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三種の神器


1.「三種の神器」の起源


 「三種の神器」の起源については、よく分かりません。

 記紀の説明では、鏡と勾玉については、神道祭祀の起源とされる「天岩戸開き神話」の時に作られて使われた物で、剣は八岐大蛇から取り出された物だとしています、

●天岩戸開き神話
・天兒屋命:天香山の榊を掘り起こす。
  ↓
・石凝戸邊(いしこりとべ):作った八咫鏡を上の枝にかける。
・天明玉(あめのあかるたま):作った八坂瓊之曲玉を中の枝にかける。
・天日鷲:作った木綿(ゆふ)を下の枝にかける。
  ↓
・太玉命:榊を持ち、広く厚く称える詞によって祷る。

私の説は、
①大和政権を樹立した(神武天皇の傘下に下った)国々のレガリア
でしたが、阿波説関連で「国生み神話」を調べていて、
②鏡=女性器(イザナミ)、剣=男性器(イザナギ)、勾玉=胎児(渦?)
かなとも思い始めています。

私説① 江戸時代、幕府は、大名の正室と世継ぎは江戸に常住させて(人質に取って)参勤交代させたが、大和政権は、従属する国々(諸家)にレガリアを提出させたらしい。(物質(?)として提出させたレガリアは、石上神宮が保管していたが、天武天皇2年、諸家の子孫に返還された。)
・鏡=倭国のレガリア
・剣=出雲国、もしくは尾張国(尾張氏と伊福部氏)のレガリア
・勾玉=越国のレガリア
であり、倭国、出雲国、越国がレガリアを提出して神武天皇に忠誠を誓ったことにより、建国が成ったのではないか。

※勾玉だけが宮中から出されなかったことを考えると、勾玉は、奈良出雲(奈良県桜井市出雲)のレガリアか?

※鏡と剣は、東夷の侵入を防ぐために、大和政権の勢力範囲の東端である尾張と伊勢に置かれたか?

私説② 『古事記』によれば、伊邪那岐(イザナギ)、伊邪那美(イザナミ)は、漂っていた大地を完成させるよう別天津神たちに命じられ、天沼矛(あめのぬぼこ)を与えられた。2神は天浮橋(あめのうきはし)に立ち、天沼矛で渾沌とした地上を掻き混ぜ、国々を産んでいった。搔き混ぜれば渦が出来るはずで、それが「鳴門の渦」で、勾玉は渦の形象。目に当たる部分は天沼矛を立てている部分だと考えています。

2「天孫降臨」

2「三種の神器」の所在地


 「三種の神器」の所在地についても、よく分かりません。昨日、友達がくれた雑誌に依れば、『光る君へ』の「寛和の変」の時は、

『歴史人』2024年4月号

・鏡:本物は伊勢神宮。レプリカか宮中の内侍所に。
・剣:本物は熱田神宮。花山天皇の部屋にあったレプリカを東宮の部屋へ。
・玉:花山天皇の部屋にあった本物を東宮の部屋へ。

ということらしい。
 剣について、都市伝説として、「伊勢神宮は鍾乳洞の上に建てられており、剣は地下宮殿で保管されていたが、広田神社に遷された」「安徳天皇生存説では立石山(石立山とも)の洞窟に隠された。以後、その山を剣山という」などがあります。
 
※「三種の神器」は、安徳天皇と共に壇ノ浦に沈んだというが、玉と鏡は箱に入れられ、包装されていたので浮き上がった。剣は箱に土が入れられ、その土に埋めるという形で保管されていたので、浮き上がらなかった。


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