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加藤文元「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」2

京都大学の望月新一教授が提唱した数学理論「IUT理論」を一般向けに解説した加藤文元著「宇宙と宇宙をつなぐ数学IUT理論の衝撃」を今年(2023年)の正月に読み 1月4日に半分ほど読んだところでの感想、先々週に読了後に理解したところを書いたが、ほぼ本書の内容の紹介にとどまった。今週はその2回目として思ったところを書き留めておこうと思う。

まず、前からわかっていたことではあるが、数学には、答えがわかっている問題を解く学校で習う数学と、答えがわからない問題を追及する学問の道の数学とがあることを改めて認識させられた。また、いずれの数学についても単純に数学の理論について知ることが面白いという人もかなりいるということだ。前者の数学のレベルの高低や、後者の数学へのかかわり具合によらず、楽しみかたはいろいろあるだろう。

SF小説を読むのと同様、正解を求める世界のセンス・オブ・ワンダーを楽しむ私のようなレベルの人もいれば、正解の決まっている世界でパズルやクイズを解くのと同じ感覚で楽しいという人も多そうだし、アマチュアの研究者もかなり多そうだ。

「abc予想」とか「フェルマーの最終定理」などの言葉だけでわくわくするような向きには「宇宙際タイヒミュラー理論」なんて言葉の魅力だけで喜びだろうし、本書を読むと「遠アーベル幾何」、「楕円曲線」、「ホッジ・アラケロフ理論」や「ディオファントス方程式」といった魅力的な名前の登場人物に多数出合うことができる。

数学が自己完結的な論理の世界ではなく、地平の向こうに、あの峠の向こうに、新しい世界があるかもしれない、そういった開けた世界であり、そんな不思議さを楽しむことができる人なら十分に楽しい読み物だと感じた。


次に、この理論が日本人の望月新一教授、京大の数理研発であることを知った。

私の自宅は京都の京大数理解析研のある北部キャンパスの少し北にある。自転車でキャンパスを通過することもしょっちゅうだし、百万遍のあたりをうろうろしていることも多い。自転車ですれ違ったあの人やこの人が、ひょっとしたら望月教授その人かもしれず、知らず行き交った可能性もある。

例えば、あのへんの焼肉屋で、友人と会食したりして私が得意げに「なぁなぁ、宇宙際タイヒミュラー理論って知ってる?」と話題を振ってその場を盛り上げようとしたら、そのすぐ横のテーブルで望月教授が食事している、なんてシチュエーションも考えられる。

そう思うと、楽しみは楽しみとしても、一定の慎みは必要だ。

また加藤文元教授という数学者も知り、興味深い一般向けの数学本の著作が多数あることを知った。以前から興味があった数学者ガロアの本が面白そうなので、さっそく購入した。

さらに、望月教授も加藤教授も私とほぼ同じ年であって同じキャンパスのすぐ近くにいたわけで、本書のきっかけとなった数学イベント「MATH POWER」の仕掛け人ドワンゴの川上量生氏も同様だ。当たり前の軽いジェラシーを覚えつつ、取り返すことのできない何十年も前の昔の日々、そして今にいたる呑気であまっちょろい自分を思うにつけ、少し居心地の悪い気分も持ちながら読んでいた。

変化の激しい世の中で生き延びていくために、新しい知識を獲得し、それによって自分を変えようと思うならば、本書を読んでの楽しみは単なるきっかけでしかない。そしてこの「宇宙際タイヒミュラー理論」を100%理解はできないにしても新しい知識として本当に私が獲得しようとするならば、取り返すことのできない何十年もの積み重ねと、その前の数年間の日々を、心を入れ替えて取り返すということに他ならない。

自分自身がこれまで獲得してきた知識、つまり今保有している知識が、いかに浅くても時間とエネルギーとコストをかけて獲得してきたこと、その知識領域のコミュニティにどれだけエンゲージしてきたのか、を振り返って考えると、新しい知識を獲得する、と言うのは簡単だけれどもたやすくないわけで、長い茨の道であることは間違いない。

思えば30年前、当時の部長から「技術者は一生勉強だぞ」と言われたことをよく覚えている。そういうことなのだろう。

「宇宙際タイヒミュラー理論」のように、自分の知識欲を満たすことの楽しさと、対象の深遠さと難解さと、このギャップがあまりに大きいので改めて認識させられてしまったが、私達が生き延びていくには、自分の専門を深堀する、そしてカバーする範囲を広げる、その中で見つけた領域を第二、第三の専門として深堀していく、つまりは一生勉強を続けることが必要だということなのだろう。

そして変化が激しく先が読めない世の中を渡っていくために、まったく新しい知識を獲得しようと思うならば、自分が新人だったころのように新しい知らない世界に身を投じるということだ。これも一生勉強を続けるということだ。

答えのある分野の勉強はネットのおかげでだいぶん効率よくスピーディにできるようになった。本を読んでいてわからないことがあっても、座ったままちょっと手を伸ばしてキーボードを叩けばたいていは用が足りる。そして、Chat GPTのようなエキスパートシステムが登場してきてさらに労力が少なくなるだろう。そのぶん社会の変化のスピードはさらに上がり、新しい分野の勉強がさらに重要になることは間違いない。


ぼやぼやしてはいられない。

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