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ひかりの続き

*第44回BKラジオドラマ脚本賞最終選考選出作品

〇 あらすじ
 病室で目覚めた宮田浩二(36)は、起き上がろうとするも全く身動きがとれない。困惑している中、元妻の白川香耶(35)や担当医の荻野創平(41)により自分は交通事故で全身不随の状態だと知らされる。辛うじて動かすことができるのは目だけである――。

〇 登場人物
宮田浩二(36)大里大学病院入院患者
白川香耶(35)宮田の元妻
荻野創平(41)大里大学病院脳神経外科医
白川辰夫(62)香耶の父親
看護師 (20代)
音声ガイド

 

○ シナリオ全文

   人工呼吸器の可動音FI

   心電図の音

   眩しい光に包まれる音

 

宮田「ん? 眩しい……白い……どこだここ。ぼやけてよくわからない……あ、蛍光灯……俺、どこで寝てたんだっけ。てか寝てたのか。そっか。起きなきゃな。あれ? 動かない。え? 何でだ? 身体が全く動かない……って言うか、力が入らない?」

香耶(OFF)「(驚いて)浩二!」

宮田「ん? 誰か俺のこと呼んでる?」

 

   慌てて駆け寄る香耶

 

香耶「浩二⁈ 見えるの? 見えてるの?」

宮田「え、香耶? もちろん、見えるけど、何で香耶がここに?」

香耶「(慌てて)せ、先生呼ばなきゃ。ナースコール押さなきゃ!」

宮田「何言ってんの香耶? ナースコール? ってことは……病院? 何で病院に? あれ? 俺、声出ない? 何で? おい香耶、香耶! って言いたいのに、しゃべれない」

香耶「先生! すぐ来てください! 浩二が目を開けてるんです! 目を覚ましたんです! ……ねえ浩二、私、香耶。わかる?」

宮田「わかる。けど、声が出ないんだ」

 

   扉開閉音

 

荻野(OFF)「宮田さん」

 

   慌てて駆け寄る荻野

 

香耶「(焦って)先生! 浩二の意識は⁈ ちゃんと見えてるんでしょうか⁈」

荻野「落ち着いてください奥様。宮田さん? わかりますか? 聞こえますか?」

宮田「わかる。聞こえる。でも、声が出ない」

荻野「宮田さん、もし、聞こえているようで あれば、ゆっくりでいいのでまばたきをしてください」

宮田「まばたき? あ、本当だ。目は動く」

 

宮田N「その日、目覚めると俺は、目だけしか動かせない身体になっていた」

 

   M

   人工呼吸器の可動音

   心電図の音

 

荻野「こちらの言葉に反応していますし、口元も微かに動いています。今はまだ、朦朧としている部分もあるかと思いますが、意識はちゃんとあると思います」

香耶「(安堵して)よかった」

宮田「え、何? 俺一体何があったの?」

香耶「(興奮して)あのね! 浩二はもう二度と目を覚まさないかもしれないって言われてたの」

宮田「目を覚まさない? どういうこと?」

荻野「奥様、落ち着いて。私からお話します」

香耶「あ……あ、はい……」

荻野「宮田さん、初めまして。担当医の荻野です。宮田さんは、一か月ほど前、交差点を歩いている途中に飛び出してきた車にひかれて意識を失いました。交通事故に遭ったんです」

宮田「え……え、俺が? 事故?」

荻野「すぐに救急車で、ここ大里大学病院に運ばれて、緊急手術をし、なんとか一命を取り留めました。植物状態になる可能性が高かったんです。でも、今こうして目を覚ますことができた」

宮田「植物状態……まじかよ」

荻野「ただ、宮田さんは今、動くことも話すことも困難な状態です」

宮田「は? 何で?」

荻野「『上位頸椎損傷』と言って、脊髄の一番上を損傷してしまっているせいで全身が麻痺しています。自ら呼吸もできないので、人工呼吸器を繋いでいる状態です」

宮田「え……嘘だろ……俺が、全身麻痺? 人工呼吸器? いや、でもそうか。だからこんなにも身体に力が入らないんだ――」

 

   人工呼吸器の可動音

 

宮田N「さっきから聞こえている、この、機械に空気が絡まったような音が、どうやら自分に繋がれた人工呼吸器の音のようだ。そして俺は、事故に遭った時のことやその前後を、一切覚えていなかった」

 

荻野「奥様の方からは、ゆっくりと話しかけてあげてください」

香耶「はい……あの、先生?」

荻野「はい?」

香耶「前も言いましたが、私、今は奥様ではなくて……」

荻野「ああ、そうでした。大変失礼しました」

 

   荻野の靴音遠ざかる

   扉開閉音

 

香耶「『奥様』だって……もうとっくに別れてるのにね。でも、浩二が悪いんだよ? いつまでも私の連絡先を『配偶者』になんか登録してるから。しかも緊急連絡先にまで。そんなのは、離婚したらすぐに削除するもんなの。でも、まあ、そのおかげで私に真っ先に連絡がきたから、駆け付けてあげれたんだけどね……あ、目覚めたばっかなのに私しゃべり過ぎだよね(FO)」

 

宮田N「香耶の言う通り、今はもう配偶者ではない。元配偶者だ。俺達は既に離婚している。3年前のこと」

 

   包丁でまな板を叩く音

   食材を煮込む音

 

宮田N「俺達は、夫婦二人で居酒屋を営んでいた。居酒屋『ひかり』。全国各地の有名酒蔵から取り寄せた日本酒。『極めた日本酒とそれに合う本格的な料理』が、うちの売りだった。だけど、新型ウイルスの影響で閉店を余儀なくされた。正確に言うと自ら閉店を選んだのだ」

 

香耶「(溜息)ねえ、やっぱり仕入先変えよう? お酒は今まで通りでいいからさ、食材だけでも安いところに変えてさ」

宮田「(遮り)だめだ」

香耶「わかるよ? わかってるよ? 浩二が、本格的な美味しい味をお客さんに届けたい って思ってること。でも、ずーっと時短営業でさ? お客さんが来ない日だってある現状だよ? またいつ緊急事態宣言が出されたっておかしくないくらい感染者だって増え続けてるしさ? 何か対策打たないと 本当に店潰れちゃうよ?」

宮田「(遮り)わかってる!」

 

   まな板を強く叩く音

 

宮田「そんなの俺が一番わかってんだよ」

香耶「だったら、食材だけでも」

宮田「(遮り)うちの売りはどうなるんだよ! 本格的なお酒と料理だろ!」

香耶「だから、もうそんなこと言ってる場合じゃないって言ってるじゃん!」

宮田「そんなことって、うちにとってはそれが一番大事なことだろ!」

香耶「うちの売りって、本当にそれだけ?」

宮田「え?」

香耶「それが、居酒屋ひかりにとって、本当に一番大事なこと?」

宮田「当り前だろ。(溜息)そんなな、ろくでもない安い食材仕入れて料理提供するくらいなら、店なんて閉めた方がましだ」

香耶「え、浩二、それ、本気で言ってる?」

宮田「ああ、本気だ」

香耶「そう。もういい。疲れた。好きにして」

 

   駆け出していく香耶

   扉が強く閉まる音

 

宮田N「香耶はそれっきり、店には現れなかった。家から少しずつ香耶の荷物が無くなり、香耶は実家に帰って行った。離婚届が届いたのはその一か月後のこと。それからすぐ、二回目の緊急事態宣言が出されて、俺は、居酒屋ひかりを閉店した」

 

   人工呼吸器の可動音FI

   心電図の音

 

宮田「あれ? ああ、今のは夢か」

香耶「あんなに大好きだったのに」

宮田「ん? 香耶? そうか。これは、夢じゃなくて、現実」

香耶「お酒、嫌いになっちゃったの?」

宮田「俺が? お酒を嫌いに? 何で?」

香耶「事故の直前、私にチャット送ってきたんだよ? 『お酒もう美味しくない』って」

宮田「え? 本当に? 離婚してから、香耶に連絡なんてしたことなかったのに」

香耶「離婚してから、一回も連絡なんてきたことなかったのに……3年ぶりに急にたっ た一言、それだけだよ? それでその後すぐに病院から連絡くるんだもん……」

宮田「ごめん。それは、びっくりするよな」

香耶「浩二って、本当にお酒好きだったよね? 特に日本酒」

宮田「うん。だから日本酒を極めた居酒屋をやってたんだよ。閉店したけどね」

香耶「大学のグルメサークルで浮いてたの覚えてる? 皆はただ飲んだり食べたりわいわい盛り上がりたいだけなのに、浩二だけ一人、『田川錦の純米吟醸扱ってる店はただもんじゃない』とか、『けんせん雪だる まはオイル系の魚料理とよく合うんだ』とか、ずーっとぶつぶつ言って、かなりやば いやつだったよ」

宮田「あったなそんなこと。皆ひいてたよな」

香耶「まあ、そんな浩二と付き合って、日本各地の酒蔵巡りに付いてっちゃう私も、相当やばいやつだったけどね」

宮田「はは。確かに」

香耶「『日本酒を極めた居酒屋を開業する』なんて夢も叶えちゃってさ」

宮田「うん」

香耶「だから……だからさ、『お酒もう美味しくない』なんて、そんな簡単に言わないと思うんだ」

宮田「そう……だな」

香耶「ねえ浩二、居酒屋閉店してから、何してたの?」

宮田「普通にサラリーマンしようとしたけどどこも続かなくて転々としてた」

香耶「あ、唇、震えてる。答えようとしてくれてるんだよね。ごめん。事故前後のこと思い出せないのに無理させちゃってるね」

宮田「思い出せない。でも、あの頃みたいにお酒を楽しむ余裕がなかったのは覚えてる」

香耶「あのさ、浩二。本当は、事故じゃなくて……いや、何でもない……また私ってばしゃべり過ぎだよね。本当ごめんね?」

 

宮田N「答えが返ってくるわけないと理解しながらも香耶は俺にずっと語りかけ、届くわけがないとわかりながらも俺は心の中で返事をした。本当は、事故じゃなくて……の続きは、俺にも察しがつく。覚えていない。でも、もしかしたら、そうなのかもし れない。そんな不安を過らせながら、俺は そのまま眠りについた」

   人工呼吸器の可動音

   心電図の音

宮田「(寝ぼけて)んー。変なアラームの音。朝か。起きよう……あ、違う、心電図……人工呼吸器……俺、動けないんだった」

荻野「おはようございます宮田さん」

宮田「あ、先生。おはようございます」

荻野「今日も白川さん、お仕事の後に来てくれるそうですよ」

宮田「今日、も?」

荻野「どこか苦しいところはないですか? あれば、まばたきを一回してください」

宮田「鼻の奥がちょっと気持ち悪い。けどそれよりも、気になることがある。まばたきすると苦しいと思われるか? どうしよう」

荻野「『苦しい』以外でもいいんですよ?」

宮田「え? 先生凄い。俺の心読める? あ、違うわ。先生唇見てる。そうか。俺、必死になると唇そんなに動いてんだ」

荻野「じゃあ、今から質問していくので、もしそうならまばたき一回、もし違うのであればまばたき二回。できますか?」

宮田「わかりました。まばたき一回っと」

荻野「えーっと……現状の傷病のことですか」

宮田「気になるけど……違う。まばたき二回」

荻野「今後の治療方法?」

宮田「もちろんそれも気になるけど、違う」

荻野「では、事故のことを詳しく? です?」

宮田「違う違う。全部気になるけど、そうじゃなくて一番気になるのは――」

荻野「もしかして、白川さんのことですか?」

宮田「そう! そうだよ先生! 香耶は毎日来てくれてんの? 事故の日からずっと?」

荻野「では……包み隠さずお話しますね。本来なら、宮田さんのようにご家族のいない方に関しては、医師の方から役所等と相談し今後のことについて決めていきます。ですが、真っ先に連絡がついた白川さんは自ら宮田さんを支援することを望まれました」

宮田「香耶が自分から? 何で? ……あん なに酷い別れ方をしたのに……もう妻じゃないんだし、すぐやめさせないと」

荻野「もちろん、今後白川さんからの支援を続けるかどうかは、宮田さんの意思で決断して頂いて構いません。しかし、今の宮田さんの現状で、白川さんのような方に支援していただけることは本当に心強いことです。医師としても、それを望みます」

宮田「そうだけど、そうだとしても……」

荻野「この回答で、宮田さんの聞きたかったことの答えになっていますか?」

 

宮田N「その言葉に俺は、まばたきで返事をすることができなかった。香耶に対し『すぐやめさせないと』とは思いながらも、心の奥底では安堵している自分がいたからだ。俺には家族がいない。唯一の母親は5年前に病死した。だから、正直、香耶は今の俺にとって確かな拠り所だった」

   人工呼吸器の可動音

   心電図の音

 

宮田N「香耶を拒むことができないまま2週間が経った。相変わらず香耶は毎日のように病室を訪れてくれる。そして相変わらず俺は、動くこともしゃべることもできない」

 

香耶「浩二、今から夕食の時間だって。看護師さん、お願いします」

看護師「はい。じゃあ栄養剤、注入していきますね宮田さん」

 

   栄養バックとチューブを連結する音

 

宮田N「目覚めてから2週間経って気付いたこと。俺は、至る所管だらけだ。口から食事をとることができないから、今も鼻の穴に挿入された管から胃に直接栄養を送り込んでいる。身体の感覚は無いとは言えど栄養剤が中に入っていく瞬間は、気持ち悪い」

 

看護師「では、何かあったらすぐナースコールで呼んでください」

香耶「はい。ありがとうございます」

 

   去って行く看護師

   扉開閉音

 

香耶「浩二、大丈夫? 気持ち悪くない?」

宮田「気持ち悪い……って言いたいけど、これくらい我慢しないとだめだよな」

香耶「あ、唇震えてる。やっぱ気持ち悪い?」

宮田「え、俺また唇動かしてた? あーだめだ心配かけちゃ。まばたき二回しとこ」

香耶「ならよかった……今は思うようにできないことが多過ぎると思うけど……ちょっとずつリハビリすれば車椅子に乗れるくらいまでは動けるようになるだろうし。先生も可能性は0じゃないって言ってたし」

宮田「こんなに管だらけなのに? 可能性0じゃないってだけで、0に近いんじゃないかなって俺は正直思うけど」

香耶「だから、頑張ろうね浩二!」

 

   ノック音

   扉開閉音

   荻野の靴音近付いてくる

 

香耶「あ、荻野先生、こんにちは」

荻野「こんにちは。どうですか? 宮田さん」

香耶「回復力、本当凄いんですよ? さっきも唇動かしてました」

宮田「いや、動いちゃっただけだけどね」

香耶「もうね、リハビリもやる気満々です」

宮田「香耶、何勝手なこと言ってんの」

荻野「それはよかったです。実は、リハビリについて、少し提案がありまして」

宮田「何?」

香耶「提案? ですか?」

荻野「はい。宮田さん、会話補助機を使ってリハビリしてみませんか?」

宮田「会話補助機? 何それ」

香耶「会話補助機って(はっとして)あの、目だけでも会話ができるってやつですか?」

宮田「え、そんな凄いもんがあんの?」

荻野「はい。少し古い型の補助機でもよければ使用可能なものがあります。もちろん、何度も練習が必要ですが、意思の疎通がもっと楽にできるようになると思うんです」

宮田「そうか。それができるようになれば、香耶は毎日俺のとこに来なくて済むかもしれない……香耶の負担も減らせるのかも」

香耶「習得すれば、もっと会話ができるようになるってことですもんね。ねえ浩二、大変かもしれないけどやってみない? 私もサポートするし」

 

宮田N「俺は、香耶と荻野先生の目を見つめ、大きく一回まばたきをした」

音声ガイド「こ・ん・ち・ち・は」

 

宮田N「荻野先生から提案を受けた翌日から、早速会話補助機でのリハビリが始まった」

 

香耶「ああ、三文字目、惜しい! でも、五文字も綴れるなんて凄いよ浩二!」

宮田「一週間練習して五文字って……しかも三文字目でいつも間違えまくってるし何も 凄くない。てかこれやっべえ。めちゃ目乾くし、目力限界かも……」

香耶「『こんにちは』じゃなくて、一文字減らして『おはよう』とかにしてみる?」

 

宮田N「この会話補助機は視線だけで文字を選択することができる。一文字目、二文字目まではなんとか集中し狙った文字を選択することができるが、いつも三文字目辺りで集中力が切れ視線がぶれてしまう」

 

香耶「(閃いて)あ! ねえ、私達がやってた居酒屋の名前は? ちょうど3文字。これなら50音の単語の場所も離れてるし綴れるんじゃない?」

宮田「それなら確かに。ひ……か……り……よし、読み上げボタンを選択っと」

音声ガイド「ひ・か・り」

香耶「(拍手して)凄い凄い凄い! 浩二凄いじゃん。三文字目もクリアだね!」

宮田「やめろよ。ちょっと褒め過ぎ」

香耶「でも良かったあ。お店の名前は、ちゃんと覚えててくれたんだね」

宮田「当たり前だろ。忘れるわけないじゃん。居酒屋ひかり――」

 

   宮田の脳裏を過る音

 

宮田「あれ? 俺、今何か……何か思い出したような……ひかり……気のせいか?」

香耶「どうする? 今日はもう練習やめる?」

宮田「(はっとして)え、あ、いや、もうちょっとだけ練習させて? まばたき二回」

香耶「わかった。一応、下顎の骨折とかまだ安定してない部分あるから、あと5分だけだよ? いい?」

宮田「わかってるって」

香耶「(笑う)」

宮田「ん? 何急に笑ってんの?」

香耶「思い出しちゃった。きき酒師の試験前のこと。浩二に夜な夜な練習付き合わされてさ? 浩二顔まっかっかでさ?」

宮田「きき酒師……ああ。確かあの時も――」

 

   グラスをテーブルに置く音

 

宮田「だめだあ。もう無理。全っ然味の区別つかない。舌バグってきた」

香耶「今日はこの辺でやめときな? もう20杯以上飲んでんだよ? いくら大好きな日本酒だからって無理あるよ」

宮田「いや、もっかい練習するわ」

香耶「(驚いて)ええ? まだやんの?」

宮田「日本酒を極める居酒屋だぞ? 店主が酒の利き分けできないとか客に失礼過ぎる」

香耶「まだお店オープンしてないじゃん」

宮田「だからやんの! オープン前に資格ぐらい取得しとかないと格好付かないだろ」

香耶「(溜息)あーもう、はいはいわかった! あと一回だけだからね?」

 

   グラスにお酒を注ぎテーブルに置く

 

香耶「はいこれはどこのお酒でしょう?」

宮田「え、もう⁈ 水一杯挟ませてよ?」

香耶「もう一回練習するって言ったの浩二でしょ?」

宮田「いや言ったけどさあ」

香耶「(ふざけて)日本酒を極める居酒屋店主なのに? 水なんか飲むのお?」

宮田「えーもう、勘弁してくれよ(笑う)」

   宮田と香耶の笑い声FO

 

宮田N「きき酒師。いわゆるワインで言うところのソムリエみたいなもので、その資格が無くても店は開業できたのだけれど、俺はとにかく日本酒を極めることに必死で……でも、何より、何より楽しかったのだ」

 

   人工呼吸器の可動音FI

   心電図の音FI

 

香耶「お互いめちゃくちゃ文句言い合ったけどさ? 何だかんだ楽しかったよね?」

宮田「うん。だな」

香耶「また……ね。うん。できるようになろうね。きき酒も」

 

宮田N「その『また』は、多分、おそらく、もう来ない。香耶はそれをわかりながら敢えて言葉にした。と、思う。俺のやる気を損ねないようにだ。そして、翌日、香耶がどんな思いでその言葉を伝えてくれていたのか、俺は知ることになる」

 

   ノック音

 

宮田「ん、香耶? 今日は少し来るの早いな」

 

   扉開閉音

   看護師の靴音近付いてくる

 

看護師「宮田さん、面会の方が来られてますよ。お通ししていいですか?」

宮田「面会? 誰だ? 俺、そんなに親しいやついないけど……まあいいか。はい。まばたき一回」

 

   近付いてくる靴音

 

白川「久しぶりだね。浩二君」

宮田「(驚いて)お、お義父さん⁈ 香耶のお父さんが、何で……」

白川「香耶から、聞いててね。君が事故に遭ったこと……急に来てしまってすまないね」

宮田「いや、いえ、こちらこそ、俺なんかの為に……」

白川「どうだい? 体調は? って、こんな状態になってしまって良いわけがないよな」

 

宮田N「おっとりとしたしゃべり口調は香耶とよく似ている。俺が香耶のお父さんと会うのは、実に4年ぶりだ。新型ウイルスが拡大する前。あの頃に比べるとお義父さんは、少し痩せてしまったようにも見えた」

 

白川「まばたきで会話をしてるんだってね?」

宮田「……はい」

白川「本当だ。しっかりまばたきできてるよ」

宮田「……ありがとう、ございます……」

白川「実は、今日は話があってね?」

宮田「話?」

白川「浩二君、こんな状況の時に本当に申し訳ない。香耶を解放してやってくれないか」

宮田「え」

白川「香耶が自ら君を支援したいと名乗り出たことは、私も妻ももちろん知っている。君が頼み込んだわけじゃないってことも、もちろんわかってる。だけどな、香耶は、あの子はずっと自分を責め続けてるんだ」

宮田「ど、どういうこと? ですか?」

白川「浩二君、君は自殺しようとしたのか?」

宮田「それは……」

白川「香耶はそう思ってる。自分のせいで、君から離れたせいで、店が閉店して、だから君は生きる希望を失って自殺しようとしたんじゃないか。だから、私が助けてあげないとって、そう責め続けてる」

 

宮田N「俺は、言葉を失った」

 

白川「だから、すまない。もうここに来ないでくれと、君から香耶に伝えてやってほしい。あの子はまだ35だ。これからの人生を君の看病で棒に振ってほしくはないんだ」

 

宮田N「君には、もう先が無い。そう言われているような気がした」

 

白川「本当に酷なことを私は言っていると思う。だけど、な? わかってくれないか? 頼む。浩二君」

宮田「わかり……あれ、俺、何か、息が……(荒くなる息)」

 

   カニューレが詰まり始める音

   人工呼吸器アラーム音

 

白川「(焦って)浩二君? どうした? 大丈夫かい浩二君? 浩二君⁈ (叫んで)だ、誰か! 誰か来てください!」


   扉開閉音

   慌てて入ってくる荻野や看護師

 

荻野「宮田さん、聞こえますか?」

看護師「先生、気道内圧上限アラームです」

荻野「すぐカニューレ確認して」

看護師「はい」

荻野「宮田さん? 大丈夫ですよ? すぐ楽になりますからね? ――(FO)」

 

宮田N「香耶のお父さんは、心底申し訳なさそうな顔をしていた。そしてきっと、家では香耶も、俺のことを思って同じ顔をしているんだと思う。俺が、そんな顔にさせている。胸が、痛い」

 

   人工呼吸器可動音FI

   心電図の音FI

 

香耶(OFF)「ごめんね……」

宮田「あ、香耶の声が、聞こえてくる……」

香耶「(はっとして)浩二? 起きた? 大丈夫? もうしんどくない?」

宮田「うん。大丈夫。窒息死するかと思ったけど……お義父さんは? もう帰った?」

香耶「まばたきもできてるね。よかった…… カニューレに痰が詰まって、人工呼吸器がうまく作動してなかったんだって」

宮田「そっか……」

香耶「ごめんね浩二……勝手にお父さんが来て……何か酷いこと言われたんじゃない?」

宮田「んーん。香耶のお父さんも、香耶も優しいよ」

香耶「本当に? もし、何か言われてても気にしなくていいからね? 私、ちゃんとついてるから」

 

宮田N「感覚のないはずの手元が温かく感じた。きっと香耶は俺の手を握ってくれていたんだと思う。でも、俺は心の中でその手を振り払った」

 

香耶「あ、唇動いた。何? やっぱ何か言われた? 会話補助機使う?」

宮田「ああ、そっか。そうだな。うん」

香耶「わかった。ちょっと待ってね?」

 

   会話補助機設置音

   会話補助機起動音

 

香耶「ゆっくりでいいからね?」

宮田「あのさ、香耶……香耶は、悪くない」

音声ガイド「く」

宮田「俺が自殺だったとしても、香耶のせいじゃないから責任なんて感じなくていい」

音声ガイド「る」

宮田「俺の為にとか、思わなくていいんだ」

音声ガイド「な」

宮田「もう、ここには来ないでくれ」

音声ガイド「く・る・な」

香耶「くるな……? ん? え? どういう意味? これ、お父さんに言われたの?」

宮田「違うよ。俺が、香耶に言ってんの」

香耶「違う? え、じゃあこの三文字は何?」

音声ガイド「か・や」

香耶「……は? 私? まさか私に来るなって言ってるの? 私に、もうここには来ないでほしいってこと?」

宮田「そう。もう香耶に迷惑はかけられない」

香耶「……何で? 何でそんなこと言うの? あ、あれでしょ? やっぱりお父さんに何 か言われたんでしょ? だから気を遣ってそんなこと――」

音声ガイド「く・る・な」

香耶「くるなくるなって、それ以外何か言いなさいよ! 何で? こうやってちょっとずつだけど、言葉も綴れるようになってきたじゃん? 私、浩二の練習付き合うのと か全然苦じゃないよ? ……え……まさか、浩二が迷惑ってこと? 私が、邪魔?」

宮田「そんなこと、あるわけない……でも……とにかくもう、来ないでくれ!」

香耶「……そう。そっか……私、迷惑だったか……3年前と同じだ」

宮田「香耶、ごめん」

香耶「……3年前も、今も、私は浩二の力になりたかっただけだよ……でも、なれなかったね。ごめんね……」

 

   去って行く香耶の靴音

   扉開閉音

   人工呼吸器可動音FI

   心電図の音FI

 

音声ガイド「お・わ・り」

荻野「え、宮田さん? まだ5分程しか練習していませんが、もう終わりにしますか? ……わかりました。じゃあ、片付けますね」

 

   会話補助機の電源を落とし片付ける

宮田N「あれから一週間程が経った。香耶はもう病室に来ない。俺の会話補助機の練習は、荻野先生や看護師さんが付き添ってくれている。しかし、練習に身が入らなくなった。いくら言葉を綴れるようになっても、もう伝えたい相手はいないからだ」

 

荻野「あのー、宮田さん……やっぱりもう少しだけ練習しませんか」

宮田「は?」

荻野「今は白川さん、お仕事が忙しくて中々来られないみたいですが……また、来週辺りにはいらっしゃるでしょうし、それまでに少しでも上達させませんか?」

宮田「香耶、先生には仕事が忙しくてって言ってんだ」

荻野「きっと白川さん、びっくりして大喜びしますよ? どうです?」

宮田「ごめん、先生。それは無いんだ。香耶はもうここには来ない。だからやらない」

荻野「……そうですか……もしかして、白川さんと何かありました?」

宮田「え、何で……」

荻野「失礼なことをすみません。宮田さん、最近、随分元気がなくなってしまったように思えて……」

宮田「先生、患者のことよく見てんだな。でも、今は正直もうそっとしておいてほしいんだけど」

 

   会話補助機設置音

   会話補助機起動音

 

宮田「え? また補助機の電源入れた? 何してんの先生?」

荻野「やっぱりもう一度だけ練習しましょう」

宮田「しないってまばたきで返事したよね?」

荻野「(食い気味に)今、正確に綴れるのは三文字ですよね。じゃあ、四文字を正確に綴れることを目指してやってみましょう」

宮田「いやもうだからいいって」

荻野「四文字、何でもいいですよ。好きな言葉でも、今私に伝えたいことでもいいです」

宮田「もう何なのこの人。めちゃめちゃ勝手に進めるじゃん。なんか、イライラしてきた。(溜息)じゃあ、この四文字を先生に伝えます」

音声ガイド「む・か・つ・く」

荻野「むかつく……私のことですか?」

宮田「そうだよ。他に誰がいんだよ」

荻野「他は? 何か伝えたいことないです?」

宮田「は? 何まだやんの? まじしつこいんだけど。ああもう」

音声ガイド「し・つ・こ・い」

荻野「そう……ですね。確かに、昔から患者さんとの距離が近過ぎるってよく先輩医師 に怒られてきました。でも、それでも、私は宮田さんの担当医です。宮田さんのこと、見てますから……だから、投げやりに、ならないでください」

宮田「なってないから。うるさいんだけど」

音声ガイド「う・る・さ・い」

荻野「うるさくても、言います。正直に言わせてもらいます。何かあったんだろうなってことぐらい、毎日見てたらわかります。目薬の時、全然目を大きく開けてくれなくなったなとか、唇だって、前まで何か感じたらもごもごしたり舌を出したりしてたのに一切動かさなくなったなあとか。まばたきでの会話も、会話補助機の練習も、極端に減って……だから、何か辛いことがあるなら言ってほしい。私は、その為の担当医でもあるんです」

宮田「何か辛いこと? ……全部辛いに決まってんじゃん! 目覚めたらこんな状態で? 近くにいてくれる人に悲しい顔ばっかさせて? 会話補助機だって全っ然上達しないし。ああ、だったら、俺あん時事故で死んどきゃよかったって、そもそも自殺かもしんないしって、もう生きてる意味無いじゃん。じゃあ死にたいって思うのに自分から死ぬこともできない俺の今の気持ちなんて先生にわかるわけないだろ!」

音声ガイド「し・き・た・い」

宮田「……ああ、もう、間違えた。二文字目、『き』じゃなくて、『に』だっつうの。何肝心なとこで間違えてんだよ俺」

荻野「間違えてますよ? 一文字目」

宮田「いや間違えたのは一文字目じゃなくて二文字目。死にたいって言おうとしたの」

荻野「『し』じゃなくて、『い』ですよね?」

宮田「え」

荻野「『生きたい』ですよね?」

宮田「は……違うから」

荻野「気付いてましたか? 宮田さん。今の今まで、四文字の単語、一文字も間違えてないんですよ?」

宮田「(はっとして)あ、本当だ……」

荻野「生きてますよ、宮田さんは」

宮田「え」

荻野「今は動くことも話すこともできないかもしれないけれど、それでもちゃんとここで生きてるんです。練習の成果だって出ています。ゆっくりかもしれませんが、一言ずつ確実に綴れる言葉が増えてきています。だから、諦めないでほしいんです」

宮田「そんなの……わかってるよ。だから……だから」

音声ガイド「つ・ら・い」

荻野「……それは、白川さんが来られなくなったことと、関係してますか?」

 

宮田N「俺は、深く一回まばたきをした。『つらい』その言葉を先生にぶつけた瞬間、胸のつかえが取れていくのがわかった」

 

   人工呼吸器可動音

   心電図の音

 

音声ガイド「こ・ん・に・ち・は」

看護師「こんにちは。宮田さん、もう五文字も正確に綴れるようになりましたね」

 

宮田N「俺は再び、リハビリとして会話補助 機の練習に専念するようになった。あの時 先生が、『死にたい』を『生きたい』と読み間違えたのはわざとだったのか……わか らない。でも、俺が少しだけ救われた気がしたのは確かだった」

 

   ノック音

   扉開閉音

 

荻野(OFF)「こんにちは」

看護師「(驚いて)荻野先生⁈」

宮田「看護師さん、荻野先生に何でそんな驚いてんの?」

 

   荻野の靴音近付いてくる

 

荻野「宮田さん、調子はどうですか? お、遂に五文字をマスターしましたか」

看護師「(小声)先生、今日はお休みのはずですよね?」

宮田「え、そうなの⁈ 休みの日にまで来なくていいよ先生」

荻野「(小声)大丈夫ですから」

宮田「いや、小声でしゃべっても聞こえてるってば。気にするわ」

看護師「そうですか……では、はい。後の練習は荻野先生にお願いしますね」

荻野「はい」

看護師「失礼します」

 

   去って行く靴音

   扉開閉音

 

宮田「おいおい、看護師さんもあっさり先生に任せ過ぎじゃない? 先生身体壊すって」

音声ガイド「せ・ん・せ・い」

荻野「ん? どうしましたか?」

音声ガイド「や・す・み・と・れ」

荻野「ああ……私が休みなのにここに来たことを心配して下さったんですね?」

宮田「そうだよ。大丈夫?」

荻野「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですよ私は。それより、白川さんのことですが……やはり、しばらくはこちらには来れそうにないと、今日も連絡がありました……」

 

宮田N「俺が『つらい』と言ったあの日から、先生は数日置きに香耶へ連絡を入れてくれ ている。俺と香耶の間に何があったのか、結局先生には伝えていない。それでも先生は、何とか香耶を繋ぎ止めようとしてくれていた」

 

荻野「すみません……『容態が安定しているのであれば、今は仕事が忙しいから』とおっしゃってて……」

宮田「いいよ先生。辛いなんて言ったけど、俺が香耶を突き放したんだ。来ないのは当 たり前……だから、そこまで一生懸命にな らなくていい。と言うか、先生も何でそこ まで俺なんかに親身になってくれんの?  休日出勤までして? 何か、悪いよ」

音声ガイド「な・ぜ・し・ん・み」

荻野「なぜしんみ? ん、どういうことでしょう?」

宮田「だから、なぜ親身になってくれんの? 俺に」

音声ガイド「お・れ・に・な・ぜ」

荻野「おれになぜ……(はっとして)ああ、なぜ親身になるのか? ……そうですね……お二人は、ちゃんとお互いのことを思い合ってらっしゃるからですかね……」

宮田「思い合ってる?」

荻野「今ここで生きて、ちゃんとお互いのこと思い合えてるんだから、無駄にしてほしくないんです。私は、大切な人と分かり合えないまま終わってしまったことがあってね……(はっとして)って、私の話なんて聞かなくていいでしょう?」

宮田「いや、聞きたい」

音声ガイド「お・し・え・て」

荻野「ああ、では……私の、父の話です。昔 から、私の父は頑固者で、何でも頭ごなしに物を言う人で……正直、苦手で。大人になってからはずっと避けてしまっていたんです。でも、宮田さんと同じように交通事故でね、突然亡くなってしまって……大人になって父がもう少し温厚になったら一緒 に酒飲んで昔話したり、ちょっと昔の父の悪口言ってみたり、そう言う些細な親孝行できたらなって……いつかって思ってたんですけど……だめですね。そう言うのって、思った時に行動に移さないと……本当に後悔しました」

宮田「先生にも、そんな過去があったんだ」

荻野「でも、だからこそ、ちゃんとお互いのことを思い合ってるお二人のことをほっとけないんです。白川さん、宮田さんが目覚めたら沢山話したいことがあるとおっしゃってましたよ?」

宮田「え?」

荻野「本当は、白川さんに口止めされてたんですけど……事故によって再会できたのは、再び分かり合えるチャンスだと思った」

 

   荻野に段々と香耶の声が重なる

 

香耶の声「こんなことでもないと再会できなかったと思うんです私達。だからどうしても目覚めてほしい……語りかけることで細胞が復活する可能性もあるんですよね?」

 

荻野「って言って、時間が許す限りずーっと宮田さんに語りかけてました」

宮田「香耶がそんなことを……」

荻野「そしたらびっくりですよ。数日後に宮田さん、本当に目を覚ましたんですから。でも、更に驚いたのは……意識がはっきりしてから真っ先に心配されたことです。何か覚えてらっしゃいますか?」

宮田「ん? 何だっけ?」

荻野「白川さんのことです」

宮田「あ、そうだ。あの時俺、とにかく香耶が心配で……」

荻野「失礼ですが、このような状況で、自分以外の誰かのことを心配するって、中々無いことですよ? 普通は、自分のことを真っ先に考えるものです。現状の傷病のこととか、この先どうなるのかとか……でも宮 田さんは違った。それは、それ程相手のことを思いやっているからです。そんな二人 を目の当たりにして、医師としても、人としてもほっとけるわけないじゃないですか。いくら患者との距離が近過ぎると注意されても、それは、ほっといていいわけない」

宮田「先生」

荻野「私は、お二人の思い合う心に突き動かされたんです。だから……余計なお世話かもしれませんが、お二人にはもう一度話し合ってほしい。そう思っています」

宮田「でも、もう……」

荻野「居酒屋ひかり、私も行ってみたかった」

宮田「え……先生何で居酒屋のことを?」

荻野「宮田さんが眠っている間に、白川さんがずっと話されていました。『疲れた人々にとっての希望の光になりますように』そんな願いが込められていたんですよね? 居酒屋ひかりには」

宮田「そう。店の名前は香耶が付けてくれた」

荻野「(はっとして)あ、私はまた勝手にすみません。今はもう閉店されているのに……でも、素敵な名前だと思います。本当に」

宮田「素敵な名前……うん。香耶が提案してくれた時、俺も同じことを思った。どこにでもあるような名前だし、ちょっと直球過ぎるかもしれないけど、香耶と一緒なら希望の光が見える、そんな店が作れる――」

 

   宮田の脳裏を過る音

 

宮田「あれ? 俺、何か最近も同じようなこと言ってなかったっけ? 香耶と一緒に……どこにでもあるような名前で……ひかり……あ! 俺、あの日、同じ『ひかり』って名前の居酒屋を見つけたんだ――」

 

   交通量の多い道路沿い

   宮田の靴音

   外に漏れる居酒屋店内の騒めき

 

宮田「こんな道路沿いに居酒屋なんてあったのか……ん⁈ ひかり⁈ いや、まあそうか。どこにでもある名前だもんな……日本酒、久々に飲んで行こっかな」

 

   居酒屋店内の騒めき

   グラスをカウンタ―に置く音

 

宮田「きたきたこれこれ。久しぶりだなあ。高知県産絶品日本酒。いただきます(飲む) ん? あれ? ……美味しくない……」

 

   交通量の多い道路沿い

   宮田の靴音

 

宮田「(溜息)何であんなに美味しくなかったんだろ? 他の銘柄も何個か頼んだけど、どれも大したことなかった……あの頃は本当にどれも美味しかったのに……俺の舌お かしくなった? 俺何か変わっちゃった? あの頃と変わったことって何だ? ……あの頃と変わったこと……あの頃と変わった こと……あ」

 

   立ち止まる宮田

宮田「そうだ。決定的に変わったこと、あるじゃん……(焦って)香耶に連絡! 連絡しないと早く! 何で俺こんな大事なことに気付いてなかったんだろ」

 

   スマホ操作音

   猛スピードで迫り来る車

 

宮田「え」

 

   車衝突音

   人工呼吸器可動音FI

   心電図の音FI

 

宮田「……思い出した」

荻野「宮田さん? どうかしましたか? 唇が一段と大きく動いてますよ?」

宮田「あの居酒屋、いろんな種類の日本酒があって、でも、確かにどれも美味しくなくて……香耶に送ったあのチャットには続きがある」

荻野「宮田さん?」

宮田「(必死に)先生! 俺、香耶に伝えなきゃいけない大事なことがあった」

音声ガイド「か・や・は・な・し」

荻野「かやはなし……」

宮田「ああ、これじゃわかんないか……えっと、だから、香耶に話したいことあんの!」

荻野「白川さんに話したいことがある……そう言うことですか?」

宮田「わ、すげえ先生。そう! そうです!」

荻野「わかりました。もう一度、白川さんに連絡してみます」

 

宮田N「先生は、深く頷いてそう言ってくれた。そして三日後、香耶が久しぶりに病室へやってきた」

 

   香耶と荻野の靴音近付いてくる

 

荻野「宮田さん、白川さんが来られましたよ」

 

宮田N「香耶は少しふて腐れながらも、しっかりと俺の目を見てくれている」

 

香耶「話したいことあるって聞いたけど……」

荻野「では、私はここで。失礼します」

宮田「ありがとう。先生」

 

   去って行く荻野

   扉開閉音

 

音声ガイド「こ・ん・に・ち・は」

香耶「え、な、何よ急に。何であいさつなんて……って、え⁈ 五文字⁈ ……練習、したの?」

宮田「うん。ようやく五文字が正確に綴れるようになった」

香耶「……そっか。私がいない間に……」

宮田「香耶、俺さ、思い出したんだ。あの日、事故に遭った日のこと」

音声ガイド「じ・さ・つ」

香耶「(驚いて)え、自殺?」

音声ガイド「じ・ゃ・な・い」

香耶「自殺じゃない……思い出したの⁈」

宮田「うん……突っ込んでくる車に気付かないくらい、香耶に今すぐ伝えたいって思ったことがあったんだよ」

音声ガイド「ち・ゃ・っ・と・の」

香耶「チャットの? うん?」

音声ガイド「つ・づ・き・あ・る」

香耶「続きある……『お酒もう美味しくない』って送ってきた続きがあるってこと?」

宮田「そう。その通りだよ香耶……ちょっと長いけど、頑張って綴ってくれ、俺の目力」

音声ガイド「か・や・が・い・な・い・と・だ・め」

香耶「え、浩二?」

音声ガイド「ご・は・ん・も・お・さ・け・も・か・や・が・い・た・か・ら」

香耶「うん。わかるよ? 合ってるよ? 浩二、こんなに長い文字まで……」

音声ガイド「す・き・な・ひ・と・と・だ・か・ら・お・い・し・か・っ・た」

香耶「好きな人とだから、美味しかった……うん。うん……」

音声ガイド「ず・っ・と・き・づ・け・な・く・て・ご・め・ん・な・さ・い」

香耶「もう。そんな大事なこと、忘れちゃだめじゃん……私のこと、迷惑なんじゃないの? 邪魔じゃないの?」

音声ガイド「こ・れ・か・ら・も・か・や・に・と・な・り・に・い・て・ほ・し・い」

香耶「(堪えて)わかった。今度は絶対離れたりしないからね? ……浩二、本当に凄いよ。こんな長文……ちゃんと間違えずに綴れるようになって……それにね? 私が思う居酒屋ひかりにとっての大事なことって……質の良いもので喜ばせることよりも、隣にいる大切な人や大好きな人と一緒に嗜 むお酒やご飯が美味しいって。それが、生きる希望の光になるって、思ってもらうことだったの。だから、嬉しい。今、あの時の思いが伝わったような気がして」

音声ガイド「お・れ・も・う・れ・し・い・だ・い・す・き・だ・よ・か・や」

香耶「ふふ。うん」

 

宮田N「文字盤に綴られたその言葉を見て、香耶は嬉しそうに笑う。この笑顔が見たかったんだ俺は。そう思った」

 

香耶「私も。大好きだよ、浩二。やっと……やっと伝わったね?」

 

宮田N「そして俺は、声にならない声で思いっきり笑った」


                   了

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