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【嘘日記】翁の見切り

つい先日、買い物を終えて駐車場の車に向かうときに、
背筋の伸びたロマンスグレーの似合うおじいさんが反対からやってきた。

お互いに一瞬止まり、自分が避けようと左へと脚を動かす。
ほぼ同時におじいさんも向かって左へ足を動かす。
結果、若干の気まずさとともに膠着する。
これは仕方ない、よくある話だ。

自分はこの現象に対して持論を持っている。
相手の上半身ではなく、足元を見る事で動きをいち早く察知して行動をするのだ。

おじいさんの足元を注視する。
どうやらすぐに動く気配はないようだ。
となればこのまま自分が動けば、止まっている相手を避けて先に進むことができるはずだ。

特に理由のない「あえてのまた左」を敢行し、左脚を前へ。

するとその瞬間、まだ動かした足が着地する前に、
おじいさんの右脚が動いた。
その時に直感した。この翁、こちらの動きに合わせている…!

瞬間、嫌な汗がじっとりと背中を覆う。
自分はとんでもない相手を前にしていると、本能が分からされている。
改めておじいさんの顔を見る、するとその視線はこちらの腰を捉えていた。

そうか…この方は脚運び等ではなく腰を、重心の移動を観察することでより早く相手の行動を読んでいるのか…!

力量の差を強く感じ、思考が鈍化しかけたその時、おじいさんが動いた。
向かって左、3度目の左。
そのあまりにも自然でなんの予兆もない流れるような動きに、自分は反応することができなかった。

おじいさんは、自分の横を通り過ぎざまに、

「見えているよ」

と。

完敗だった。
自分のような若輩が考える足元云々など、彼のような者に対しては意味をなさなかった。掌の上だったのだ。

半ば放心の中、車へと戻り乗り込む。
シートベルトを締めようと自分の腰あたりに目をやると、

チャックが全開だった。


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