夢。

泣いている時に鼻をすすると、どうしてこうも「泣いている時に鼻をすする音」になってしまうんだろうな、とぼんやり思った。

父が出てくる夢を見た。
昨晩も見たのだがあまり覚えていない。しかし今のは比較的ハッキリ覚えている。

親族一同(思えばそのメンツは葬儀に駆けつけてくれた方々だったかも)で入院中の父のお見舞いに行く夢であった。
寝ている集団部屋から、我々が待つ食堂に車椅子に乗って現れた父は、思ったよりも肌ツヤが良かった。肉付きも、とても元気だった頃のそれで、その姿を見て少し安心する。

「イビキで寝れんとさっ」
開口一番、顔を歪ませて僕らに愚痴る。
これは実際によく言っていたセリフだ。入院中、隣の知らないオヤジの寝言や咳き込み、イビキや歯ぎしりがうるさくて寝れない!とよく愚痴っていたのだ。
だけど、父こそ寝るとすごくイビキがうるさい人でもあった。(ここ数ヶ月は痩せてしまってたからイビキをあまりかかなくなっていたけれど)
父も、愚痴るだけの腹立たしさは実際に持ってはいただろうけど、どちらかと言うと話のネタとして楽しんでいる風も、少なからずあったように今では思う。

そして(夢の中での話に戻るが)、誰かが父に持ってきたブドウを美味しいと少し食べ、残りは凍らせて食べると言った。僕はふた房のブドウを父のために冷凍庫に入れた。
父はブドウが大好きだった。放っておけば際限なくもりもりと食べた。中でも巨峰が好きで、種ごともりもり食べた。口の中で器用に皮を剥いては次の粒を放り込み…とほんとうに、もりもり食べた。
僕は、ブドウを食べることが出来た父を嬉しく思った。なんでもいいから、食べることが出来る、というのはとてもいい事なのだから。

そこでふと目が覚めた。
目を開けると暗闇の中に居る。ほんの2時間弱前と同じ部屋だ。僕は身体を横向きにしていた。下にしてあった右半身が軽く痺れている。

そこで、夢の内容を反芻する。
そうそう、イビキね。ああ、あとブドウな。ブドウ買って供えてやんなきゃな。しかし肌ツヤ良かったなぁ。あの姿で夢に出てきてくれたの、嬉しいな。痩せ細ってしまった父は、どこか父ではないような気がしてしまっていたから。

「茂みに実る」
という父の名前をもじったタイトルを付けた文章群をnoteにアップした。
恐れ多くも、それを読んでくださった方々が皆優しい言葉をかけてくれ、悲しみに寄り添ってくださった。
ああ、ありがたい友達(と言わせて貰う)を持ったなぁと、深く痛み入った。ほんとうに、嬉しかった。

あの文章達はあれで完結していると思っていたけれど、今見た夢のあと、またしても頭の中を言葉が不本意に駆け巡った。
出てくるならば吐き出すしかない。と思って今この文章を書いている。
ごめんなさい。だからまたこうしてこんな酷い文章をあげてしまうと思う。これはきっと、僕の心の回復方法なのだと思うから。

父の死からもうすぐ2週間。
悲しみは少しずつ形を変えている。
「こんなことがあったなぁ」と思い出す、もしくは思い出される瞬間が増え、自分の中にある父の姿や声をかき集めているような、そんな感覚が増した。

夢から覚めたあと、僕は寝そべりながら中空に手を伸ばす。そのまま目を瞑ると、父の手のひらの感触をすぐに思い出すことが出来た。分厚くて、力強い手のひらだった。そしていつも、あたたかかった。

僕は「泣いている時に鼻をすする音」を出しながら鼻をすすりつつ、差し出した右手で父と手を繋いでいる。

大丈夫、まだ思い出せる。まだ思い出せる。
忘れてしまうのは、とてもこわい。

2018.3.24 早朝6時

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