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Ancient Future 木でつくる懐かしい未来

LVLやCLTをもちいた日本における都市木造プロジェクト Urban Mass Timber projects with LVL and CLT in Japan


*このテキストは2019年2月に浜松市で開催された木質フォーラム浜松市国際会議における講演をもとにしたものです。

日本の伝統的な木造大規模建築

 私は東京でビルディングランドスケープという建築設計事務所を共同で主宰しています。また2017年から東京の芝浦工業大学で「プロジェクトデザイン」をテーマに地域再生や災害復興の研究や教育を行っています。

 設計の実務や大学での活動などを通じて、東京だけでなく日本や海外の地方都市に頻繁にでかけますが、様々な歴史的な木造建築に出会います。例えば、私の故郷は島根県出雲市ですが、ここには出雲大社という有名な神社があります。日本にあるたくさんの神社の中でも重要かつ規模も大きなもののひとつです。現在建っている本殿は24メートルの高さがあります。現在建っている本殿は17世紀に建設されたもので「遷宮」と呼ばれる定期的な修理を加えながら現在まで使われています。高床式の一層の巨大な建物です。出雲大社は7世紀に起源があると言われていますが、過去には48メートルの高さがあったという説もあります。実際にそのような大きさの建物があったのか、疑う人も多かったのですが、本殿の手前の土中から、直径1メートルの杉の大木を3本束ねた特異な形式の柱の根本と考えられるものが発掘され、高さが48メートルあったかどうかは分かりませんが過去に現在の本殿より大きな建物が建っていたと言うことが信じられるようになりました。

 また同じ出雲市の中に木綿街道と呼ばれるエリアがあります。造り酒屋や造り醤油屋などが残っている、大正時代の町並みが残っている地域です。通りを歩くと町家形式の住宅だけでなく、大きな立派な造り酒屋の建物が残っています。既に廃業した造り酒屋もありますが、中に入ってみると想像したより大きな木の空間が残されています。現在この建物は宿泊と飲食物販などの複合施設としてリノベーションされているところです。自分は1990年代になってから建築を学びましたので、工場や倉庫と聞くと鉄骨造や鉄筋コンクリート造の建物を思い浮かべてしまいますが、第二次世界大戦のころまで日本でもこのような大きな木造の建築を普通に建てていたと言うことを改めて思い出します。

日本における『地産地消』『地産都消』と都市木造

 今回の会議もその一つですが、日本や東南アジアだけでなく、世界中で大規模な木造建築への興味が高まり、様々な構想が語られ、実践が行われています。個人的に訪問した国だけでも、ロシア、オーストリア、スイス、フィンランド、北米などだけでなく、森林国のイメージの薄いオーストラリアなどでも様々な先進的な議論や取り組みを見ました。そのような取り組みを支えているのは、伝統的な木造の構造体だけでなく、大断面の集成材、LVLなどに加えCLTに代表されるような大型のエンジニアードウッドの構造材です。

 そのような会議においての中心テーマはどのようにして低炭素社会を実現するかということです。製造時に多くの炭素を排出する鉄やコンクリートに比べ木材は製造や加工を通じて排出する炭素を非常に低く抑えることができます。また木材そのものが炭素を固定する働きがあり、森林を健康に育て、成長した木材を建物の形で長く利用することで多くの炭素を長期間固定することができます。そのような環境問題への危機感が世界的な中大規模の木造建築の推進につながっていると考えます。

 一方で、地域の森林の環境をどのように健康な状態に保つことができるか、地域の林業と言う産業をどのように持続させることができるかと言う課題も重要です。その際に日本においてよく取り上げられるキーワードに「地産地消」と言うものがあります。地域で育った木材を地域で使うということです。これは一見美しいストーリーですが、少し不思議な感じもします。「地域」をどの程度のスケールで捉えるかはケースバイケースですが、木材の国産化が強調されるのが日本の木造建築推進においての特徴であり、世界での論調と異なる部分であると言えると思います。

 良質な木材が多く育つような地域には人はたくさん住んでいません。つまり木材の産地には多くの建物は必要ありません。むしろその地域の外でどのように使ってもらえるか、都市的な環境の中でどのように使ってもらえるかという視点が重要になると考えています。これを「地産都消」と呼んでいます。地域でできた木材を都市的な環境、時には外国でも使ってもらうにはどうしたら良いかということを積極的に考えることが結果として地域を守ると考えています。

 そのためには都市木造と呼ぶ都市的な環境で使うことのできる木造建築の姿を考える必要があります。伝統的な木造と都市木造の違いはたくさんありますが、まずは中層化高層化です。都市部は土地が限られており多層化が重要です。当然高い構造性能、日本においては耐震性能が求められますし、大規模な木造建築の中で発生する可能性のある火災への備えとして、新しい防耐火設計が重要となります。従来は科学的な検証が難しかったのですが、様々な研究や実大実験を通じて耐震性能や防耐火性能の検証可能な安全な都市木造が可能になってきています。

 また木材は適当な環境にない場合劣化が早く進むという欠点もあります。敷地が広い場合は大きな屋根で下の建物を覆い雨懸りを防ぐことが重要ですが、都市的な狭小な敷地では大きな屋根で建物を守ることが難しいケースが多くあります。そのための木造建築の外装設計と言うのも重要なテーマとなると考えています。

みやむら動物病院: LVLと在来軸組工法のハイブリッド都市木造

 みやむら動物病院は東京に2015年に竣工しました。外観では階数がわかりにくいのですが、準耐火構造の三階建の建物です。構造模型に特徴的に現れるように、南側の主な立面には縦長の大きな厚いLVLの壁柱が並んでいます。過半の部分は在来工法の軸組工法ですが、耐震壁としてLVLの厚板を用いています。在来工法にLVLの厚板を組み合わせることで鉄骨造に匹敵する構造的なフレキシビリティーを持たせることができました。

LVLのパネルは国産のカラマツや杉で千葉県の木更津で製造、加工され、東京都江戸川区の現場で組み立てられました。このLVLのパネルは構造体であると同時に150mmの厚みを利用した一時間準耐火構造の外壁の性能も実現しています。現場では工場で製作し加工を施したLVLパネルを在来工法の柱や梁と一緒に取り付けます。150ミリの厚みのLVLのパネルは壁柱として鉛直力や水平力も負担します。

 出来上がった建物はスリットをもったLVLのパネルが何枚も並ぶ特徴的な外観を作り出しています。昼間はLVLのパネルの間から制御された光を室内に取り込むことができます。

夜は室内からの明かりがスリットを通して街に漏れ出します。150ミリの厚みのLVLは仕上げを施さず、室内の仕上げになています。外部については構造体であるLVL壁柱を長期にわたって風雨や紫外線にさらす事は問題が多いため、外部側に透湿防水シートを貼った上に中空層を30ミリ取った上で、仕上用の30ミリの厚みの積層面を見せたLVLを外壁の保護の為に仕上げとして貼っています。

この建物が郊外や田園地域の敷地十分広いものであれば大きな屋根などで外壁を保護するのですが、都市的な敷地環境であり、壁を大きな屋根で守ることができないため、今回のような交換可能な保護用のLVLで外壁を仕上げると言う方法を採用しました。これは都市的な環境の中で耐候性に配慮しながら建物を木質化していく1つの方法だと考えています。

 室内側から見ると外壁側の垂直なLVL壁は構造であり同時に仕上げでもあります。斜めの室内側の壁は防火区画を形成するため構造体を石膏ボードで被覆した上に15ミリ厚のLVL積層面の仕上げ材を貼っています。実際は幅2メートルのそれほど大きな空間ではありませんが、印象的な木質空間が出来上がったと考えています。

早瀬庵 お茶室: CLTとLVLをもちいた木質パネル工法のモデル

 早瀬庵 お茶室はLVLパネルとCLTを用いた建築です。これは2019年に竣工したばかりの建物です。この建物は宮島のある広島県廿日市市にあります。茶室と呼ばれていますが、この建物は小さな「庵」ではなく、広間の茶室と立礼の茶室、露地、露地庭そして調理体験室の各室からできています。敷地は交通量の多いバイパスに面した駐車場の奥にあり、静かな庭園の中にあるお茶室ではありません。そのため外の雑多な雰囲気から距離を作る箱のような建築を木質厚板構造で作り、その中にアプローチとなる露地と露地庭をつくり、そこからお茶の空間に入っていく構成を作り出しました。

 構造は壁には150ミリ厚のLVLを用いています。ニュージーランド産のラジアタパインをフィリピンの工場でLVLパネルにしたものです。屋根にはスラブには150ミリと90ミリの厚さの国産のヒノキと杉のハイブリッドのCLTを用いています。調理体験室のほうはスパンが6メートルほどなので150ミリのCLTを梁なしでかけ渡しています。お茶室の空間はスパンが約10メールとなり、CLTの厚さだけで構造を成立させるのは不合理と判断し、格子状の鉄骨ビルトTの梁の上に90ミリ厚のCLTを載せて屋根スラブを構成する構造としました。CLTのにかかる荷重が鉄骨の格子梁に伝わり、LVLの壁柱がそれを支える構造となっています。小さな建物ですがLVLパネルとCLTを組み合わせた2種類の構造形式を併存させています。

 LVLは国産の木材ではなく日本のメーカーがニュージーランドに所有している森で育てたラジアタパインをフィリピンの工場でLVLパネルとし日本に運び込んだものです。CLTは日本では杉を用いたものが多いのですが、今回は表面側にヒノキを用いたヒノキと杉の複合のパネルを用いています。壁は外国の木材、屋根スラブは国産の木材を利用しているといえます。茶室の屋根に用いた90ミリのCLTは幅2メートル長さ10.6メートルほどの大きさがあります。本来は幅3メートルのCLTも日本で製造可能ですが運搬の都合上2メートルから2.4メートルほどにしなければならないと言う制約があり、交通事情や法律が日本でのCLT普及の1つのハードルとなっています。LVLパネルは今回はフィリピン工場の製作限界を考慮し幅1.2メートル長さ4.5メートルの範囲に収めています。それぞれのLVLパネルとCLTが同じ岡山の工場に運び込まれ施工図に沿って加工され、工事現場に運ばれ、建て方が行われました。

 茶室の立礼の空間にはラジアタパインLVLの板目の表情がそのまま現しとなっています。非常に成長の早いラジアタパインのテクスチャーが独特の表情を作り出しています。また天井を見上げると白く塗装した鉄骨の格子梁の上にヒノキのCLTの柔らかな表情が見えています。外部の雨懸りになる壁面はみやむら動物病院と同じように構造体のLVLの上に透湿防水シートを貼り、その上に積層面の見えるLVLを仕上げとして取り付けています。

 お茶に招かれた人々はLVLの特徴的な仕上げの壁面に挟まれた露地空間を通り、奥のモダンな路地庭に辿り着きます。外部と茶室を区切るのは大型の引き戸です。これを開放すると内部の茶室の空間と露地庭がつながり一体の空間となります。

お茶室の壁の一部には漆を用いたアート作品を展示しています。漆は木材の耐久性を上げる伝統的な技術ですが、いつか漆を本格的に建築の仕上げに取り込む方法も考えてみたいと考えています。LVLとCLTで作った構造体の中には伝統的な数寄屋の技法を用いた茶室を作っています。数寄屋の木の空間と、LVLやCLTを組み合わせた新しい木の空間が対比され独特な体験を作り出します。

 このお茶室の建物は延床175平方メートルほどの小さな建築ですが、このLVL壁とCLTスラブ、鉄骨の小梁の組み合わせはそのまま二層三層と積み上げることが可能な木質ビルのプロトタイプとして位置づけることも可能です。将来そのような計画を行ってみたいと考えています。

世界、そして日本での地産都消の先進事例

 最初に紹介したみやむら動物病院では日本の杉やカラマツを日本のLVL工場でパネルにし、東京の現場で利用しました。後半にお話しした早瀬庵お茶室では日本の杉とヒノキを用いたCLTと、ニュージーランドで育ったラジアータパインをフィリピン工場でパネルにしたLVLを広島の現場で使用しました。いずれもそれぞれの地域では元来ローカルな製品である木質パネルを都市的な環境で用いるトライアルであると言えると思います。

 木材を通じたローカルな地域から世界への発信ということを考えるとき、いくつかの地域や取り組みが思い出されます。

 例えばCLTを開発したオーストリアのメーカーKLHも興味深い事例だと思います。オーストリアの本社と工場も見学に行きましたが、必ずしも交通の便も良いと思えないオーストリア内陸の山あいにあります。工場も次第に増築されて整ってきたそうですが、ここから世界中にCLTパネルを発送しているとは思えない、それほど巨大な工場ではありません。歩留まりの良くない木材しか手に入らない地域で、生産性を上げ木材の価値を上げるアイディアとしてCLTと言う技術を開発し世界中に発信し生産を続けているKLHという企業の取り組みは特筆するべきものだと思います。

 あるいは日本の岐阜県中津川市の加子母という山あいの地域を本拠地とする中島工務店という建設会社があります。伊勢神宮などにも用いる神宮備林なども近い谷間にいくつかの工場や作業場が点在しています。この会社がユニークだと思うのは、プレカットや造作材の工場だけではなく大断面集成材の工場なども持っていることです。さらには別の工場では神社や寺を手がける社寺工場もあり、高い技能をもつ棟梁を中心に手作業で一品生産の社寺を手がけているチームもいます。

 最初にこの会社を訪問した時、非常に非常に驚きました。大断面集成材のような工業化された技術に取り組むと同時に、手刻みの手仕事を中心とした社寺工場をもつという、一見正反対のアプローチの仕事が混在しているからです。しかし話を伺う中で、このような全く異なるアプローチの共存は、地域の木材をできるだけ価値の高い形で都市部に届ける方法であるということがわかりました。現代の日本では社寺の木造建築はもっとも木材の価値を高く見積もってもらえる使いかたでしょうし、大断面集成材とすることで公共的な規模の建築で用いてもらうことも可能です。また中島工務店は木材を都市部に販売するだけではなく、建築の設計から木材の製造加工、都市部での施工などを一貫して受ける中で、できるだけ多くのキャッシュを地域に貫流させることを心がけているそうです。東京や名古屋関西などにとどまらず、ときには北米や南米ヨーロッパなどで建築を行うこともあるそうです。

 KLHと中島工務店は国もアプローチも異なりますが、ともに山あいの小さな街から都市部や海外にまで市場を作り、飛び出していく姿勢が共通していると思います。

 自分自身も現在はLVLやCLTといったもともとは海外で開発された技術をもとに建築を設計していますが、何か日本オリジナルの技術や技術の組み合わせ方を考え、日本からアジア諸国あるいは世界へ発信していける設計や開発に携わりたいと考えて活動していきたいと思います。

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