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Travis Japanは、少年の日の夢を見る。

近くのカレー屋さんが移転したので、先日久々に足を運んだ。インドの方が経営していて、それはそれは美味しい超王道のインドカレーを楽しんでいると、信じられないくらいでっかいナンを「おかわりいる?」と無限に提供してくれる。途中でストップをかけなければいけないほど、無限に。

ここは、友人が私とTravis Japanを引き合わせてくれたお店だ。思えば、いろんな偶然が重なってトラジャと出会えた。彼女がこのときトラジャの魅力を教えてくれなければ、私は今、どんな日々を送っていたのかもはや想像すらできない。まさに「出会う前にはもう帰れない」のである。

インドカレー屋で出会ったTravis Japan。何のご縁だろうか、いやそういっては大層なこじつけではあるけれど。
BSフジのTravis Japanエピソードシリーズの最新作は、『~EP.5:Indian Movie Music~ Travis Japan × RRR』と題したインド映画音楽とのコラボレーションだった。何ともグローバルなコラボである。

あの日のチキンサグカレーを思い出す。あの衝撃的な出会いから3年が経った。私は今、Travis Japanというグループをどのように感じているだろうか。久しぶりに感情を書き起こしたい欲がむくむくと湧いてきて、こうして夜中にパソコンに向かっている。

ずっと待ちわびた こんな夜を

2023年2月25、26日。憎き流行り病に何度も邪魔されたトラジャとの対面を、ついに果たすことができた。Travis Japanのデビューコンサート『The Show~ただいま、おかえり~』の大阪公演へ参戦したのである。2020年末に虎者を一度観に行ったものの、コンサート(しかも声出しOK)への参戦は本当に3年越しの念願だった。

デビューコンサートであると同時に、留学から帰ってきて初めての凱旋公演である。その気合いの強さは、彼らのパフォーマンス、セットリスト、会場の熱量、すべてから伝わってくる。私は声を大にして世界中に言いたくてたまらなかった。「トラジャの魅力に気づけ」と。

新曲3曲を加えたセットリストは、ほぼすべてを彼らのオリジナル曲で構成されており、「完璧だ」と思っていた前回の賛成コンを遥かに凌駕した。「めっちゃ踊ってる」とメンバーが口にしていたように、ほとんど休憩なしの超人的なパフォーマンスを2時間半、1日2公演をこなしている。いや超人ではない。彼らは恐らく、宇宙人である。

トラジャのパフォーマンスがいかに素晴らしいかというのは、私がグダグダと語るよりも実際に観てもらったほうが伝わるので、特に書けることはない。個人的に驚いたのは、MCのレベルがかなりアップしていたことだ。
そこには、手持ち無沙汰でTシャツのはしっこを握っている姿も、上手く話すことができなくて空回る姿もなかった。テンポよく、沈黙することもなく、オチもついて「自担だから何でも可愛い♡」のオタクマインドを抜かしたとしても普通に面白かったと思う。

留学を経て、ダンスや歌のスキルアップ、英語の学習についてピックアップされることが多いけれど、この「喋りの上達」も彼らの努力の賜物だといえる。「表現者」としてのスキルが、すべてにおいて爆上がりしていた。

YouTubeを通して多少喋ることが上手くなったとはいえ、観客を目の前にして「自分の気持ちをはっきり言葉にすること」と「面白く表現して観客を楽しませること」の両立ができるようになったのは、完全アウェーになる海外留学でついた度胸によるものだろう。

皆がファンとして一番に感じたことは、アイドルという殻を破った、表現者としてのレベルアップだったのは間違いない。Travis Japanが《進化》そして《変化》したことは、このコンサートをみたトラジャ担、誰の目にも明らかだった。
そして、この変化を目の当たりにしたことで、彼らが《Travis Japan》という職人であり、同時に《Travis Japan》という商品であることを改めて認識することになった。

7人だけの箱庭

ライブから帰ってきてしばらくは、あの空間から抜け出すことはできなかった。「楽しかったな」「すごかったな」「やっぱトラジャが好きだ~~」みたいなことしか考えていなかったと思う。
このままnoteに吐き出したい気持ちもあったのだが、せっかくなら『-The untold story of LA-』を観た後にしよう、と一旦ふわふわした気持ちを寝かせたところで享受したそれは、「語られざる」との言葉通り、決して表には出してこなかった彼らの《裏》の顔であった。

ただ見せてこなかったとはいえ、トラジャ担からすると「あぁやっぱりそうか」と思うような内容であったことも事実としてある。
トラジャは、完璧鉄壁なアイドルではない。どちらかというと隠しすぎないほうで、つらいことはつらいし、悲しいことは悲しいと言う。一つの欠けもない仮面を被るのではなく、時折見せる人間らしさが彼らの魅力の一つでもある。

今、トラジャ担以外から見えるトラジャの印象は、こんなにも儚く脆いものだろうか。

どうかすると一瞬で壊れてしまいそうな、薄い薄いガラスのような繊細なグループ。それを何層にも重ね、強固なガラスの壁を作りあげる。丁寧に磨き、まるで何もないかのように見える高透明度の分厚い壁で囲んで、自分たちを、お互いを守っている。
ガラスの壁の中に7人ぽっちで閉じこもり、お互いに背中を預け合って見えないように後ろで手をつないで、そこに壁なんかないように見えている外へ、笑顔を向けているグループ。
今でも、それが私のTravis Japanの印象である。

No.1の先のOnly one

日本にいる間、良くも悪くも《アイドル》として生きることを強いられていた人たち。その「生き方」はジャニーズ事務所に入所したその瞬間から、半分決められているようなものだ。

「強いられた」という言い方が正しいかは分からない。アイドルでいることは少なくとも彼らが望んだことであって、「自覚がない者は、この世界では生きられない」という覚悟は痛いほど分かっているはずだ。

自分らしさを見出すことが称賛される今の社会において、それに反するような暗黙のルールがまだこの世界にはあるのだろう。「人気商売」とは、「自分自身を商品にする」というのは、生半可な気持ちでできるものではないのだと、改めて自担たちへの存在に感謝する。

彼らは、商品としての自分たちにどれほどの価値があるのか、何度も何度も考えていた。「デビューするには」「売れるには」、そこにどんな価値をつけるのか。見た目やパフォーマンスの美しさは、あって当たり前。それだけでは勝てない今のエンタメ業界。人々の《推し》の対象は山のように存在する。その中でTravis Japanを見つけてもらうには、好きになってもらうには……

そこで出た一つの答えが「+81 DANCE STUDIO」だったのだと思う。
「ジャニーズ」というだけで勝てていたあの頃とは違う。でも「ジャニーズ」だからこそ勝てていた理由が、歴史が、偉大な先輩たちがいる。そして何より、自分たちが「ジャニーズ」を好きだから――

+81が発足した頃の彼らは本当に楽しそうに見えたし、トラジャ担もものすごく楽しかった。何となくだが、トラジャ担は先輩グループから降りてきたファンが多い印象だ。だから、私はこの記事を書いた。

2021年、あの頃はトラジャの勢いを確かに感じていた。けれど、それだけではダメだったのだ。彼らは、たった半年で+81の《第一章》を終えることをはじめから分かっていたのだろうか。今となっては分からない。でもそのタイミングで、彼らはすべてを日本に置いて、アメリカへと旅立った。

しんどいだろうな、とは思っていた。トラジャも、トラジャ担も。いつ帰ってくるのか約束はできない。トラジャ担がずっと待てるかどうかも、約束はできない。

アメリカでの生活も上手くいくかどうか分からない。レッスンも語学も生活も。心が、体が、バラバラに壊れるかもしれない。もしかしたら、あんなに仲の良かった関係性も崩れ、グループが解散になってしまうかもしれない。

何もかもが試されるような、神様の試練だったようにも感じる。

自分たちが望んで行った留学である。いくら彼らが「隠しすぎない」とはいえ、こんな状況でははっきりと「つらいよ」と弱音を吐くことはない。それも分かっていた。だからしーくんの休業発表のときは「もう戻っておいでよ」と言いそうになった。

もういっぱい頑張ったじゃん。今ここにいるトラジャ担の応援じゃダメなの? そこまでしてやらきゃいけないことなの? 心も体も壊して、何を目指してるの? そうまでして世界で戦う意味って何? あなたが、あなたたちが幸せでいてくれなきゃ、何の意味もないんだよ。

と、何度も言いそうになっては飲み込んだ。彼らが欲しいのは、そんな言葉ではないと知っていた。でもこっちだって、好きな人がつらい想いをしていることほど、つらいものはない。トラジャ担にとって、葛藤はものすごくあった。

正直、デビュー発表も満足のいくものではなかった。比べるわけではないけれど、この数年、同年代のスノストやなにわ男子の発表を見ていると、トラジャのデビュー発表だってもっと大々的に、皆で感動を分かち合えるものだと思っていた。帰国するとも聞いていない、ツアーもない、本人たちの声も聴けない。そして、あっという間に過ぎ去ってしまったデビューの話題。PRの仕方も、とてもじゃないがファンが喜べるものではない。さすがに事務所を恨んだ。

アメリカ留学が正解だったのか不正解だったのか、誰にも分からないけれど、このグループに大きな大きな影響を与えていることは間違いない。
「初めてあんなにダメって言われた」と言ったときの如恵留くんの表情をみていると、不思議と「やっぱり行ってよかったね」という気持ちになってくる。

そして、今回のエピソード5を通して感じたことは「エンタメをめちゃくちゃ楽しんでいる」という印象だった。彼らも言っていたように、この楽しみ方はアメリカ留学の中で育まれたものであろうことが、顔の穏やかさから分かる。
素人なので詳しいことは言えないが、体の使い方がしっかりしたように見えるし、ダンスのシンクロ率にも磨きがかかった。さらに技術面だけではなく、挑戦への心構え、各人の役割分担、言葉のかけ方、時間配分、スタッフさんとのやりとり、パフォーマンス中の表情など、エンターテインメントに必要ないろいろ要素や能力が格段に向上していたように感じた。

ものづくりの職人としての《Travis Japan》が、その手で《Travis Japan》という商品を、命をかけて丹念に作っている。「これぞトラジャ」という定番やベースになるものは大切にし、けれど決してそこだけに留まることはない。結果、いい意味でトラジャ担が求める「トラジャ像」がだんだんとなくなっていくのだと思う。「今度はどんなトラジャを見せてくれるのかな」と、わくわくしながら次の一手を待つ。

そう思うと、湧き上がるのは「やっぱり行ってよかったね」なのだ。トラジャを信じて良かった、と。

アメリカへ行って、競い合って、審査をされて、はっきりダメと言われて、YesかNoだけの世界に触れて。日本のよさ、アメリカのよさ。どこまでの国際交流があったのかは分からないが、日米だけではなく、きっと他の国々の人との関わりの中でいろんな価値観を見てきたはずだ。

「No.1を目指すためにはOnly oneになる必要がある」と考え、自分たちだけの武器を見つけるためアメリカに渡った彼らが、「No.1にならなくてもいい」と歌った。ともすれば、諦めとも取れそうな「レースからの離脱」を意味するのではなく、新たな挑戦、つまり自己表現を突き詰める意味でのOnly oneになる。Only oneを極めたその先にNo.1があると信じて、7人ぽっちでの新しい旅路を楽しむことにしたのではないだろうか。

そんな気持ちを綴ろうとしたのだが、いろいろと考えすぎてまとまらず、やっぱりBSフジを観てから書こうと一旦ぐるぐるした気持ちを寝かせて今に至る。いつものことながら、一つのnoteにしてはあまりにも長すぎる。

君たちは、私はどう生きるか

最近、彼らを見ていると、いつの間にか「人間としてどう生きるべきか」と考えている。物事を大げさに考えてしまう、私の悪い癖でもあるが、何を言っているんだと思わず一旦聞いてほしい。自担を通して内省するのは、きっとオタクなら分かってもらえるはずだ。

彼らはなぜNo.1になりたいのか。そこに見える、承認欲求とはまた違う「想い」の正体は何だろうか。それは+81に見えるような「ジャニーズへの帰属意識」、そして一番大きいものが、しめちゃんが折に触れて口にする「ファンへの恩返し」なのではないかと思う。いわば「誰かのため」だ。

Travis Japanは苦労のグループである。どのグループにも必ず大きな苦労はあるが、彼らにはあまりにも報われないものが多すぎる。

「頑張っていれば必ずデビューできる」という甘いものではない。「デビューしたら必ず売れる」という甘いものではない。それは世の中すべての業界に言えることではあるが、特に芸能界はそれが顕著だ。ジャニーズ内でも、そんな事例はたくさんあった。

そんな中で、いつまでも自分のためだけに頑張れるものなのだろうか。人は、ベクトルを100%自分に向けていると、そのうち心が満たされなくなり、だんだん虚しくなってしまうのだという。

「人の役に立っている」「人を喜ばせている」という実感がなくなるから、ということらしいのだが、根っからのお金持ちがボランティアや寄付をしているのは、そういうことが理由なのかもしれない。料理も毎日自分のためだけに作るのは面倒くさいという人も多いだろう。これも関係ある。多分。

人間は、社会的な動物である。社会の中で自分の存在価値を見出したり、他者との関わりの中で「何者」かであろうとし、考え、悩み、もがきながら生きていく。誰だって、誰かの役に立ちたい。誰かに必要とされたい。《自己実現》は、人間の最も高度な欲求であるといわれている。

そして自分の能力を誰かの役に立たせたり、喜びや幸せ、課題解決に使っていくことは「仕事」になる。だからエンタメを「仕事」としている彼らは、100%自分の夢を叶えるためにがむしゃらに頑張っているわけではないと思うのだ。

そしてTravis Japanは仲が良い。自分の夢を叶えることは、つまり相手の夢も叶えることになる。これは皆が同じ方向を見ているからできることだ。だから彼らは、例え喧嘩になっても、分かり合えなくても、相手に歩み寄ることを止めないのだ。

頑張ることで自己実現に近づく。まず「自分」を満たし、「自分たち」が満たされる。その先に「喜んでくれる誰か」がいる。それが家族であり、友人であり、事務所の方々であり、関係者のみなさんであり、私たちトラジャ担なのである、ということは決してオタクの自意識過剰でも何でもない。彼らは今、「Travis Japanという職業」を全うしている。

Travis Japanは、まさにそうした人間としての心の営みを体現しているグループなのだと折々感じることがある。「他者との関わり」とは。「自分」とは。「自己実現」とは。「仕事」とは――彼らを通して、自分のあり方を考える。

それが、「Travis Japanを見ていると、いつの間にか生きる意味を考えている」ことの理由である。

時間を忘れ、ただ自分の「楽しい!」だけを突き詰めていた少年時代。憧れは、いつしか「売れたい」「デビューしたい」という欲求へと変化し、現実との葛藤に苦しみながら「自分が何者か」を見出そうとする。その想いは「誰かのため」に頑張ることを覚えさせ、そして気づけばいつの間にか「楽しい!」に戻っている。

アメリカへ行き世界を目指す中で、スキルアップをしながら手に入れた何より大きなものは「ダンスを楽しむ」気持ちそのものだったのだろう。

分厚いガラスの壁の中に見えるのは、お互いを守り支え合いながら「楽しい!」を突き詰め、私たちを楽しませてくれる、照らされた光を反射してキラキラと輝くTravis Japanの姿だ。

Travis Japanは少年の日の夢を見ながら、その先のNo.1に向かって、自分と、仲間と、喜んでくれる誰かと一緒に、今日も走りつづけている。


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