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これでも食らえ!という食べ物を求めて

 去年の秋、初めて訪れ「このお店頭狂ってんのかな」と思ったのは鮑が1人1匹出てきたからだった。立派な鮑が1匹、5等分くらいにされている。肉厚。永遠に噛んでられる。味が無限に溢れ出てくる。鮑だけでなく他にも4、5品が1つのお重に入っていた。他のものも美味しくて、でも鮑が最高で、八寸だけで相当時間をかけてしまった。
 
 毎年50万円くらいは旅行で飛ばしていたのが去年、今年と行けない。28歳で社会人3年目、2人暮らしでダブルインカム、当面大きな出費が発生する予定はない、人生2番目くらいのカネ余りシーズン(1番は退職後だと期待したい)。東京で一生懸命お金使うには高級ホテルを泊まり歩くという手もあるが、去年Four Season、Mandarin Oriental、The Capitol Hotel、Ritz Carltonを巡ってある程度満足したのもあり、他の使い道が良い。
 
 そこで2021年元旦、一年の計を定めた。
「ガチレストラン10件巡る」

 おそらくあと数年で油分とアルコールの摂取可能閾値が下がる。また舌を鍛えるには早いに越したことはない。私の中でガチレストランは、ディナーで3万円以上のイメージ。飲み物も合わせたら年間50万円くらいは使えるだろう。一生懸命お金を使うぞ、胃に札束を放り込むぞ、と意気込んでいる。
 
 私が求める食事は明確になってきた。「これでも食らえ!」とレストランが客に投げつける食べ物。美味しいものを次々と畳み掛けて、これでもか! これでもか! とシェフから攻撃されるような。Mかな。例えば、一月某日、冒頭のお店に訪問したときのこと。

 最初は優しい、聖護院かぶらのスープ。冷たいビル風吹き抜ける大通りからお店に辿り着いたお客さんを温め、胃に「これから美味しいものがいっぱい来ますよ」と予告するスープ。

 鯵のお造り。前日に近所のスーパーで銚子産の鯵のたたき食べたけど全然味が違うぞ。すんごい鯵の味が主張してきて、いくらが負けるレベル。青魚系で味が強いの、好き。

 これを出したらお店が特定されてしまいそう……。こちらのお店のシグネチャー、フォアグラの西京漬。もうこれはショコラ。カカオベースの生地の上に、フォアグラ西京漬が乗り、オレンジのジュレでサンドしている。フォアグラではなく、ガトーショコラと生チョコとオランジェットを重ねたケーキを食べている気分。舌で脂肪肝が溶けてゆく。

 春の訪れを告げるサラダ。鹿児島の筍とおっしゃっていた。蛤、木の芽で3月を先取りするような気分。フォアグラで甘やかされた舌にフレッシュな清涼感を届ける。そして気違いがやってくる。


 爽やかサラダの後にドドドドドドと畳み掛ける八寸! 雲子の燻製がものすごい香りを放っている。雲子、好きですよ。好きやけど食べる度いつも複雑な気持ちになる。口に持っていくと、箸が近づくにつれ燻の香りが口腔鼻腔にするすると広がり、歯に当たれば濃厚な雲子が溢れ出す。ワイルドな煙に生クリームのような雲子。もう、大変。
 隣には前回もいただいた鮑、エンドレスに噛める。永遠に味が出てくる。肝までついてる。立派な貝類の肝にはいろんな金属とか生物濃縮してそうやけどそれすら味わいたい。
 その隣に自家製一味on炙り鯖。鯖の味が濃い、濃い。味の強い青魚は外食でしか出会えない。
 左上の豚角煮がもはや箸休め。
 そして自家製の半生からすみ。ほぼたらこで魚卵の食感を楽しめる。からすみの濃い味を想起させつつ、フレッシュな食感も少し残して時間の経過を感じさせる。もしここに完成版からすみがあると、雲子や鮑の肝とけんかして三つ巴の戦いに発展するが、半生にすることで一歩引いて八寸全体のバランスを取っている。
 あっさりとしたなまこは激しい銃撃戦が繰り広げられる八寸の中のオアシス。酸味で癒して。
 
 八寸、一体なんだったんだよ……そんなにいじめないで……というくらい、料理人さんに攻撃された。なんとか生きながらえて次のお皿が来たと思ったら、今度は大砲をぶち込まれる。


ー<<<すっぽんのお雑煮>>>ー
 椀蓋を開けた途端、普段出会わない香りが私の中に入ってくる。あの香りはなんと形容したらいいのだろうか。すっぽんと出汁が合わさった香り、としか言えない。丁寧に処理されているのだろうが、甘く仕立てられたお椀の中に怪物が仕込まれている事実に変わりはない。首と四肢をうねうねと動かす、泥臭い色で可食部も少ない丸いやつ。あいつがなんか上品な感じになってる……。でもやはり怪物の味。そこをお餅が全て包み込み、口の中を丸く収めた。
 後日、YouTubeですっぽん解体動画を見た。グロいのいける人はどうぞ。アレが美味しいとはどういうことや……となります。


 お肉に雲丹を乗せるなんていう贅沢が許されて良いのでしょうか。私にはわかりません。料理人さんの攻撃は留まるところを知りません。


 お食事は蛸飯。炊き立ての土鍋ごと持ってきてくれる。香り立つ蛸と木の芽に達成感を感じる。よくここまで辿り着きました、と抱擁されているような、優しいご飯。


 最後の最後に、濃厚なガトーショコラに金柑。こちらのシグネチャー「フォアグラの西京漬」を思い出させるデザートを最後に持って来るとは、また来てくださいというご挨拶か。
 

 満腹のお腹を抱えお店を出た。激しいライブを観に行ったかのような、身体を芯から揺さぶられるような感覚に酔いしれた(実際ちょっと酔ってる)。でも実際には自粛ムードの最中なので半個室に2人で大人しく和食のコースをいただいただけ。なんだったんだ……。雑居ビルの2階に食材で私を誘い、攻め、癒し、病みつきにさせる世界線があった。

 わかっている。これは正統派の日本料理ではないし、京料理もどきという人もいるだろう。やりすぎとか品がない、胃に重たいという人の気持ちもわかる。
でも違うんや。28歳のまだ舌に伸び代のある私が求めるのはこれや。多分35歳になったら食べられへん。今のうち。「これでも食らえ!」と投げつけられる料理を求め、私は東京を彷徨う。

 もしかして東京のレストランって、地方から寄せ集まった若者に強い刺激を与え、虜にして何度も通わせることで食っていってるのか。でもまだまだわからない。2021年、一生懸命食べ歩きます。

《終わり》

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