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物売りの棚

 近所に誰かが管理しているであろうか分からない物売りの棚がある。誰かがここでものを売っていますと宣伝しているわけではない。宣伝している訳では無いが、精一杯のアピールとして死の瀬戸際に立たされた蛍みたいに弱々しい発光をしている電飾で飾り立てている。では、なぜ物売りの棚だとわかるのか。
 その答えは単純で、商品であろうものがきちんと整頓されており、それを観察するとひとつひとつに値段が記載されたシールが貼られている。そして、棚の隅っこに厳重に鍵がかけられている鉄箱が鎮座している。多分、シールに記載されている値段に合ったカネを投入すればいいのであろう。そういうシステムがなんとなく想像できるからこそ物売りの棚だという結論に行き着く。
 しかし、このシステムどうなんすかねと思う。値段が書いてあるシールがあるとしても、んなもん無視してカネを払わずガッと掴み取りバッと駆け出してしまえばいいではないか。所謂、万引き行為なのだが、誰かがこの物売りの棚を監視しているわけではなく、ただただそこに鎮座しているわけであるから、誰かが決めたルールに従う必要など全くない。更にいうと、万引きという犯罪行為は誰かが目撃し告発を行うことで成立するものであるから、誰の目がないという状況を考えると、今目の前にあるものはもう持っていき放題だと結論づけたっていい。ウハ、ウハ、ウハㇵ。そら、全部持って行ったれい。
 ということをするはずもなく、小銭がなかった僕は隣りにある自動販売機で適当な茶を買い冊を小銭に崩した。ケチな犯罪を起こして酒が飲めなくなると嫌だからね。僕以外が狂っているこの世界で正常でいるにはもっと酒を飲まないといけないからね。穂、穂、穂。
 して、物売りの棚の商品はどんな物が揃っているのかを観察してみる。できれば、ファイブスター物語の新刊とか置いてあると嬉しいのだが、それは高望みであろうか。
 ラインナップを眺めると、遊戯王カードにデュエルマスターズ、マジックザギャザリングにブシロードのなんかというカードゲームばかりが充実していた。カードショップがこんな野良営業みたいなことできるのかと驚愕した。しかも、結構な量が棚を選挙しており、下段と中段はすべてカードゲームが支配していた。ものすごい量であった。しかし、僕にはどれも必要がないものばかりである。なら、もっとなにか売っているものはないかと上段に目を移す。下段と中段がカードゲームで埋まっているのであれば、上段はもっとなんか嗜好を凝らしたもの、言ってしまえば女体が印刷されている卑猥なトランプとか、何に使用するのか想像もできないほど難解なもの、なんの役にもたたない・役にたて方がわからないものとかが置いてあってほしい。つか、ファイブスター物語の新刊が置いてあってほしい。そう希望を抱き、上段に目をやった。
 生首があった。それもただの生首ではない。プロ野球チーム 中日ドラゴンズのマスコットキャラクターであるドアラの生首が上段には鎮座していた。
 意味が分からなかった。下段・中段にカードゲームが支配している中で、なぜ上段にドアラの生首があるのだろうか。管理している人間が強烈なドラゴンズアンチでドアラを獄門にすることで独自のメッセージを発信しているのだろうか。全く意味が分からない。
 困惑の目でドアラを眺めていると、どこからか視線を感じた。おかしい、今ここには僕しかいないはずなのに、誰かから視線を送られるようなことはしていない。むしろ、ドアラの生首こそが視線を集めているというのに。
 首筋にヒヤリとしたものを感じ、一刻も早くこの場から立ち去るべきであるとすぐに踵を返してその場から離れた。物売りの棚は弱々しい発光とともにどんどん小さくなり、いつしか見えなくなった。


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