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未来のスポーツカーに見惚れてみても|JAPAN MOBILITY SHOW 2023

東京ビッグサイトでは「JAPAN MOBILITY SHOW 2023」が開催されました。4年ぶりの自動車の祭典は、いつになくスポーツカーが目立っています。これによって若者の車離れは阻止できるのか。目指すべきが脱炭素化、脱化石燃料であれば、そもそも車にこだわる必要もないと思うのです。

 東京モーターショー改め、JAPAN MOBILITY SHOW(ジャパンモビリティショー)が東京ビッグサイトで開かれた。新型コロナウイルスによる2021年の中止をはさんで4年ぶりの開催となった今回は、音楽フェスも組み込まれて、よりマスなイベント色が強まった印象だ。原動機から転じて自動車を意味する「モーター」という言葉が、広く移動体や交通・輸送サービスを指す「モビリティ」に置き換えられたことによって、関わる人たちが増えている。主語が車メーカーから、私たち市民に移ったと捉えるのは少し大袈裟だろうか。都心の若い世代を中心とした車離れが、業界全体の危機感を煽っている。実際、海外からの出展は少ない。市場としての日本はもはや魅力的ではないのかも知れない。このタイミングで発表されたトヨタ自動車の今年度の営業益予想は、前代未聞の4.5兆円に上るけれど、販売台数で見れば日本は北米を下回り、全体の20%程度しか占めていない。

 そんなトヨタのブースには、BEV(Battery Electric Vehicle、バッテリー式電気自動車)スポーツモデルのコンセプトカー「FT-Se」が鎮座する。他社を含め、全般的に色彩に乏しい今回の展示車両において、鮮やかなオレンジ色がひときわ目を引く一台は、素直にカッコ良い。まるでビデオゲーム、グランツーリスモとのコラボレーションを思わせるようなデザインは、それでいて、そのまま公道を走れそうなほどの完成度を誇っている。詳細なスペックは非公開。おそらくは電気モーターの高いトルクを活かして、鋭い加速性を発揮するのだろう。これまで、そのアイデンティティの一つでもあったエンジンの音を聞けないことから、スポーツカーには最も不向きだと思われてきたBEVだけれど、どうやらここにきて、風向きが変わってきたようだ。他のメーカーのブースでもコンセプトカーはスポーツモデルが目立つ。

 日産はその名も「ニッサン ハイパーフォース」という高性能スポーツカーを披露した。最高出力1,000kw、すなわち1,360馬力。F1マシンのパワーユニットが1,000馬力程度と言われているから、それを凌駕するパフォーマンスを発揮できるのだ。直線的で未来志向なデザインも、リアはGT-Rそのものとすることでファンを喜ばせてくれる。一方のホンダはぐっと市販車に寄せて、往年の2ドアクーペを「プレリュード コンセプト」として復活させた。そろそろしっかりと売れるBEVを発売しなければいけない。そのための前奏曲(=プレリュード)は、趣味としての走りを重視しつつも実用性の高いハイブリッド。次の序章(=プロローグ)に、480km以上の航行距離を売りにしたBEVのコンパクトSUVを並べている。その他、マツダが展示する「ICONIC SP」もRotary-EVを搭載した、RXシリーズとロードスターを合わせたようなスポーツカーだ。

 地球環境が待ったなしの状況にも関わらず、進まないBEVの普及。これを加速させるためには、本来の車好きを魅了しなければならないと、各社が考えた結果が今回のモビリティショーだったように感じる。BEVの難点のひとつにガソリン車と比べて高い車両価格が挙げられる。これを乗り越えるためには、ただの新しい物好きだけではなく、そもそも車に投資してくれる人を味方につける必要があるのだ。だから、速くてカッコ良い車にスポットが当てられている。今も昔も、車の基本はそこにあるということだろう。これを外してのイノベーションは二流どころか、時にフェイクとすら見なされる。

 振り返ってみれば、楽器も、カメラもそう。デジタルがアナログを置き換えるにあたっては、本質的な機能性と非機能性の充実が求められてきた。楽器であれば音と演奏性。1983年に発売されたヤマハのシンセサイザー「DX7」が、多くのプロミュージシャンたちに認められたことが転換期となっている。カメラであれば画質と操作性。1999年に発売されたニコンの一眼レフ「D1」を、報道カメラマンたちが挙って手にしたことから一気に流れが変わった。テクノロジーがもたらす革新は当初、付加価値のひとつにとどまるのだ。結果として集まった未来のスポーツカーを前に、私たちは立ち尽くす。なぜなら、将来のモビリティとして、強くこれらを欲しているわけではないからだ。都心で暮らす限りは車なんてなくても困らない。近所の駐車場は高くて借りられない。にもかかわらず、車の価格はBEVになってより一層上がっている。いくらスマートフォンの購入で慣れているからといって、残価設定ローンを組んでまで高価な買い物をする理由は見当たらないだろう。

 社会全体で見れば、無理してガソリン車をBEVに置き換える必要もない。そもそもの車の台数が少なくなれば、化石燃料の使用量も、温室効果ガスの排出量も減る。「モーター」を「モビリティ」に置き換えるとは、本来、そういうことを意味するはずだ。だから「スバル エアモビリティコンセプト」のように、空を飛ぶ車があってもよい。「ホンダジェット エリート II」にように、完全な飛行機があってもよい。しかしこれらの展示が今回限定的だったことを考えると、残念ながら自動車各社は、今後も出荷台数を競い合うつもりであることがうかがえる。市場の縮小に伴って、多くの企業が撤退したカメラ事業を思い出さずにはいられない。私たちはそうも簡単には変われない。BEVではなくガソリン車に固執するように、モビリティではなくモーターに固執するように、慣れたものばかりに拘っていると大切なことを見失いかねない思うのだ。

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