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「異邦人」が好きとは言いたくない

皆さんには「忘れられない小説」があるだろうか。そしてその小説は、ほとんど一気読みに近い期間で読み終えたのではなかろうか。 
 
僕の例を挙げると、カミュの「異邦人」。僕は現実で「好きな本は?」と聞かれた時に「異邦人」と答えたくない。なぜなら「加藤シゲアキ」が雑誌で「人生を変えた本」的なコーナーでトップ10に「異邦人」を挙げていたから。加藤シゲアキはどうしても好きになれない。異邦人をランクインさせた理由のコメントも、悔しいことに大体共感できた。そう、みんな「異邦人」が好きなのだ。だから僕が「異邦人が好きです!」と言うと、異邦人を読んだ人が「なんだ、こいつも加藤シゲアキか」と思う。とまあ、とにかくそんな風にして、僕は「異邦人」が好きだ。そして僕はどれだけ「異邦人」が好きかを説明できる。 説明しよう。

 
まず、僕は異邦人を48時間以内に読み終えた。次に、買ってから読み終えるまでの状況を覚えている。異邦人が僕の中で忘れられないのは、その日の思い出もセットになっているからだ。 
 
まずこの本を買ったのは一年前の4月、「代々木のブックオフ」だ。新宿駅からちょっと歩いた、地味なブックオフ。その日は一日暇だったので、散歩しながら適当にいい感じの場所で読書して、また散歩して、座って、、、つまり、最高の休日だったわけだ。 
 
ブックオフを出ると千駄ヶ谷を目指した。国立競技場が見たかったのだ。国立競技場を見て、神宮球場を見て、河出書房を見た。河出は最近ノリに乗っている出版社なのに、ビルは意外とオンボロだった。好感が持てた。一階にカフェがあった。ここで作家と編集者が打ち合わせをするのだろう。ギャラリーが湧きそうではある。 
 
神宮球場の門をくぐり、周りを一周した。そこが関係者のみ可の場所かわからなかったので僕はビクビクしながら歩いていたが、ランニング中の人がいたのでホッとした。 
 
神宮球場を抜けると、新宿御苑があった。中には入らなかった。 
1人で歩くのに飽きてきて、千駄ヶ谷駅に引き返した。1人で散歩をしていると、突然早く帰りたい、という瞬間がある。多分その瞬間が新宿御苑あたりであったのだろう。そして千駄ヶ谷の駅前にある椅子に座って異邦人の1ページ目を開けた。あの有名な書き出し。 
 
 
そこから総武線で吉祥寺まで行った。その間ずっと異邦人を読んでいた。僕が異邦人にグッと引き込まれたのが「犬飼の老人」である。僕はこの時思った。偉大な小説には、いつもこういうさりげない魅力的なキャラがいるもんだなあ、と。 
 
吉祥寺駅で降りたが、そのまま帰る気にはなれなかった。なので井の頭線改札前にあるベンチに座って、続きを読んだ。ここで1時間くらい読んだ。ここでとても集中して読んだので、話も第二部に入ったと思う。つまり、異邦人の最大の読みどころ、裁判に入ったのだ。 
 
お腹が空いたのでバスに乗って帰った。何を食べたのか覚えていなが、異邦人のことで頭がいっぱいだった。風呂に入ってベッドに座って、また続きを読んだ。ここで3分の2ほど読んだだろか、翌日はバイトだったので寝た。 
 
次の日の電車や、バイトの休憩で読んだのかは覚えていない。が、読み終えたのは二日目の深夜だったのははっきりしている。ベッドの上で、どんどん左手のページが薄くなって、パッと終わったのを覚えている。ムルソーが牢屋の中で考えたことや、死刑直前の初めての感情爆発、もちろん裁判のすべてのやりとり、心理描写。これほど面白い本が、本当にあるんだと思った。読んだ後は急いで水を飲んだ。集中のせいで脱水状態になっていた。代々木のブックオフからその脱水状態までを、僕は今でもしっかり思い出せる。 
 
 
 
 
 

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