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テンション、上げさせられてた。

武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエ イティブリーダシップ特論 第6回 堺 大輔さん(2021年5月17日)

 クリエイティブリーダシップ特論第6回の講師は、チームラボの創業メンバーで取締役の堺大輔さんです。あのチームラボのリアルなお話が伺えるということで、大変興味深い回となりましたが、特に印象に残ったポイントをまとめておきたいと思います。

1. オフィス

 最初に堺さんがオフィス内を巡回して映像を見せながら、打合せや作業を行っている社内スペースを紹介してくださいました。
 オフィスは「できるだけアイデアを呼び出しやすくする」工夫をしているとのことで、天板がメモ用紙になっているメモデスク、マッサージボールで埋め尽くされたテーブル、カラーバリエーションが豊富な椅子など、一つひとつなぜそうなっているかの理由も含め、説明がありました。
 そういった部分は、アートというよりエンジニアリング的に考えられていて、感性的なものを追究しながらも、手法は合理的・科学的という印象を受けました。

 自分は特許の仕事をしていますが、ある同業者の友人が以前に「自分の書く明細書(=特許出願時に提出する数十ページに及ぶこともある大部な書類)は、一つとして無駄な文章はなく、全ての文章の根拠を説明できる」と話していたことがありますが、一つひとつの要素の理由を説明できるということは、プロの仕事の証なのではないかと思います。

2. デジタルアート

 チームラボの事業は、「デジタルアート」と「デジタルソリューション」の2本柱で、ボーダレスプラネッツで一般によく知られているのが「デジタルアート」です。

 デジタルアートは「Body Immersive身体ごと没入」をテーマにしているとのことで、とても興味深かったのが「人々の関係性を変化させ、他者の存在をボジティブな存在に変える」という考え方です。
 従来のアートは、美術館での絵画の鑑賞をイメージすると、周囲の他者の存在を邪魔に感じてしまったりすることがあるものですが、そこにデジタルの良さを活かして、他者の存在を作品のかたちの変化につなげて見せる(滝の水の流れが変わるetc.)ことで、ポジティブな存在として捉えることを試みているそうです。

 仏教の世界では「気」や「情」という考え方があって(以前に聞いた禅寺の法話の記憶を辿っているので不正確な部分があるかもしれません)、自分とは単独でそういう存在があるのではなく、人を含めた周りの環境(=「気」や「情」と呼ばれるもの)の一部である。だから、「気分」というのは自分の内側で作り出されるものではなく、周囲の「気」から「分」け与えられたものであり、「気が合う」というのは対峙する人と人との関係性のみを指すのではなく、お互いがよい環境を作り出せるという全体性に関わり合うものである。

 この話に照らして考えると、人の「気分」は周囲との関係性によって変化するものだし、他者とのポジティブな関係性は、「気」と各々の「気分」を良くしてくれるとともに、「気の合う」存在を作り出すことにもつながるのでしょう。
 デジタルアートは仏教にも通じる世界観だなぁ、と感じながら堺さんのお話を伺っていました。

3. デジタルソリューション

 りそな銀行ANAマイレージクラブのスマホアプリ等のソリューションを提供しているのが、チームラボのもう1つの柱、デジタルソリューションです。 
 チームラボのデジタルソリューションは、機能が揃っているとか、見た目が洗練されているとかではなく、ユーザにとって本当に使いやすいものを提供する、というポリシーを徹底しているのが特徴だそうです。
 そのためには、できるだけ早い段階で見える形にして、作ってみたものに修正を加えていくこと。また、どんなコンセプトも技術的な裏付けがないと実現できないため、デザイナーとエンジニアが一緒に考えることが重要で、上流工程からエンジニアも参画してプロジェクトに取り組んでいるそうです。

 面白かったのがANAマイレージクラブのスマホアプリで、マイレージ会員の心理特性に合わせて、徹頭徹尾「いかにテンションを上げるか?」を追究して、無駄とも思えるくらいにアプリの動きに拘っているとのこと。
 地方出張が多く、いつも羽田空港の出発ロビーのフロアまで上がる長いエレベーターの途中で、青い翼のアプリのデジタルカードを開いて「今日も翔ぶよっ!」と心の中でつぶやいている自分には、めちゃくちゃわかる話です。
 完全にチームラボの術中にハマって、テンション上げさせられてますね...

4. まとめ

 アート、デザイン、ソフトウェアエンジニアリング、企業文化、人材マネジメントと、多様な側面から示唆に富んだお話を伺うことができましたが、最後にその中から特に印象に残ったポイントを2点挙げておきたいと思います。

 1つめは、チームラボの企業文化について。
 堺さんは「クオリティこそが正義」と断言されておられました。
 意思決定の際には、役職よりも何よりもクオリティが勝る。それが社内で徹底されていると。
 そのクオリティとは何か。
 数値化された基準があるわけではないが、社内では暗黙の共通理解がある。それは、チームラボが「チームとして」多くの作品をみんなで作ってきた蓄積によって形成されているものであろう、とのことです。 
 「正義」と断言できるものがあることは、本当に強い。プロとして何かを突き詰めるには、「正義」と信じるものの存在が必要であると思います。

 2つめは、価値判断について。
 チームラボでは、調査をして情報を集めて物事を判断するのではなく、「モノを作ってみてジャッジする」スタイルが社内で定着しているそうです。
 また、チームラボの現在の姿は、最初から戦略的に目指してこうなったわけではない。未来は予測できないし、そうした不確実性の中、それぞれが現場で頑張ってきた結果が今につながっている、というお話もありましたが、これはとても共感するポイントです。
 知財の分野では、IPランドスケープと呼ばれる手法(=特許などの知財情報を研究開発やマーケティングなどの各種データも用いつつ経営に生かす手法:2021年2月24日付日経電子版より)が近年注目され、日経とかが最先端のトレンドとして追いかけているのですが、分析や予測より、意志と実践が求められる時代に我々はいるのではないか、と常々感じているものですから。

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