くるま
「君は運転できるの?」
師匠である春風亭昇太が僕に聞いてきた。
「免許はあるんですが、免許を取ったその日からハンドルを握ってません。」
「なんだそりゃ。」
そんな会話をした。
僕の地元である山形は車社会。どこに行くのでも車がなくては不便で仕方がない。親に言われ、高校卒業後すぐに取ったのだが、大学進学で上京し、それ以来運転していない。東京で生活してると、こんなところで運転できるわけないと絶望する。
「山形ではできるだろ。」
と続けて師匠に聞かれたが、もう運転すら怖くてできない。
山形に帰った時は、親の車もしくは、自力でバスなり徒歩でなんとかしてきた。
そりゃ、運転できたら楽しいなともたまには思う。ドライブデートなんて最高すぎるだろ。夜の首都高を彼女とドライブ。結局、運転怖いから叶わぬ夢であった。
修行期間中である前座の頃、車に乗ると言えば師匠のマネージャーさんの車であった。師匠の移動手段は基本的にはマネージャーさんの車で、都内の落語会や、東京駅やら羽田空港に向かうのだ。
落語会終わり、たまに一緒に乗ることもある。車が首都高に入る時もあり、そんな時は少しテンションが上がる。
「首都高なんていつぶりだろう。学生時代、先輩たちと乗ったな、、」
そんなことを思いながら、夜の首都高をマネージャーさんの車が進んでいく。助手席に乗り、後部座席にいる師匠に緊張しながら、また1日の疲れを引きずりながらではあるが、首都高から見る東京の夜景は最高過ぎた。ある時はレインボーブリッジ、ある時は東京タワー、ビル群と次々に景色は移り変わる。ああ、前座の修行が終わるまであと2年か、あと1年かとそんなことを考えながら、景色を見ていたものだ。
「君は運転できるの?」
冒頭の会話をしたのは、先日のこと。
北九州で師匠の独演会が終わったあとの帰りのタクシーだった。空港まで40分と少し長く、会が終わった後ということで、若干の眠気がある。
外は天気雨だった。
3月で天気雨ってあんまりないよなーなんて思いながら、うつらうつらしていた。空港近くになった頃である。師匠が
「おい、虹だぞ!」
見ると、バカでかい、そしてしっかり繋がっている雨上がりの虹が出ていた。
「虹ですね!なんか久しぶりに見ました!」
いい年の2人が、師弟で、虹だ!虹だ!と言っているのはなんだか不思議なものだった。
普段、車に乗ることが少ない分、小さなことでもなにかと残ってるものである。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?