見出し画像

研究開発とイノベーションモデル

はじめに

このコンテンツでは、研究開発とイノベーションモデルについて紹介します。日本ではイノベーションを「技術革新」と訳すことが多いですが、もう少し広い概念であることを本文で説明します。
本コンテンツ作成にあたり日本プロジェクトマネジメント協会の書籍等を主な参考資料としています。

参考書籍:研究開発を成功に導くプログラムマネジメント

線形モデルと連鎖モデル

日本プロジェクトマネジメント協会の書籍によると、研究開発とイノベーション(技術革新)のモデルには、「線形モデル」「連鎖モデル」の2種類があると記述されています。
科学におけるモデルとは、理論を説明・可視化した具体的な図や立体、数式などのことです。

線形モデル

能力の高い研究者、研究資金、研究設備を揃えて時間を与えれば、科学的発見がもたらされ、そこから新製品が生まれる<中略>このような研究の進め方を「線形モデル」という。

研究開発を成功に導くプログラムマネジメント|P.10

線形モデルは、リニア・モデル(linear model)またはパイプライン・モデルとも呼ばれています。基本的な線形モデルは「基礎研究」⇒「応用研究」⇒「開発」⇒「製品の生産&普及」という直線的で一方向の因果関係で表現されます。
また、派生形の線形モデルとして「研究」⇒「開発」⇒「生産」⇒「販売」という因果関係で表現されるなどいくつかの種類がありますが、いずれも技術や研究開発の成果を起点とするシーズオリエンテッドを重視したモデルだと言えそうです。

線形モデルにおいて研究開発から事業化までの障壁として有名な表現に、「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」があります。

出典:経済産業省 イノベーション循環の実現に向けた政策の方向性をもとに修正

「魔の川」は「研究」と「開発」の間に存在し、研究結果が製品開発に結び付かないケースなどがあげられます。
「死の谷」は「開発」と「事業化」の間に存在し、事業として収益化を見込むことが困難なケースなどがあげられます。
「ダーウィンの海」は「事業化」と「産業化」の間に存在し、市場で勝ち残ることが困難となるケースなどがあげられます。自然界の生存競争に似ていることから、進化論のダーウィンになぞらえて「ダーウィンの海」と称されています。

出典:経済産業省 イノベーション循環の実現に向けた政策の方向性をもとに修正

これらの「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」を乗り越えられるようなイノベーション(創造的革新)を支援するために、経済産業省では様々な支援政策を行っています。国プロ(政府研究開発プロジェクト)で基礎研究に対する支援をすることから始まり、事業化・産業化に向けてはF/S(フィジビリティ・スタディ)実証の費用補助や、スタートアップやイノベーション拠点を支援するための税制改革や規制改革も行っています。

参考資料:経済産業省 イノベーション循環の実現に向けた政策の方向性

連鎖モデル

連鎖モデルでは、新製品の形成プロセスは、科学技術知識の生成過程と密接に連携しながらも、そのスタート地点は市場発見であるとしている。

研究開発を成功に導くプログラムマネジメント|P.10

連鎖モデルは、チェーンリンクト・モデル(Chain-linked Model)とも呼ばれています。このモデルは、実業家や調査コンサルタント等の台頭によって1950年以降から徐々に論じられ始めました。18世紀後半から資本主義経済が進んだことにも影響されているかもしれません。

出典:Kline and Rosenbergのイノベーションの連鎖モデルをもとに作成
出典:Kline and Rosenbergのイノベーションの連鎖モデルをもとに作成

連鎖モデルは、「潜在的市場」を起点に「研究」「開発」「事業」が有機的に繋がっているモデルです。「研究」と「事業開発」の間を(創造的な)知識で繋がっている部分が特に重要なポイントです。
社会やユーザの課題解決や要求を起点に検討するニーズオリエンテッドを考慮したモデルだと言えそうです。但し、あくまで「潜在的市場」が起点になっており、明らかに見えている顕在的な市場ではないという点に注意が必要です。

イノベーションモデル

「線形モデル」と「連鎖モデル」のいずれにも深く関連するイノベーション理論の提唱者ヨーゼフ・シュンペーターと、2つのイノベーションモデルを紹介します。

シュンペーターとイノベーション理論

ヨーゼフ・アロイス・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter:1883-1950)はオーストリア・ハンガリー(後のチェコ)生まれの経済学者で、「イノベーション」という言葉で経済の変革を表現した最初の人です。イノベーションは日本語で「技術革新」と訳されることが多いですが、実際には技術以外の革新(例えば市場開拓や社会構造変化)も含めた広義の意味を持ちます。
その根拠として、シュンペーターは最初「イノベーション」ではなく「新結合(New Combination)」という言葉を使っていました。また、イノベーションの実行者を「起業家、アントレプレナー(Entrepreneur)」と呼びました。今日では、新しい組み合わせ(新結合)によって新たなビジネスを創造する人を指す普通名詞として「アントレプレナー」は完全に定着しています。

新結合およびイノベーションの分類

シュンペーターはイノベーションの分類として以下の5つを提示しています。

  1. 新しい商品の生産

  2. 新しい生産方法

  3. 新しい市場の開拓

  4. 新しい原料(または半製品)の供給源

  5. 新しい組織・構造

1~4は全て商品(プロダクト)に関連しています。5はイノベーションには社会構造や組織構造(つまりアーキテクチャ)が強く関係することを示しています。また、1~5は全て、人間の知識創造によってもたらされることも重要なポイントです。

参考資料:J-STAGE イノベーションと組織的知識創造

シュンペーターのイノベーションモデル:Mark I

独創的な発明・発見を行う起業家(アントレプレナー)の役割を重視したモデルです。

出典:Shumpeter Mark I をもとに作成

資本主義経済の発展フェーズで機能したイノベーションモデルです。既存の企業が現状の構造を強化するのに対して、英雄的な起業家が新たな市場獲得のため破壊的創造によってイノベーションを起こすことを示しています。

シュンペーターのイノベーションモデル:Mark II

起業家から大企業がイノベーションを主導するという、資本主義社会の実情に合わせてアップデートされたモデルです。

Shumpeter Mark II をもとに作成

資本主義経済と社会主義・民主主義が安定したフェーズで機能するイノベーションモデルです。外因的な技術と内因的な研究開発が相互作用しながら、大企業がイノベーションへの投資をコントロールします。これは大企業が市場構造を変化させていく主体となっていることを示しています。日本国内でも、研究開発に対する投資を増やす大企業が増えた時期があり、このモデルが成立した時期と重なります。新たにモデルの要素として加わった「革新的投資の管理」には「創造的な知識」が欠かせません。
また、昨今では中小企業やスタートアップによる「創造的な知識」によって、イノベーションを起こす海外事例も増えてきました。必ずしも大企業だけがイノベーションを発生させる主体になるとは限らないようです。

参考資料:内閣官房 新しい資本主義実現会議 基礎資料
参考資料:明治大学 イノベーションに関するリニア・モデル vs 連鎖モデル

研究開発とイノベーションモデルのまとめ

研究開発とイノベーションのモデルには、「線形モデル」「連鎖モデル」の2種類がありました。「研究」⇒「開発」⇒「製品の生産」が一直線に成立しなかった時に生じる事業リスクから、起業家や大企業に焦点を当てた現代的なイノベーションモデルが「連鎖モデル」であると言えそうです。
一方で、起業家が「事業」のみに焦点を当てたとしてもイノベーションに繋がる「研究開発」は効果的に行えないことから、一概に「線形モデル」と「連鎖モデル」のどちらが優れているとも言えません。ただ、イノベーションの触媒となるのは「創造的な知識」であることは確実です。また、どちらのモデルも「研究」「開発」「事業」の要素が含まれているのため、見方によっては「連鎖モデル」は「線形モデル」の特徴を包含しているようにも見ることができます。
人の知識創造から起こされるイノベーションモデルは、今後も少しずつ改良されていくことが見込まれます。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?