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基地の街 #2

 「米軍基地の街に行ってみたいんだよね」付き合ったばかりの恋人にそう言われました。僕たちが付き合い始めたのは6月でした。「横須賀なら一度行ったことがあるんだよ」「私も行きたい」付き合ったばかりであったし、二人で遠出をしたことはまだありませんでした。

 「基地の敷地内に入れるオープンベースがあるみたいなんだよ。行くならその日に行ってみない?」その頃はインターネットが一般的に普及している時代ではありませんでした。

 僕は予備校の頃の友人からオープンベースは7月4日の独立記念日の前後に行われると聞いていました。調べるにしてもどこに聞けば良いかわかりませんでした。その友人に電話をしてみると7月の第1週目にキャンプ座間でオープンベースがあると言っていました。僕らは独立記念日の後の週末に行ってみることに決めました。

 キャンプ座間はアメリカ陸軍管轄の基地です。横須賀、厚木は海軍、横田は空軍と管轄が違います。小田急線の相武台前駅が最寄りのようだったのでまずはそこを目指しました。

 向かう電車内で彼女と何の話をしたのかはほとんど憶えていません。村上龍さんの「愛と幻想のファシズム」の内容について熱心に語ってくれたことだけ鮮明に憶えているだけです。

 駅に着くと次はバスに乗り込み「座間キャンプ前」停留所を目指しました。そこでおかしいと気づくべきだったのです。乗っているバスはあまりに乗客が少なかったのです。おかしいなと思いつつも楽しそうにしている彼女を見ていると何も言えませんでした。

 そして目的の停留所に着くとバスを降りてゲートに向かって歩いて行きました。基地に向かう人間は僕たちしかいませんでした。流石に彼女もおかしいと思いはじめたようでした。ゲートに着くと門は閉ざされていました。それもそのはずです、今年のオープンベースは先週だったのです。

 途方にくれましたが、ゲートにいる人に尋ねてみることにしました。「残念だね。オープンベースは先週だよ。また機会があるからその時に来てみて」そう言うと、これからキャンプ座間で行われる日程が書かれたチラシをくれました。

 二人で肩を落としていると哀れに思ったのか「中のPXまでなら連れて行ってあげるよ」と言ってくれました。PXとはpost exchange. 駐屯地内の売店です。写真撮影は禁止、あと手荷物は預けなければなりませんでした。

 僕らは職員が通るところから中に入れてもらい、キャンプ座間に足を踏み入れることができました。基地という感じはあまりしません。木が生い茂っている中に教会がありました。そのちょっと奥に一台だけ榴弾砲のようなものが見えました。そこでようやく米軍基地なのだと思いました。

 PXに着くと「ドルでも日本円でも会計できるからね」と言われ、中で買い物をしました。とにかくアメリカの雑誌やら食品、日用品まで生活雑貨は何でも売っていました。何を買ったのかは全く憶えていません。輸入物のお菓子は買いました。買い物が済むまで案内してくれた職員さんが外で待っていました。許可証も持っていない人間たちですから、一応は見ていないといけなかったのでしょう。

 そしてゲートに向かい、お礼を言ってキャンプ座間を後にしました。恋人はちゃんと案内してくれた基地の職員さんに「珍しくもないでしょうけど」と言ってPXで買ったお菓子を渡していました。

 開放日をしっかり調べないで出かけましたが、結果的には想像とは違った体験が出来たのでした。基地の街に出かけ、基地の中に入ることができ、その日常に僅かですがふれることが出来たのでした。

 そして夕日の差しこむ帰りの電車の中でも、恋人は「愛と幻想のファシズム」の内容について熱心に語ってくれたのでした。


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