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「大和三山」の香具山と『万葉集』

 今回は、大和国南部、飛鳥周辺の「大和三山」(香具山(かぐやま)、畝傍山(うねびやま)、耳成山(みみなしやま)の総称)の1つ、香具山を取り上げる。
 膳氏(かしわでうじ)の本拠地にある山で、聖徳太子妃・膳夫姫の出身地(山の北の地名は膳夫町(かしわてちょう))である。

  香具山に 雲居たなびき おほほしく 相見し子らを 後恋ひむかも

・香具山は、『万葉集』では、13首に登場する。
・表記は
 ・香具山(0002/0052/0334/1096)
 ・高山 (0013/0014)
 ・香来山(0028/0199)
 ・芳来山(0257)
 ・香山 (0259/0260/2449)
 ・芳山 (1812)
と種々ある。(個人的には「香来山/芳来山」がいいですね。風が吹くと、漂っていた花の香りが流れて来る山! 香りは、橘が好き。)
 日本武尊が命名した愛知県豊田市の芳木山も「かぐやま」だったりする?
 「天(あめ)の香具山」「神の香具山」と詠まれていて、聖山だと考えられていたことが分かる。

0002: 大和には群山あれどとりよろふ天の香具山.(以下略)
0013: 香具山は畝傍を雄々しと耳成と相争ひき(以下略)
0014: 香具山と耳成山と闘ひし時立ちて見に来し印南国原
0028: 春過ぎて夏来るらし白栲の衣干したり天の香具山
0052: やすみしし我ご大君高照らす日の皇子(以下略)
0199: かけまくもゆゆしきかも言はまくも(以下略)
0257: 天降りつく天の香具山霞立つ春に至れば(以下略)
0259: いつの間も神さびけるか香具山の桙杉の本に苔生すまでに
0260: 天降りつく神の香具山うち靡く春さり来れば(以下略)
0334: 忘れ草我が紐に付く香具山の古りにし里を忘れむがため
1096: いにしへのことは知らぬを我れ見ても久しくなりぬ天の香具山
1812: ひさかたの天の香具山この夕霞たなびく春立つらしも
2449: 香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも


巻1ー0002: 山常庭 村山有等 取與呂布 天乃香具山 騰立 國見乎為者 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都 怜𪫧國曽 蜻嶋 八間跡能國者(舒明天皇)

大和(やまと)には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見(くにみ)をすれば 国原(くにはら)は 煙立ち立つ 海原は 鴎(かまめ)立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は。

 有名な「国見の歌」。

巻1ー0013: 高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相挌良思吉(中大兄皇子)

香具山は 畝火雄々(をを)しと 耳成と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古(いにしえ)も しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき

香具山は、畝傍山が素敵だと、耳成山と争っているとのことです。神代からそのようにあるらしく、古くからそうなのですから、今の世でも妻を巡って争うのですよ。

※香具山が耳成山と畝傍山を巡って神代からずっと争ってきたが、今も同様に、中大兄皇子(天智天皇)と大海人皇子(天武天皇)の兄弟が、額田王を巡って争っている?

巻1ー0014: 高山与耳梨山与相之時立見尒来之伊奈美國波良(中大兄皇子)

香具山と 耳成山(みみなしやま)と あひし時 立ちて見に来し 印南国原(いなみくにはら)

※香具山と耳成山が争った時、調停のために出雲国の阿菩(あぼ)の大神が立ち上がり、印南国原(現・兵庫県加古川市~明石市一帯)まで来たところで「争いが終わった」と聞いて帰って行ったという。(『播磨風土記』)

巻1ー0028:春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山(持統天皇)

春過ぎて 夏来るらし 白栲の 衣干したり 天の香具山

 聖山・天香具山は、禁足地であったが、
①山頂には國常立命を祭神とする國常立神社、境内の波波枷の木が占いに用いられてきた天香山神社、南麓には「天照大神の岩戸隠れの伝承地」とされる岩穴や巨石をご神体とした天岩戸神社があること
②古代より、畝傍山と共に、神事に用いる陶土の採集場所であること
から、神職や陶芸職人は入山していたであろう。
 この歌の歌意には、
①柿本人麻呂の歌「久方の 天香具山 この夕べ 霞たなびく 春立つらしも」(巻10-1812)=「天香具山に春霞がかかっている。春が来たんだなぁ」を受け、春霞が消え、今まで霞んでよく見えなかった干した神職や陶芸職人の衣がくっきりと見えるようになった。夏が来たんだなぁ。
②天香具山は禁足地で人がいないはずなのに、衣が干してある。ああ、そうか、神田の田植えが終わって早乙女が着ていた衣を洗って干すという初夏の風物詩か。(神職や陶芸職人の衣は年中洗濯しているはずで、初夏の風物詩にはなりえない。)
③天香具山は禁足地で人がいないはず。これは雪に覆われて真っ白になった天香具山を「衣で覆われて夏が来たみたいだ」と冬にふざけて詠んだ酒宴の余興の歌。
など諸説ある。

巻1ー0052: 八隅知之 和期大王 高照 日之皇子 麁妙乃 藤井我原尓 大御門 始賜而 埴安乃 堤上尓 在立之 見之賜者 日本乃 青香具山者 日經乃 大御門尓 春山跡 之美佐備立有 畝火乃 此美豆山者 日緯能 大御門尓 弥豆山跡 山佐備伊座 耳為之 青菅山者 背友乃 大御門尓 宣名倍 神佐備立有 名細 吉野乃山者 影友乃 大御門従 雲居尓曽 遠久有家留 高知也 天之御蔭 天知也 日之御影乃 水許曽婆 常尓有米 御井之清水(読み人知らず)

やすみしし 我ご大君 高照らす 日の皇子 荒栲(あらたへ)の 藤井が原に 大御門(おほみかど) 始めたまひて 埴安(はにやす)の 堤の上に あり立たし 見したまへば 大和の 青香具山は 日の経(たて)の 大御門(おほみかど)に 春山と 茂みさび立てり 畝傍の この瑞山(みづやま)は、日の緯(よこ)の 大御門に 瑞山と 山さびいます 耳成の 青菅山は 背面(そとも)の、大御門に よろしなへ 神さび立てり 名ぐはし 吉野の山は かげともの 大御門ゆ 雲居にぞ 遠くありける 高知るや 天の御蔭 天知るや 日の御蔭の 水こそば とこしへにあらめ 御井のま清水。

・青香具山:木々が青々と生い茂る香具山

 藤原宮を称えた歌です。

巻2ー0199: 挂文 忌之伎鴨 [一云 由遊志計礼抒母] 言久母 綾尓畏伎 明日香乃 真神之原尓 久堅能 天都御門乎 懼母 定賜而 神佐扶跡 磐隠座 八隅知之 吾大王乃 所聞見為 背友乃國之 真木立 不破山越而 狛劔 和射見我原乃 行宮尓 安母理座而 天下 治賜 [一云 掃賜而] 食國乎 定賜等 鶏之鳴 吾妻乃國之 御軍士乎 喚賜而 千磐破 人乎和為跡 不奉仕 國乎治跡 [一云 掃部等] 皇子随 任賜者 大御身尓 大刀取帶之 大御手尓 弓取持之 御軍士乎 安騰毛比賜 齊流 鼓之音者 雷之 聲登聞麻泥 吹響流 小角乃音母 [一云 笛之音波] 敵見有 虎可吼登 諸人之 恊流麻泥尓 [一云 聞或麻泥] 指擧有 幡之靡者 冬木成 春去来者 野毎 著而有火之 [一云 冬木成 春野焼火乃] 風之共 靡如久 取持流 弓波受乃驟 三雪落 冬乃林尓 [一云 由布乃林] 飃可毛 伊巻渡等 念麻泥 聞之恐久 [一云 諸人 見或麻泥尓] 引放 箭之繁計久 大雪乃 乱而来礼 [一云 霰成 曽知余里久礼婆] 不奉仕 立向之毛 露霜之 消者消倍久 去鳥乃 相競端尓 [一云 朝霜之 消者消言尓 打蝉等 安良蘇布波之尓] 渡會乃 齊宮従 神風尓 伊吹或之 天雲乎 日之目毛不令見 常闇尓 覆賜而 定之 水穂之國乎 神随 太敷座而 八隅知之 吾大王之 天下 申賜者 萬代尓 然之毛将有登 [一云 如是毛安良無等] 木綿花乃 榮時尓 吾大王 皇子之御門乎 [一云 刺竹 皇子御門乎] 神宮尓 装束奉而 遣使 御門之人毛 白妙乃 麻衣著 埴安乃 門之原尓 赤根刺 日之盡 鹿自物 伊波比伏管 烏玉能 暮尓至者 大殿乎 振放見乍 鶉成 伊波比廻 雖侍候 佐母良比不得者 春鳥之 佐麻欲比奴礼者 嘆毛 未過尓 憶毛 未不盡者 言左敝久 百濟之原従 神葬 々伊座而 朝毛吉 木上宮乎 常宮等 高之奉而 神随 安定座奴 雖然 吾大王之 萬代跡 所念食而 作良志之 香来山之宮 萬代尓 過牟登念哉 天之如 振放見乍 玉手次 懸而将偲 恐有騰文。(柿本人麻呂)

巻3ー0257: 天降付 天之芳来山 霞立 春尓至婆 松風尓 池浪立而 櫻花 木乃晩茂尓 奥邊波 鴨妻喚 邊津方尓 味村左和伎 百礒城之 大宮人乃 退出而 遊船尓波 梶棹毛 無而不樂毛 己具人奈四二(鴨足人)

天降りつく 天の香具山 霞立つ 春に至れば 松風に 池波立ちて 桜花 木の暗茂に 沖辺には 鴨妻呼ばひ 辺つ辺に あぢ群騒ぎ ももしきの 大宮人の 退り出て 遊ぶ船には 楫棹も なくて寂しも 漕ぐ人なしに

巻3ー0259: 何時間毛 神左備祁留鹿 香山之 鉾椙之本尓 薜生左右二(鴨足人)

いつの間も 神さびけるか 香具山の 桙(ほこ)杉の本(もと)に 苔生すまでに

いつのまに時が過ぎて、神々しくなったのか。香具山の桙のようにまっすぐに伸びている杉の本に、苔が生えるまでに。

※平城京に遷都された後に、昔を偲んで詠んだ歌とのこと。

巻3ー0260: 天降就 神乃香山 打靡 春去来者 櫻花 木暗茂 松風丹 池浪飆 邊都遍者 阿遅村動 奥邊者 鴨妻喚 百式乃 大宮人乃 去出 榜来舟者 竿梶母 無而佐夫之毛 榜与雖思(鴨足人)

巻3ー0334: 萱草 吾紐二付 香具山乃 故去之里乎 忘之為(大伴旅人)

忘れ草 我が紐に付く 香具山の 古(ふ)りにし里を 忘れむがため

(大宰府に赴任して)忘れ草を私の紐に付けています。大和国の香具山がそびえる懐かしい古里を忘れられるように。

巻7ー1096: 昔者之 事波不知乎 我見而毛 久成奴 天之香具山(読み人知らず)

いにしへの ことは知らぬを 我れ見ても 久しくなりぬ 天の香具山

昔の事は知らないけれど、大和国に来て、私が毎日見るようになってからも長くなったね。天香具山よ。

巻10ー1812: 久方之 天芳山 此夕 霞霏 春立下(柿本人麻呂)

ひさかたの 天の香具山 この夕べ 霞たなびく 春立つらしも

久しぶりに天香具山に春霞がかかっている。春が来たんだなぁ。

巻11ー2449: 香山尓 雲位桁曵 於保々思久 相見子等乎 後戀牟鴨(柿本人麻呂)

香具山に 雲居(くもゐ)たなびき おほほしく 相見し子らを 後恋ひむかも

香具山に雲がかかってたなびいているように、ぼんやりと見かけただけのあの子を、後日、恋することになるのだろうか(聖徳太子のように)。


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