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【ライフ編】ビーチ・ズーク・ランバダ ・フェスティバル

※「ビーチ・ズーク・ランバダ ・フェスティバル」は、スペイン・バルセロナ近郊で行われる、国際的なランバダ・ズークのフェスティバル。ズークは「踊るヨガ」とも言われる、カリブ諸島、ブラジルを中心に発展したペアダンスで、先にランバダズーク、その後にブラジリアン(リオ)ズークが出来た。今は2種類とも、ヨーロッパを中心に様々な世代に人気を博している。これは、完全な趣味でこのダンスを細々と楽しんでいる、フォロワー女性視点で書かれている。

※2 リーダー=踊りをリードする人。主に男性が多い。
※3 フォロワー=リーダーの踊りについて行く(フォローする)人。主に女性が多い。

これまでの流れ

このまでの記事で書いた通り、あまりに無知で動物的すぎる性格が原因で、ランバダ・ズークは1回の対面レッスン、2回のオンラインレッスンを受けただけーそう、もはや習い始めてばかりでースペインのズークフェスティバルに参加した、私。

そんな入門レベルにも関わらず、世界で活躍している名ダンサーやインストラクターの魔法によって、レッスンも2つのタイプのパーティーでもビックリする程楽しめ、その上たくさんのビギナーズラックまで経験できた。


フェスティバルのプログラムは、もちろんレッスンとパーティーが主役。
だが、主催してくださる方、舞台になるホテル、食事も、素晴らしい立役者だ。
それらに支えられ、私達は印象的に出会い、絆を深め、そして別れる。
健康的にズーク・ダンスドラマを楽しむために必須なことを含め、踊り以外のことも残しておきたいと思う。

会場

レッスン、パーティー、プールパーティー全てが、3つ星ホテルの「Don Angel Hotel」で行われた。

星が一つ減る分、キゾンバフェスティバルの会場のEvenia resortよりは少し安かった。
ただ、こちらは朝食以外は含まれていなかったから、全体的に、会場ホテルに泊まるお得感は、トントンといった所か。

家具の上にホコリが残っていたり、ドライヤーの質が悪いという所だけ惜しかったけれど(ドライヤーには強風も冷風もなく、髪が3日間でバサバサになった)、全体的にスタッフも優しくフレンドリーな方ばかりで、朝食はとても美味しかったし、シーツ交換などもスムーズだった。

何より、踊り切って疲れたらすぐに眠れる所、眠気に耐えられなくなったら「少し」仮眠に上がれる所など、すぐ近くに寝室がある利点はやっぱり高い。

会場ホテルに泊まらなかった場合、このフェスティバルの場合はチケットにエキストラ料金もかかってくるようだったし、色々考えて結局、ほとんどの人がホテルに泊まっているようだった。

食事

朝食だけはホテルの宿泊代に含まれているから、朝の6時まで踊った参加者もインスラクター達も、朝食はギリギリでも来ている人が多かった。
「食への探究心は万国共通だなぁ」
と、クスッと笑ってしまった。

朝食でバイキングをとっている時などに、前の日レッスンで教えてくれたインスラクター達が
「おはよう!あれから少しは眠れた?」
などと、声をかけてくれる。

ズークフェスティバル以外でもたくさんのメンバーが朝食に来ているのに、きちんと覚えてくれているのが嬉しかった。アジア人は2ケタもいなかったから、良い意味で目立ったのかもしれない。

最初は黙々と、出来るだけたくさんの食べ物を取ることに必死だった私も段々と、この朝食時間を使って、たまたま会ったインストラクターや上手だな、と思った参加者をはじめ、こんな風に声をかけてみた。

「おはようございます!昨日の先生のパフォーマンス、とても惹きつけられて感動しました!今度はスローバージョンもみてみたいです」

「おはよう!昨日のパーティーでのあなたのボネッカ、素敵だったね」

すると彼らもますます心を開き、無理やりかもしれないが私の良い所を思い出してくれ(?!x)、会話に花が咲いた。

バイキングを取る時も会話もして、その上、テーブルではレベルは雲泥の差ながら、同じ日本人で仲良くなれたAさんとTさんと思う存分、前日の楽しかったこと、気になることなどを、美味しいパンやフルーツを片手に思い思いに語り合い、そして経験豊富なAさんからダンス、そしてズークの貴重な情報をいっぱい教えてもらったりしていたから、朝食時間はホテルオフィシャルの終了時間から、大幅に延びていた。
そしていつも、現地スペイン人の宿泊者達と一緒に、会場を追い出されていたように思う。

昼食は、朝ご飯が夕ご飯のようなすごい量だったこともあり、近場のサンドウィッチやヨーグルトを果汁100%のスムージーと共に、プールサイドで食べたりした。
ランバズークが始めたての私は、Aさんから本当にたくさんのことを教えてもらい、このお話はある種の財産になったと思っている。
Aさんのスペイン語もかっこよかったし、ポルトガル語がペラペラのTさんもスペイン語が少し話せ、2人が英語に頼らずスペイン人と会話をしている所も、かっこよくて見惚れた。

楽しく昼ごはんを食べていたら、お昼寝の時間を逃していた。
こうして深刻な寝不足になって行ったものの、ズークフェスティバルはスペインに到着したばかりで体力も一番あった気がするから、なんとか午後のレッスンにつなげられた。

午前も午後もレッスンやらパーティーやらでズークを踊りまくり、脳はランバダズークでパンパンの状態で食べる夕食。
「本土スペインの生ハムやタパスを楽しもう」という日も作り、そして「今日は別の大陸の日にしよう」とサンタ・スザンナの気持ちの良いプロムナードを歩いて、メキシコ料理を食べた日もあった。

18ユーロを出してホテルでディナーを食べる選択肢もあったけれど、こうやって少しホテルの外を風に吹かれて散歩して、ご飯に行くのも気持ち良かった。

ただその場合に気をつけたいのは、スペインは1ディッシュがとても大きい!
アボガドサラダを頼んだら、日本でいうLLサイズのサラダがドカーンとでて来て、それだけでお腹いっぱいになるから、一人では到底食べられない。

ぜひ、仲良くなった参加者と一緒に2人以上でレストランに行こう。
サラダ系、お肉系、もしくはパスタなどを、二人以上なら仲良くシェアできるから。
私達もグループだったから色々なものをシェアできて、夕食ではグルメもすごく楽しむことが出来た。

ランバダ・ズーク、そしてAさんが昔踊っていたオン2サルサやNYのお話もとても興味深く、Tさんと私は乗り出してきかせてもらった。
そういうしていたらあっという間にパーティー開始時間になっているから、これまた夕寝は諦めた。
夕寝できないほど、その話の1つ1つは新鮮で魅力的だった。

出来ることなら朝寝、昼寝、夕寝を

まだ序盤だったから、私は極度の睡眠不足でも走り抜けることが出来たけれど、すでにポルトガルの旅をしてからスペインに上陸したTさんは、体調不良になり辛そうな時期があった。
そういう時は、無理をせず朝寝、昼寝、夕寝をこまめにして復活していたのが印象的だった。

旅の序盤以外でフェスティバルに参加する場合は、体調不良になってしまう前に、計画的に少しの時間でも睡眠を取った方が吉だろう。

主催者様とは連絡を取ると心強い

キゾンバフェスティバル同様、ズークフェスティバルも参加する前には、色々なことが起きた。
「6月末に申し込んだのに、フルパスがエラーで申し込み日が7月になっているから、早割が効かない」
「クレジットカードの払い方で日本円を選択したら、エラーになる」
「英語表示があったのに、途中から急にスペイン語しか表示されなくなった」

こういう時、このフェスティバルの主催者でありダンサーのXabiにいつも相談した。
フェスティバル中に現金払いをする時、受付のマダムは
「特例早割扱いは、認められない」
とドンと構えていても、Xabiが弁護してくれたら、それはあっさりと認められた。
Xabiはクレジットも色々なやり方を教えてくれたり、スペイン語も訳してくれたりした。
当日、空港から会場のホテルまで行くとても便利なバスも教えてもらえ、本当に助かった。

色々相談に乗ってもらっていたからか、空港でついにXabiに会えた時は、温かく強いハグをしてくれた。
「無事着けたんだね、君……!ようこそ、ズーク・フェスティバルへ……!」

スペイン語は全く分からないし、色々な手続きに疲れてしまうこともあった。
「それでも一歩ずつ、踏み出してみよう」
と思えたのは、ズークはXabi、キゾンバはNunoという、素晴らしい2人の主催者のおかげだった。

もし全てが自分で出来たとしても、いきなり会場で会うよりも事前に連絡が取れているだけで不思議な安心感が持てるだろうし、このフェスティバル主催者のXabiも、Nunoと同じようにすごく誠実に参加者の質問に向き合ってくれるから、お友達として、こんな人が第一号になってくれるのはとても心強いだろう。

広いホテル内ならではの交流

ホテルのロビーのソファーでくつろいでいると。
「Hi!楽しんでる?僕はフランスから来たAだよ!」
と声をかけられる。

「この子、ズークフェスティバルにいたかな?!」
と思いながらも、同世代らしいこのフランス君と大好きな南フランスの話をしていたら、盛り上がって行く。

プロフィールを見せてもらうと彼は、南フランスでタンゴやバチャータのパーティーを主催している、ダンサーだった。
「最近はズークもイベントに取り入れてって結構仲間に言われてるんだ」

タンゴもやっていることを伝えると、ますます話は弾み、その子が主催している南仏のパーティーや、このホテルの別のプールで開催されていたらしい、夜のプールパーティーの様子も、ビデオで見せてくれる。

「何これ?タンゴをプールサイドで踊るの?しかもこの曲、初めて聞いた」
「うん。南フランスの僕らの世代は、伝統的な曲だけでタンゴを踊ってないよ。絶対楽しめると思うから参加しない?例えば、次のイベントはこんな感じ。日本人で参加してくれる子なんて、初めてだからみんな喜ぶよ」
「残念だけど、来週はバルセロナのタンゴのミロンガと週末はキゾンバのフェスティバルに行くから無理だなぁ。その後は、日本に帰国」
「残念!でも、今回は無理でも絶対来てよ。いつもと違うメンバー、そう、日本のメンバーを求めてるんだ」

このフランス君のパーティー拡大への情熱は、もの凄かったから圧倒された。
「ありがとう。じゃあ来年またヨーロッパに戻って来れたら、行かせてね」
「来年?!もっと早くていいけど(笑)連絡先、交換しよう」
ワイワイ連絡先を交換していたら、あっという間に夜のパーティーの時間が迫っていた。

「あ、もうすぐ夜のパーティーだよ。まずは今夜ね!」
「ズークの?!タンゴのフェスティバルの方も、夜のパーティーがあるから行けないよ」
「え?!あなた、ズークフェスティバルのメンバーじゃなかったの?」
「誘われはしたけど、メンバーじゃないよ!ズークフェスと同じ日から開催されてる、タンゴフェスのメンバーだよ。会場は、あそこ。少しは抜け出して、タンゴの方においでよ」

なんと、Don Angelホテルは大型ホテルということもあり、複数のフェスティバルが同時期に開催されているらしい。
しかも、タンゴとは……。
このように違うフェスティバルに参加しているメンバーにも気軽に声をかけるのも、ラテンカルチャーなのかもしれない。

不思議なシンクロニシティが、同じフェスティバル参加者以外からも起こって来るのは面白い。

“出会い“と絆の深まり

ダンスフェスティバルの出会いで他のシチュエーションと大きく違うのは、大抵の場合、
「はじめまして」
の出会いが踊りという所だ。

もちろん、「Hi!」と挨拶はするけれど、その後私達はレッスンなりパーティーなりで、すぐ踊るのだから。
会話以外で挨拶を交わすのはとても面白く、貴重な感覚だ。

世界各国で香水の香りだって違うし、組み方そのものも、初めて感じる感触もあった。

コネクションー組み方は、その後の会話とある程度リンクした組み方だったりする。
陽気で冒険好きな人は、結構しっかりと形を保って。
優しげだったり内向的な人は、優しく包みこむように。
パーティーになると、どちらもが同居したような組み方の人もいて、驚かされることもあった。

この独特な「出会い」の楽しみは、ダンスをやっている人ならではのものだろう。

そしてキゾンバフェスティバル同様、その後休憩時間やデモストレーションの待ち時間などで少しずつ会話が入って来る。

お互いの出身国に始まり、互いの国のランバダ・ズークやズーク全体の人気具合について……会話は、曲がメインのメロディーを奏で出す、序盤の短いトリックのようにまずは短く軽快に始まり、そしてホテルのロビーなどで、それは伸びがあり流れるようなステップのように、更に膨らむ。

ホテルロビーは、貴重な交流場所

先程のフランス君に限らず、ヨーロッパ各国、アメリカ、南米各国……色々な国の人が日本の都市や食文化、人と人との距離間など、広範囲で興味を持ち、質問して来た。

こちらも彼らの国々に行ったことを話すと、ますますその場は盛り上がり……。

こんな感じでレッスンの休憩時間以外だと、ホテルのロビーが上記の通り、何かとみんなの交流場所になった。レッスンに参加していない、パーティーのみの参加者と交流できたのも、ここロビーだった。

キゾンバフェスティバルでは、なかなかインストラクターにホテルロビーで出くわすことはなかったが、ズークフェスティバルでは、インストラクターも大抵参加者と同じ場所で行動しているようで、インストラクターのみならず彼らのペットまでも、ロビーで交流できた!

特に2日目の午後以降からは、ソファーで寝不足でウトウトしていたり、その場にいたメンバーでのんびり話をしていたら、レッスンやパーティーで踊った人達からトントンと優しく肩や髪に触れられたり、背後から「Ola!」「Hey!」と言って来たりすることが多くなった。

そこから、【パーティー編】で書いたラッキーに繋がる「軽い約束」も、このロビーで交わされた。

時には寝ぼけもあってか、たまに
「この子・人はどなただったかな?」
と心の中で思うことも……。
そしたらAさんが、スペイン語で親しくお喋りをして、Tさんや私に改めて相手が何者か紹介してくれることもあった。

ランバダズーク経験値は大人と赤ちゃんのようなのに、Aさんはレベルの全く違う入門者にも優しく、時に本当の妹のように可愛がってくれたり、時に神添乗員のように色々な手続きに協力してくれたり……3日間を通して本当に頼もしく、お世話になった。

仮眠が必要じゃない場合、ロビーでゆったりしているだけで、たくさんの人との友情が深まっていったり、素晴らしい交流チャンスが恵まれるから、Don Angelのロビーは第二の睡眠場所として使っておくのも良いかもしれない。

ただ、誰かと一度話し出して盛り上がって行くと、あっという間に30分は経つから、昼ごはんや夕ご飯の確保には気をつけたい。
どんなレベルであろうと、「ダンスが大好き」で「世界の人とフェスティバルで交流したい」と思っている人達は、陽のエネルギーの種類も似ていて、何かと意気投合しやすいようだ。

“別れ“にも丁寧にじっくり時間をかけるダンサー達

「OOロス」という言葉があるけれど、まさに3日間もランバダ・ズーク漬けになっていると、「ランバダ・ズークロス」、そして、「フェスティバルメンバーロス」になることは覚悟しておかないといけない。

数日間は必ずロスに襲われるし、徐々に他の印象がその特別な3日間に上書きされて行くとしても、その感覚というものは、身体に刻まれたままだ。

このズークフェスティバルのすごい所は、参加メンバーはもちろん、インストラクターとも友達のような感覚で、すごく親しみを込めて最後にお別れができた所にもある。

パフォーマンスで異次元の実力を発揮して、なんだか相当遠い、宇宙のような遠い次元にいたインストラクター達が、再び最終日の早朝、眠たそうな声で
「Good ~ Mor…ni~ng….」
と声をかけて来てくれるのだ。
あまりにも自分と同じ地上の人間すぎて、昨夜の感覚が狂ってしまう。
もちろん私が昨夜の感動を口にしたら、急に眼が開き喜んでくれるけれど。

彼らはこうやって時に地上の人間へと戻って来てくれ、気軽にインスタグラムやFacebookのアカウントも教えてくれた。

「日本に行ってみたいよ。Sushiとか、Sushiとか、Sushiとか……!」
よほどSushiが大好きなインストラクターもいた。

「子育てが大変になる前のタイミングで、私も日本を訪れ、レッスンしたいわ」
イスラエルのOmerご夫妻とは、お手洗いやロビーでもゆったりお話できるチャンスに恵まれ、真剣に日本行きを検討してくれているようだった。

「すぐに再会できることを願って……!写真を撮ろう!」
たくさんのメンバー、インストラクター達と、別れを惜しむように写真を撮った。
Aさんが、
「このメンバーは別れに丁寧に時間をかけてくれるだろう」
と経験から予想してくれ、私達はかなり余裕を持って、バルセロナ行きの電車の時間を設定していた。
それでも、時間はびっくりする程あっという間に過ぎ、私達は結局、走って駅に向かわないといけない程だった。

参加者もインストラクターも、実際に招集してくれそうなAさんや上手なTさんのみでなく、入門者の私にもとても時間をかけて愛を込めて、ハグとメッセージをくれた。

「ランバダ・ズーク、あなたの町は全くイベントがないってことだったけれど……。東京に行ってでも、踊り続けてね……!」
「その笑顔で、ずっと踊り続けてほしいよ!これで終わりなんて、言わないで」
深いハグをしながらこんなことを言われたら、これでズークを一旦終了する予定が、また続けたく、そして上京したくなって来る。


未来のことは全く分からない。
どのダンスを、どこまで続けるのか。
気まぐれな趣味だから情熱がなくなったら、来年は何も踊っていない可能性だってある。
新しく挑戦してみたいことだってあるし、ずっと向き合って来ている仕事だってある。

でも、この太陽の恵みを隅々まで浴びたような素敵なランバダ・ズークを、スペインで踊ったこと、「死ぬまでにしたいことリスト」の1つをやり切った達成感は、どんな状況に変わっても、身体にも魂にも忘れてほしくない。

人々を心から自由に、笑顔にしてくれる、ランバダ・ズーク、そしてこの、「ビーチ・ズーク・ランバダ ・フェスティバル」。
たくさんの人がこのダンスとフェスティバルに出会い、この会場の太陽と人々に触れ、魂も表情も今年の私達みんなのように、より輝きが増しますように……。

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