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《追風用意》に憧れて

香りの嗜みに、「追風用意」という言葉があります。

『徒然草』第四十四段の描写に、
都から離れた山里で、さる宮様の仏事があるとのことで、
誰が見るともないのに、
田舎の畦道を、情趣ありげに笛を吹きながら、邸宅に入っていく、清らかな公達がいたり、
御堂では、

〜夜寒の風に誘はれ来る空薫物の匂も、身にしむここちす。
寝殿より御堂の廊に通ふ女房の、追風の用意など、人目なき山里ともいはず、心づかひしたり。〜

女官の焚きしめた、追い風に伝わるような移り香が、嗜みと風情を醸し出していると。

貴人の集う都内でなくても、誰も見聞きせぬ鄙びたところであっても、
そこに在る人々の雅やかさが、香りによって感じられる…これこそ「そこはかとなき、もののあわれ」な雰囲気。

香りの嗜み…憧れます。


私は、旅したその土地を、ニオイの印象で認識するのが常でした。
説明が難しいですが、土地ごとに特有のニオイがあります。それは、嗅覚で認識するニオイとは違うようです。
土からか、水からか、木からか、風からか…五感を通じて直感に刻まれるような印象が、私の場合“ニオイ”で認識されるらしい。

そうした自然界から立ち込める感覚的なニオイとは別に、
明らかに現実としての、お寺のニオイ…つまりは抹香の香りが昔から好きでした。
常に焚いているから寺院には染みついていますが、こちらも、現実としてのお香とは別に、その寺の長年の歴史やなりたちが、独自の香りとなって感じられるようで、
同じお香を自宅で焚いても、同じ香りになることはありません。

ひとり旅を知り、各地の香りに敏感になり、
親もとを離れた大学生の頃から、部屋でお香をモクモク焚くようになりました。
実家では母が、香りを放つものを嫌うため、コロンすらつけられないくらいだったので…

はじめは、身近な雑貨屋で手に入れやすい、安価なインド香や中国香から親しめる香りを選び、
その後、関東では鎌倉や神楽坂の香舗を訪ね、
次第に、通販で博多や淡路島のお香を取り寄せたり、
和歌研究の世界に入って京都奈良へフィールドワークするようになってからは、伝統の香舗を訪ね、古刹で使っているお香を聞いたりして、いろいろ試しました。

現在は、自分が好きなのは甘い香りではなく、キリッとスパイシーな沈香系とわかって、決まった銘柄のお気に入りを焚いています。

香りと煙に包まれていると、集中できるし、
記憶って、香りに刻まれることも多いから、
読書も、執筆も、研究作業も、すごくはかどるし、記憶を呼び覚まそうとする時、香りの記憶と共に思い起こされるようになります。
(受験生は、暗記物の自習をする際、受験中に身につけても問題ない、小さな匂い袋を常に持って勉強するといいかも)

また、『源氏物語』などによく見る、
衣装や手紙に香りを焚きしめるのにも憧れましたが、
煙で焚くお香だと、香りより、焦げ臭いばかりで…
手帳や文具箱には、香木や文香を忍ばせています。(おかげで私の名刺も、いい香りです♪)

空薫物に長年憧れながらも、かなり贅沢になるので、
いつか香道を学びたいなぁと思いながら、なかなか叶わないのが残念。

仕事柄、アロマも勉強していますが、
もし自分のサロンを持てたら、
空薫と抹茶など、和の空間で癒やしを提供したいと夢見ています。


さて、移り香残り香を表す、「追風用意」という言葉に憧れ、
匂い袋を自分で作ったり、お気に入りを探したりしましたが、
もっとさりげなく身にまといたくて、
最近では“塗香”を使うようになりました。

塗香(ずこう)は、粉末状のお香で、
お寺では、写経の前や、ご本尊様に直接拝する際に、ほんの少し手につけて、身を清めるために使われています。

知ってすぐに、京都で有名な香舗3店舗で、それぞれの塗香を入手しました。

肌につけられるので、最初は手首や手のひらから入りましたが、最近では身支度の際に、脇のあたりやデコルテにつけたりもします。

時間が経つにつれて、意外なほど甘い香りになります。
和菓子の中に包まれているみたいな感覚。

制汗剤より、体臭に馴染むし、肌にも環境にも負担がない。

清めになるので、
人や場所の影響を受けやすく、
疲れやすい(憑かれやすい)、敏感体質の人にも効果的です。
人によっては、あまりにしんどい時には、舌先でちょこっと舐めるとのこと。

印籠や根付みたいな容れ物で持ち歩きますが、
ちょっと思いついて、
パウダーファンデの使い終わったコンパクトに入れて、パフで軽くはたくのを試してみました。
これだと体につけやすい。

塗香入れコレクションの一部

香りって、自分には気持ちよくても、人により好みがあるし、
純粋な天然アロマオイルでも、アレルギーでダメという人もいる。
香水のように、つけているうちに本人は感じなくなって、気づかずキツイ香りを充満させることもあるし、
柔軟剤や人工香料による香害も社会問題になっているから、

控えめにさりげなく…だけは、くれぐれも心がけながら、香りを楽しみたいと思っています。



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