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ラヴリータイラント

 十四人の視線が、王の前に立つ少女に向けられていた。

「ふむ」
 少女は微笑み、尊大に頷いた。
「不信、殺意、畏れ――そんなところか、この凝視は。悪くない。私が誰だか忘れられたかと思ったぞ、アスラ」

 評定の間は幽玄なる灯で照らされていた。今、この場には国の最高幹部十三人が揃っている。彼らは皆、頭に角を生やした鬼であった。

 そして玉座に座る男こそ、鬼の王、アスラだ。彼はまだ若く、精悍な顔立ちをしている。

「殿下」アスラは動揺を隠せぬ声で言った。「生きておられたか。十年前と変わらぬ姿……」

 少女は黒い外套に身を包み、髪は桃色、山羊めいた角を生やし、手には身の丈ほどの巨大な鎌を持っている。

「十年、眠っていた」少女は言った。「起きて見れば、父上は死んでいるし、魔界は群雄割拠の乱世だ。アスラよ。老けたな」

 アスラは唇を固く結んだ。


 過去が現在を侵食する。目の前の少女は、疑いなくベリアルだ。かつての主であり、恋人。魔界の王、サタンの娘。

 ――何を、今更。貴女の事など……

「さて、アスラ」
 少女の声が、広間に響いた。
「私が何を望んでいるか、当然お前は知っている。魔界の支配者は私だ。確定的に私だ。力を貸せ」

「殿下――」

「アスラ王ッ!」
 叫び声をあげ、若く大柄な鬼が飛び出した。彼は煌びやかな装束を纏い、背中に巨大な刀を背負っていた。
「御身は王で在られるぞ! かつての主君だか何だか知りませぬが、このような小娘に下手に出る必要など無し!」

「ザキ」
 王は言った。

「王らしくもない! いっそ、私に下知を! この場で切り捨てよと!」

「面白いな、アスラ」
 ベリアルは笑った。

 ザキは彼女を睨んだ。

「分かった分かった分かった――お前たちは私の力を知らんのだな。私が魔界を支配するに値するか、知らんのだな。ならば見せよう、真の力というヤツを。抜け、ザキとやら」

「……戯言を」
 ザキは背の刀に手をかけた。

 ――鬼の英雄、ザキ。二つ名は微塵斬り。

【続く】

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