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#002_ATを歩いた日本人がいた │ ロングトレイル

「加藤則芳さん」という存在

便利な時代ってこういうこと

今さらだがインターネットとは非常に便利なものだ。いくつかのキーワードを組み合わせればかなり効率的に必要な情報を収集することができるし、例え直接的なキーワードを知らなくても、関連性のある情報を辿れば求めていた答えにわりと簡単に近づけてしまう。

あとは大した目的もなく、何となくボケーっとネットサーフィンしていて、それが時に偶然の発見をもたらしたりもする。

しかし時として、自分が見たこともない景色や聞いたこともない話も、画面上のテキストや画像を目で追っていると、いつの間にかそれらが、まるで既に知っていたことのように錯覚してしまうことがある。

情報が手に入りやすい分、あらゆる物事に対して感じる新鮮味が以前よりも薄れてきているように思うのは気のせいだろうか。

また、そんなバイアス的なものを蹴散らして、何かピンときたコトモノを気の済むまで深堀りさせてくれる、直感的な思考や感情がアタマの中を駆け巡る瞬間もある。

改めて、ATとは

2013年春ごろ、うっかり検索し始めてしまったAppalachian Trail(AT)のこと。アメリカ東部のアパラチア山脈に沿い作られた約2200マイル(3500km)の自然歩道。南の起点ジョージア州Springer Mountainから北の起点メイン州Mount Katahdinまで、14の州を巡る。

いくつもの国立・州立公園を通り、人の生活圏からも比較的近い。毎年およそ2000人がスルーハイクに挑戦し、その成功率はだいたい20%だそう。

3500kmと言ったら、日本列島はおろか月の直径よりも長い。全く想像のつかない距離だし、ハイカーたちはそれを徒歩移動する。改めてよくわからない。

そもそも、何故こんな長距離に亘る道ができたのか。もうちょっと調べてみると、林学者でプランナーであるBenton MacKayeという人が、1921年に地域計画として構想を提唱したのが始まりで、翌年着工され1937年に開通したという。

当時アメリカは急速な産業化に伴い、自然保護や人間性の回復といった課題が持ち上がっていて、ATはそれらの解決策のひとつとして生まれたらしい。なるほど、けっこう真っ当な理由あってのことだったのだ。

1968年にATはPacific Crest Trail(PCT、2653マイル=4270km)と共に初めてのNational Scenic Trail(国立自然歩道)として指定され、現在はContinental Divide Trail(CDT、3100マイル=4989km)と合わせ、アメリカ3大トレイルの一つとして数えられる。

(ちなみにその3大トレイルすべて、約8000マイル=12900kmを踏破したハイカーは「トリプルクラウン」と称えられ、1994年以降これまでにおよそ500人のハイカーが達成したと言われているが、そのうち少なくとも4人は日本人だ。)

余談だが、実はこの「距離」こそがロングディスタンスハイカーを強く惹きつける。トレイルは、長ければ長いほど良い。その理由はハイカーそれぞれに違うだろうが、とにかく1マイルでも長くこの道を歩きたいと思う、我々はそういう生き物だ。

3大トレイルとなればやはりその人気も高く、アメリカ国内のみならず、海外からも毎年沢山のハイカーが訪れる。実際に自分が2018年にATをスルーハイクした際にも、ヨーロッパやアジアから来たハイカーに多く出会った。

検索しまくる

ATに関する基礎知識は大体仕入れられたので、今度は色々なハイカーのブログを漁るようになった。

スルーハイクの行程を事細かに記したジャーナルや、どんな装備で挑んだのかを解説するギアリスト、ハイキング中に食べたトレイルフードのグルメリポートなどなど、彼らの旅の記録はどれも生き生きとして見え、ハイカーたちの悲喜交々を追いかけるのが楽しくて仕方なかった。

しかし、当たり前だがそれらの情報はほぼ全てが英語で発信されていた。英語は苦手ではない。書いてあることは理解できる。だが長文となると事情が違ってくる。読み進めるペースは上がらず、知識よりも眼精疲労の方がどんどん溜まっていく。

そういえば子供の頃から文字を目で追うことが苦痛の極みで、夏休みに出される課題図書なんか正直一度も読み切ったことがない。宿題の読書感想文はカバーに印刷されたあらすじと、目次とあとがきを頼りにあとは想像力に任せてイチかバチかで書いていた。

英語での情報収集にうっすらと限界を感じた。出来ることならもっと実感を持ってATのことを知りたい。

そこで試しに日本語で検索をかけてみた。淡い期待を抱きつつ検索バーに「アパラチアン トレイル」とカタカナを打つ。

すると、意外にも日本語で書かれた記事やサイトがいくつも出てきた。

世界中に数あるロングディスタンストレイルの中でもとりわけ有名なAT。今考えれば当然のことだが、まさかこんなクレイジーなものに興味を持つ日本人が他にもいることなど、それまで知る由もなかった。

検索結果のトップはWikipedia。開いてみると、ザックリとした紹介と関連項目にPCTとCDT、それと外部リンクがいくつかある程度。これぐらいでは物足りない。

日本人ハイカーの情報

何かもっとコアな情報は無いのか。画面をスクロールするうち、あるサイトに目が留まった。

加藤則芳さんという男性が2005年にATスルーハイクに挑戦する直前の3月、BayFMのゲストとして出演した時のアーカイブ記事だった。8年前の話か…でもとにかく貴重な日本人ATハイカーを幸運にも見付けることができた。

加藤さんがATをスルーハイクすることになった経緯や、どんな計画で歩こうとしているのか、今回のハイキングで期待していることなど、ユーモアを交えて熱っぽく語るインタビューの様子が書かれた記事。読んでみたら、あのドキュメンタリー番組で見た薄汚れたハイカーたちの姿を思い出した。

そして自分の心臓がドクンと大きく拍動するのをはっきりと感じた。同時に、脳が勝手に記事の中の「加藤さん」を「自分」に置き換え始めた。

これから長い旅に出るのは、自分のような気がしてきた。

(つづく)

※この投稿は「&Green」に2022年5月3日掲載済みの記事を転載・加筆修正したものです。

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No.6_坊主アタマと情報収集

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