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DX戦記 新規事業開発編(14)ローンチ承認を勝ち取れ!

山口部長「みんなが大沢さんの件で忙しいのはわかっている。……しかし、ローンチ審議会の準備もしてもらわないといけない。あとちょうど2週間で審議会だから、急いで準備に取り掛かってほしい」
池「ですよね〜」
守くん「具体的に、今回の審議会で報告すべき項目って決まってますか?」
山口部長「それが決まってないんだ。デジタルサービスを作る、という社内の前例はないからな。だからまずは世の中の投資ピッチでどんなことを説明しているか調査してほしい」
寺「承知しました!」

大沢さんの一件の裏で、トレイルブレイザーズは忙しく動いていました。なぜならローンチ審議会でアトラスのローンチ承認を取る必要があったからです。DX部、トレイルブレイザーズにとってこのローンチ承認は、単なる新規事業の承認とはまた違う意味がありました。それは、これがJTCが20年ぶりに立ち上げる完全な新規事業であり、これからこういった新規事業開発を続けていくことを象徴する事業になるからです。仮にアトラスのローンチ承認が遅れたり、否決されたりすれば、悪い前例として今後別の事業立ち上げのときにも影響する可能性があります。あとに続く第二第三の新規事業のためにも、アトラスはスムーズで理想的なプロセスでローンチさせる必要があるのです。

とはいえ、ローンチありきでローンチ審議会をするのも良くありません。正当なプロセスでありつつ、ビジネスモデルやマネタイズ、体制など、ローンチ承認に値するかどうかきちんと審議して貰う必要があります。どんな観点で審議して貰う必要があるのか、そのために必要な投資ピッチの内容は何なのか、整理する必要あります。

幸い、Cコンサルに伴走して事業化検討をしていたので、必要な事業観点の調査・検証を行ってきていました。素材はあるのであとはそれを適切に調理して、章立てしていくだけで良さそうです。

山口部長を含むトレイルブレイザーズは川口さんを中心にして章立てを整理していくことにしました。


川口「Cコンサルの方と話して概ね整理したものがあるので、まずはそれをシェアしますね」
守くん「すごい! もう用意されてたんですね」
川口「ドラフトですけどね〜。気になった点あればコメントお願いします」

川口さんが整理してくれた投資ピッチの構成は以下のようなものでした。

  1. 導入
    • 新規事業の概要とそのビジョンを簡潔に紹介。

  2. 背景
    • 新規事業のアイデアが生まれた背景。

  3. 市場分析
    • 対象市場の分析、機会とニーズの特定。
    • 競合他社との比較分析。

  4. 事業計画
    • 製品・サービスの詳細。
    • 事業モデル、収益予測、投資回収計画。

  5. 運営体制
    • 体制図の説明。

  6. リスクと対策
    • 予想されるリスクの特定と対策。

  7. ローンチ戦略
    • マーケティング計画、初期のロードマップ。
    • 事業成長のための短期・中期・長期の目標。

  8. 投資の必要性
    • 必要な資金、人員とその具体的な使途。

  9. 成功/失敗の定義
    • 事業のKPIs(重要業績評価指標)。
    • 撤退基準。

  10. 総括
    • プレゼンテーションの要点のまとめ。

  11. 質疑応答(Q&A)
    • 経営陣からの質問に対する回答。

守くん「手堅い感じの構成ですね」
川口「ですね〜。本当は守くんとサンタナさんでしっかり検討してくれた顧客体験関係の話も入れたいんだけど、社内の承認関係の資料を見ると、割とこういう固い感じでやっているんだよね」
池「システム周りはあんまり詳細言わない感じですかね?」
川口「う〜ん、そこは悩ましいところで、『4. 事業計画』のところでチラッというくらいでいいかなと。うちの役員にシステムの細かい話してもわからないだろうしね」
寺「リスク関係ってどれくらいのボリュームで考えていますか?」
川口「今の所は、主要なリスクだけでいいかなと思っているけど……。ここら辺、山口部長いかがですか?」
山口部長「そうだな……、構成自体はいいと思う。だが、役員たちはみんなが思っている以上にコンサバだし、アトラスの事業はJTCとして初めてのサービス事業だから、リスクについては結構質疑の部分で白熱するだろう。ネガティブな質問もたくさん出てくると思うからここの部分の対策はしっかりやる必要があるな」
守くん「そうすると、リスクについて網羅的に調べていかないとローンチ承認してもらえないかもしれない、ということですね……」
川口「全然新規事業に挑戦するための審議に臨むスタンスとは思えないですが……これもJTCが乗り越えるべき壁というわけですね。準備を始めます!」

役員の方々も馬鹿ではありません。こういった新規事業をする上での判断の位置付けや論点は理解しているでしょう。しかし、これまで製造業の経営者として様々な意思決定をしてきた経験として、リスクがしっかりクリアされないと不安に思う人も多いのはそうなのでしょう。川口さんが言ったように、これもJTCが生まれ変わるのに越えるべき壁なのです。

ローンチ審議会は90分。この間で経営陣の疑問や不安を払拭し、「No」と言える材料をあたえないようにしなければいけません。一般的なスタートアップと違って、「YES」と言わせるのではなく、「No」と言わせない戦略が、JTCのローンチ審議会では求められます。発表の重心や事前準備は「No」と言いやすい材料、つまりリスクとその対策にフォーカスしていくことになりました。


守くん「リスクについては工場にいたときにやっていたので簡単に解説しますね。JTCでは安全に関して、昔から結構しっかりしたフレームワークに沿ってリスク評価をして対策をしてきたので参考になると思います!」
池「頼りになる〜」

事業のリスクの洗い出しと評価の部分は、製造現場でリスク評価などの経験があった守くんが担当することになりました。リスクを考えるとき、JTCの現場では問題が発生した場合のリスクの大きさ(被害額や人的被害など)と、発生の頻度の掛け算でリスク対策の優先順位づけをしていました。例えば、リスクの大きさが中程度(評価=2)でも、発生頻度が高い(評価=3)リスクであれば、総合的なリスクは2×3=6として、比較的高い優先度で対応するリスクとして分類します。安全に関するリスクとは評価基準は変える必要はありますが、リスクの大きさと頻度の2軸で評価していくのは踏襲していけば良さそうです。

守くん「あとは、新規事業の各観点から網羅的にリスクを洗い出すところを考えないとですね」
川口「そこは結構簡単かも。事業化の最初からUX、ビジネス、システム、プロダクトマネジメントのチームに分かれて検討進めていたから、各チームが検討してくれていた領域を点検してもらえばいいんじゃない? いい感じに手分けできそう」
寺「それで良さそうですね! リスクの評価の仕方は分かりましたが、洗い出し方で何か工夫できることはありますか?」
守くん「そうですね……、最終的にリスクに対する対策を考えるために、リスクの発生する原因とその結果を分けて書いていってください!」
川口「了解!」

こうしてトレイルブレイザーズはローンチ審議会までの期間はリスクの洗い出しと対策の準備にかなりの労力をかけることになりました。最終的には200以上のリスクが洗い出され、優先度の高い20のリスクについて対策を策定し、説明用の補足資料を作って。そうしていくうちに瞬く間に日数が経過していきました。

大沢さんの事件といい、リスクの洗い出しといい、ローンチ審議直前になって、当初WBSになかった想定外のいろいろなタスクが発生し、最終的にWBSは当初の2倍近い量にまで膨れ上がっていました。新しい事業を立ち上げるということはこういう想定外の連続なのかもしれません。単なる優先順位づけの話ではなく、発生するあらゆるトラブルや状況変化に気づいて機敏に対応していく、そういう感覚と動きが新規事業開発には必要なのです。トレイルブレイザーズ結成当時はそこまでの解像度をJTCで持っている人はいませんでしたが、この6ヶ月間の間にトレイルブレイザーズは多くのことを学んできたのでした。

……そして、ローンチ審議会前日。


川口「直前までかかりましたが、できました」

小会議室で川口さんが全体の流れを説明しました。資料構成自体は変わりませんでしたが、リスクの詳細や具体的な対策、実施時期など想定される質問への補足資料が加わり、メインパートのリスク説明内容が厚くなりました。

会議室では事業責任者になる赤城さんも同席していました。赤城さんは心持ち緊張したような表情をしていました。それもそのはずで、実は資料準備をしていたのはトレイルブレイザーズでしたが、ローンチ審議会で直接経営陣に対して説明するのは事業責任者である赤城さんだったからです。結構必死に発表資料を読み込んでいます。そこまで必死になるなら資料作成から手伝ってくれて良かったんですよ、と言いたげな川口さんの冷ややかな目線が赤城さんに向けられていました。

山口部長「ありがとう! 新規事業という観点からすると本質から離れているが、こういう地ならしは必要なんだ。そこらへんを理解して協力してくれて助かった。本当にありがとう! 赤城さん、明日はこれで行けそうですか?」
赤城「……がんばりますが……色々突っ込まれたら助けてくださいね」
川口「はいはい、私たちも隣で立っているので大丈夫ですよ」

こうしてJTC最初の新規サービス事業アトラスのローンチ前の全ての準備は完了しました。まだMVP(必要最小限の提供価値が実装されたもの)をお客さんに使ってもらうこともできていない状態ですが、ようやく、事業を始める最後の扉の前まで到着することができました。

明日、ローンチが承認されたら色々なものが一気に動き出します。マスコミからの問い合わせもあるでしょうし、顧客対応も始まり、おそらくシステム的な不具合なども出て苦労することもたくさんあるでしょう。しかし、それもローンチしなければ経験することすらできません。JTCが次の一歩に踏み出すために、明日はとても大切な一日になります。

つづく


トレイルブレイザーズの雑談
川口「ローンチ承認にリスクの観点を入れろっていうのはわかるけど、単に顧客提供価値とか、サービスに対して経営陣が良し悪しを判断できないからそうしている感がある」
池「JTCの経営はIT音痴の方が多いですからね〜」
守くん「結局サービスの本質は顧客提供価値にあると思うんですけどね。実際に結構インタビューを通じて仮説検証したので、あんまり顧客の話がピッチには載らなかったのが残念……」
寺「最後の方はみんなでひたすらリスクの洗い出しと対策に終始してしまいましたしね。本当はローンチの成功率を高める活動に時間を取りたかったです……」

経営陣を動かすためには仕方ないとはいえ、不満はあるトレイルブレイザーズでした。

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