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ベロニカは死ぬことにした

久しぶりの小説読書習慣を始めるにあたり、まずはどの作品にするかを時間をかけて考えた結果、前向きで力強いものにしたいと思い、こちらを選定した。内容は知らなかったが、「アルケミスト」を書いた作家だったので。
若くて器量も良い女の子が自殺しようとして死ねず、一方で致命的なダメージを受けて余命数日を宣告される。そんな設定の物語。
自殺の理由は、退屈な人生にさよならを告げる程度のもので、おそらく彼女なりに死のタイミングを選んだはずだった。結局死ねず、数日の余命が生まれてしまったということは、考える時間が生まれてしまったということだ。
わたしはそんな彼女の心のうちを想像しながら、本当に死ぬのなら、生きる欲求を湧きおこす出来事や考えに遭遇しない方が良いよね。睡眠薬に自ら手を出した時の気持ちが続いた方が楽だよね。なんて少し苦い気持ちになりながら、どんな描写をしていくのかが気になった。そしてこの残酷にも思える設定に興味を覚えた。「アルケミスト」を書いた作家なので、結局死なないって結末もあり得ることも想定した。
やはり物語では、彼女が死を明確に意識し余生を過ごすことで生まれる出来事や考えに満ちている。わたしは描かれたそれらを必ずしも生への欲求に直結するようなものとは捉えなかったが、彼女に、そして、彼女が収容された精神病棟の住人たちに影響を与える。普通って何?狂気って何?という問いかけが、作中でもよく出てきたように思う。
ベロニカが収容される「ヴィレット」と呼ばれる精神病院に登場する、ベロニカ以外の三人の患者たちも魅力的だった。それぞれに物語があり、それぞれが波を立てて、ベロニカと相互に影響を与える。だが、患者はいずれも現実の精神病院の病床にいる人たちとは違ったように見えた。それぞれに知性があり、感性があり、スペックも高い人たちだったと思う。だが、それは、スロベニアという舞台の地政学不安を背景に、そんこともあり得るのかもしれないとも思えた。だが、余命数日のベロニカがどうしてこんなに活動できるのか、という違和感はずっとあった。
文章は時折、神話やオカルト的な話を挿れながらも、あくまで小説描写として丁寧に書き切っていたようにわたしは見受けた。アルケミストの作家ってこんなことも書けるのかと感嘆した。
何よりテーマと、結末が良いと思った。死を本気で意識して動けば生が輝き出す可能性を感じて、感動を覚えた。
翻訳も良かったと思う。原作に割と忠実な形で翻訳したのだろうか、三人称による物語展開のため、時折主語が誰だがわからないこともあったが、著者の温度感がよく伝わった気がした。


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