバレ抜き)

ギチギチに朝井リョウの内容を感じれた。

性欲を絡めつつもそれがよっぽどの理由がない限り嫌悪感を抱いたり同感を得るような対象ではないこと、多様性というキャッチーな話題を主題にしつつも「目新しい発見はなかった」とは言わせづらいような読後感と、大多数の人が手に取って読み進められるものの作者が伝えたいものが10も伝わるかが際どすぎるメッセージ性。
そういう意味でも多くの人に手に取って読んでもらいたい一冊。


大まかな話としてはある事件に関与する5人の人物の群像劇として描かれて、ほぼ全員がマジョリティとはかけ離れた何かを抱え込んでいる。そのうえで多様性やダイバーシティといった、新しい価値観に対する負の感情を直接的にも比喩的にも叩きつけてくる。

わかりやすいのが神戸八重子という女子大生の視点での話。
兄の一面を知ったことを機に男性不信へとなるが、なぜか視線に嫌悪感を抱かないという理由で同じ大学の諸橋大也に異様なのめり込み方をしていく。
その入り込み方はどう見ても性欲を抱いていて八重子が特に嫌悪していた視線を向けていることに変わらないけれど、当の彼女は自覚なしなうえに大学で行っているのが”学祭をダイバーシティに沿ったものへの改革”。みえているマイノリティにしか手を差し伸べない、自分は悲劇のヒロインでもあるように描かれている。

物語としては初手で結末を開示する、最近ではより多くなってきた手法をとっているのもあって起伏はおとなしいのであまり面白さを見出せるところはない。というより、1つずつ見えなかった真実を捲っていき全貌を明かしていく、ミステリーに近い読み応えということを押さえておくと一番内容を頭に入れやすいと思う。



内容の感想(ネタバレあり)

根本としては「繋がり」を徹底的に描いて、繋がり続けること=いなくならないことを重要視している。と読み取りました。

その過程を描いたのが佳道たちで、過程を踏めなかったのが大也。
ただ心境を吐露し続け合う大也と八重子はあまりにもわかりやすい見せどころだけれど、諦めきりかけてる側と理解を得られるという夢を見ている側同士の殴り合いってわけじゃなく、八重子が大也のなかを見ようと踏み込んでいる姿勢がポイントになってくると思う。あの姿勢があるかないかだけではあのシーンの意味合いが大きく変わってくる。

私は私と考え方の違うあなたともっと話したい。全然違う頭の中の自由を守るために、もっと繋がって、もっと一緒に考えたい。

『正欲』より p.459

現に妻や息子と繋がろうとしなかった啓喜は家庭での信頼や地位を失う示唆が含まれている。それぐらい繋がることの重要さをくどく長く濃厚に描いている。

田吉や修をはじめとしたステレオ過ぎる人物も舞台装置に感じる部分はあるけれど、それでもいる可能性を否定しきれなくなるのがこの本を読んだ後の毒になっている。(毒に気づかない人もいるけれど)
もっと言ってしまえば、いろんなレビューでかなりの数の疑問(に見せかけた欺瞞)として何かしらの理解を持っているというポーズを示す内容も、八重子や優芽が大也に向けていた態度と同等なんだと思う。

どうしても理解と紐づけられる多様性というワードに対して、理解を得られなくても繋がることの意味を魅せている。
その光明すらも自身で打ち消す文章をラストに持ってくる悪さはあまりにも効きすぎてるな、と今なら強く思えてくる。

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