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腸内細菌の働きを、不躾ながらあっさりまとめます

前回少し触れたように、微生物はこの地球という惑星を今の形につくり、維持するためにもっとも重要な存在と言ってもいい。

動物も植物も、ほとんどすべての生き物は微生物の恩恵によって生かされている。

今回は、微生物の中でも研究の進んでいる腸内細菌を例にとって、彼らが私たちヒトの体で何をしてくれているのか、わかっている範囲で紹介したい。(1-3)
もちろんわからないことのほうが圧倒的に多いので、こんな記事ひとつにまとめようとすること自体菌たちに失礼ではあるかもしれないけれど。

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食物繊維の消化と栄養吸収

食べることが好き、という人はきっと私だけではないはずだ。
寒い冬につつく具だくさんの鍋や、真夏に汗をかきながら食べる冷やしトマト、じっくり焼いたさつまいも、季節を問わず毎日欠かさずいただくお米がなかったとしたら、人生にどんな意味があるだろう?

これらの穀物や野菜は、私たちの楽しみとしてあるだけではなく大切な栄養源でもある。
それにもかかわらず、と言うべきだろう。
穀物や野菜に含まれる栄養分の多くを、私たちは自分の体だけでは消化・吸収できない。より正確には、自分たちの持つ遺伝子の働きの範囲内では。

腸内細菌たちがいなければ、私たちのつくる酵素だけでは分解できない食べ物は腸を通過して排泄されてしまう。

私たちの腸壁はびっしりと凹凸のヒダに覆われ、もし広げたとするとテニスコート一面分くらいの表面積がある。ここに無数の細菌たちが棲みついていて、腸から効率よく栄養が吸収できるようにしてくれている。

無菌マウスは腸壁の表面積が小さく、同じエネルギーを得るのに30%も多く食物を摂取しなくてはならない。(4, P36)
同じことをヒトで検証するのは難しい。まったく腸内細菌を持たない人間が存在しないからだ。もし、菌たちが体からいなくなって、いつもの五倍食べても全然太らないとしたら、あなたはそんな体をほしがるだろうか?

腸内細菌がいないことによるその他のさまざまなデメリットがなかったとしても、私ならお断りだ。そんな体になってしまったら、ただでさえ危機的な食料問題にわずかながら拍車をかけることになるし、なにより家でも売らないと食費を賄えなくなる。

真逆の見方をすれば、ほとんど何も食べなくても生きていける人たちは腸内細菌のおかげでエネルギーの燃費がすごくいいのかもしれない。

必須物質・有用物質をつくる

消化吸収を助けるだけではなく、私たちヒトが作り出すことのできない物質を提供してくれるのも腸内細菌たちだ。

彼らの中には、脳の働きに不可欠なビタミンB12や、血液の凝固に必要なビタミンKを作ってくれるものがある。
ずっと昔に私たちの祖先が誕生したとき、それらのビタミンを作るメカニズムを進化させるよりも、代わりにその仕事をしてくれる微生物を体内に住まわせるほうがずっと効率的だったのだろう。

菌たちが食物繊維などを分解するときに産生する有機酸(特に乳酸、酢酸、酪酸などの短鎖脂肪酸)も私たちの健康に大いに役立ってくれている。

薬剤やその他物質の代謝、解毒

薬の効き目も腸内細菌の構成に依存する場合がある。心臓の疾患に用いられるジゴキシンという薬剤はその代表だ(5, P34)。
発ガン性物質の解毒や、腎臓結石のなりやすさ、脂質代謝も腸内細菌の働きに左右される。
これらは、細菌たちと肝臓の連携プレーによるところが大きい。

将来的に、腸内細菌を含むマイクロバイオームの状態が、疾患のなりやすさの指標や、治療の効き目をコントロールする鍵となるだろうと予測されている。

ほかにも、剥がれた腸壁などの内因性のタンパク質を分解してくれる菌たちもいる。

外敵から身を守る免疫としての働き

生態学的観点から見ると、私たちと一緒にこの世に生まれたときから腸内に棲みついて自分の居場所を確保している細菌たちにとって、外から新たに侵入してきた病原体は厄介なよそ者でしかない。
当然、できる限りのことをして排除しようとする。

これは、できれば腸に棲みついてほしいと私たちが願って意図的に摂取する乳酸菌などにも同じことが言えるのだが、こと病原菌に関してはありがたい仕組みだ。

細菌たちは自分たちで病原体に対抗するだけではない。
彼らはヒトの持つ2つの免疫系(先天性免疫と後天性免疫)とも密接な関わりを持つ。
病原体が私たちの体内で増殖するか、速やかに排出されてしまうかを決めるのは、細菌が私たちの「抗病原体化合物」をコードする遺伝子に働きかけてくれるかどうかが重要なのだ。

腸内細菌たちの連携がうまくいっていないと、腸の内外にかかわらず免疫系の疾患を引き起こすことも知られている。クローン病や喘息などがその一例だ。

このようなことが知られるようになってから、免疫は先天性免疫、後天性免疫に次ぐ第3の免疫機構として注目されている。(この前に物理的・化学的バリアを加えて第4の免疫とする説もある)

認知能力や心の発達を助ける

マイクロバイオームの研究が本格的に始まって20年も経たないが、微生物は私たちの中枢神経にまで作用しうるということがすでにわかっている。

例えばある種の寄生虫は、宿主であるカエルの体を奇形にしたり、アリの行動を変えさせたりして自分に有利なように仕向ける。狂犬病ウイルスやトキソプラズマや毛様線虫も、自分たちが他の宿主に次々に乗り換えられるよう、宿主の行動をコントロールする。

「脳腸相関」という言葉ができるずっと前から、脳と腸の働きが関連していることは知られていた。
それが実は「脳腸内細菌相関」と言い換えられる可能性が、つぎつぎに示されている。私たちの性格や頭の良さ、増え続ける精神疾患や発達障害までもが、腸内細菌たちの働きに大きく左右されている可能性がある。

「腸内細菌に棲み家とエサを与えて、代わりに家賃をもらう相利共生の関係」という表現をよく耳にする。
私たちの分解できないものを分解してくれ、そのうえこんなにもたくさんの働きをしてくれている彼らには、逆に家賃を払って住んでもらいたいくらいである。
彼らに見放されないよう、魅力的な腸内環境でいたいものだ。

参考文献リスト

1. Rowland I, Gibson G, Heinken A, et al. Gut microbiota functions: metabolism of nutrients and other food components. Eur J Nutr. 2018;57(1):1-24. doi:10.1007/s00394-017-1445-8
2. Turnbaugh PJ, Ley RE, Hamady M, Fraser-Liggett CM, Knight R, Gordon JI. The Human Microbiome Project. Nature. 2007;449(7164):804-810. doi:10.1038/nature06244
3. Jandhyala SM, Talukdar R, Subramanyam C, Vuyyuru H, Sasikala M, Reddy DN. Role of the normal gut microbiota. World J Gastroenterol WJG. 2015;21(29):8787-8803. doi:10.3748/wjg.v21.i29.8787
4. Collen A, アランナコリン. あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた. 河出書房新社; 2020.
5. マーティン・J・ブレイザー. 失われてゆく、我々の内なる細菌. みすず書房; 2015.

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